第23話 私の初めて

「コーヒー淹れてくるから、ちょっと待っててね、和博」

「う、うん。ありがとう……」


 博美が物置から探し出してきた鳥かごに収められた、文鳥になった久山。当たり前だけど、恨めしそうな目で私を見つめてきた。

 そして自分の立場もわきまえずに、久山は強気な発言をしてくる。


『なぁ、美和。お願いだから、僕の体で変なことしないでよ?』


 ああ、もう、うるさい! なんなのよ、この男。

 いちいち脳内に呼びかけてくるのも腹が立つけど、一番しゃくに障るのはその呼び方。


『もう! さっきから美和、美和って馴れ馴れしいわね。あなたなんかに美和なんて呼び捨てにされるのは不愉快だわ』

『なに言ってんだよ。み・わ、呼び捨てでねって言ったのはそっちだろ』


 久山が放った、その心当たりがありすぎる言葉に私は愕然とした。

 それって……博美と一緒にお風呂に入った時、私が言った言葉よね……?

 そしてさっき久山は、乗り移りは初めてじゃないって言ってた。

 それらを考え合わせれば、最悪の答えが導き出される。


『まさか……まさか、あなたが博美に乗り移ってたっていうの!?』

『なんだ、気付いてなかったの?』


 気付くわけがない、博美の中身が久山だったなんて……。

 確かに突然私の愛を受け入れてくれるようになって、上手くいきすぎで怖いぐらいだったけど……。


 ――私の体を見られた。

 ――私の体を触られた。

 ――私の秘密を知られた。

 ――そして何よりも、こんな奴に私の愛情を注いでしまった……。


 頭の中が混乱しておかしくなりそう。

 この男に騙されてたとわかって、はらわたが沸々と煮えくり返る。

 私は鳥かごの中の久山を睨みつけると、心の底から湧き上がる憎悪をストレートにぶつけた。


『あんたのことは許さない。絶対に殺す、殺す、殺す、殺す』

『待って、待って、僕だって好き好んで博美に乗り移ったわけじゃないさ。どうして意識が乗り移るようになったのかは、僕にもよくわからないんだよ』


 今はそんなことどうだっていい。とにかく久山の全てが許せない私は、首根っこをへし折ってやろうと鳥かごに手を伸ばす。

 するとそこへ、お盆に二つのコーヒーカップを乗せた博美が戻ってきた。

 そして正面にペタンと座ると、天使のような笑顔で私に微笑みかける。


「可愛いね、文鳥。和博もそう思うでしょ?」

「そ、そうね……。かわいい、かもね」


 ヒクヒクと引きる私の顔。それでも無理やり笑顔を作って、博美に相槌を打つ。

 一番大好きな人にそんな笑顔で言われたら、否定できるはずないじゃない……。

 思わず見惚れる博美の笑顔に癒された私は、久山への憎悪が少し鎮まった。


「それより和博、せっかくあたしの部屋に来てくれたんだし、ゆっくりしてってね。あ、お茶菓子もあった方がいいよね、ちょっと取ってくる!」

「は、はい」

「あー、和博ったら、女の子の部屋で緊張してるなぁ? 引き出し開けて、下着とか盗んだらダメだからね!」


 博美はちょっと強い口調で私に釘をさすと、軽い足取りで部屋から出て行った。

 部屋にポツンと取り残された私は、再び文鳥の久山を睨みつける。


『あなたって最低ね、博美の下着とか盗んでるの!?』

『盗んでないって。あれは博美の冗談だよ、本気に取らないでよ』


 久山に気を取られてたけど、冷静に考えたらここは博美の部屋。私は憧れの聖地に足を踏み入れていたことに、いまさら気がついた。

 目に映るすべてが博美のもの。小さい頃に貼ったらしいシールだらけの引き出し、本棚にずらりと並ぶ少女マンガ、星座の柄の紺色のカーテン。

 深く息を吸い込めば博美の香り、ここはおとぎの国かもしれない……。


「ああ……博美……」


 次に目に留まったのはベッド。シーツに布団カバー、そして枕カバーも全部水色。

 鮮やかな水色で統一されたベッドに、私はフラフラと誘われるように飛び込んで、毎晩博美の頭を支えている枕に顔を埋めた。

 スー……ハー……そんなもんじゃ物足りない……クンカ、クンカ。

 ああ、博美の髪の香りで胸が満たされて、私の心が穏やかになっていく。

 やっぱり博美は、私の精神安定剤だよ……。


『ずっと思ってたけど、美和って思った以上に大胆で変態だよね』

『うるさい、黙って』


 久山になんと言われようと、私の衝動はもう止められない。

 これはもはや完全に麻薬。もちろん、経験したことはないけれど。

 できることなら、この部屋の空気を袋に詰めて持って帰りたい。いえ、私の部屋と直接配管で繋げてしまいたい……。


 ――ガチャリ。


 突然、部屋のドアが開く。

 ベッドの匂いを嗅いでいる私と目が合って、立ち尽くしている博美。

 どうしよう、とてつもなく恥ずかしいところを博美に見つかってしまった。

 こんなの、言い訳なんてできないよ……。


「ちょっと、和博ぉ」


 手に持っていたスナック菓子を床に落として、博美の目が吊り上がる。

 だけど考えたみたら今の私は久山。何をしたってこの男のせい。私は開き直って、大胆な行動に出ることにした。


「だって……こんなにいい匂いなんだもの、嗅ぎたくなるじゃない。博美はいつも、とってもいい香りをさせてるよね。大好きだよ、この匂い」

「ちょ、ちょっと、突然何を言い出すのよ、この変態……」


 博美は吊り上がっていた目尻を下げると、一気に顔を赤らめてうつむく。

 そして床に落としたスナック菓子の袋を開封すると、机の上に広げた。


「こ、こんなものしかなかったけど、良かったら食べてよ」

「だったら、博美がわた……僕に食べさせてよ。あ~ん」


 私は大きな口を開けて、博美の様子をうかがう。

 すると博美は真っ赤な顔で恥じらいながらも、まんざらじゃない様子。

 なので私は博美の後押しをするように、さらに顔を寄せて迫った。


「ほら、早く。あ~ん」

「し、仕方ないわね……はい」


 袋から素手で摘み取ったスナック菓子を、私の口へと恐る恐る運ぶ博美。

 博美に食べさせてもらったことに感激した私は、その素直な気持ちを声に出す。


「博美に食べさせてもらうと、どんな高級なお菓子よりも美味しいから不思議だね」

「な、なに言ってんの。あんたなんて、いっつも駄菓子しか食べてないじゃない」

「そんなことないって。これは間違いなく、世界一美味しいよ」

「ちょっと、今日はどうしたの? なんか和博、変よ……」


 博美は落ち着きがなくなって、モジモジと恥じらい始めた。

 私もそんな博美を見るのは初めてなので、我を忘れて夢中になる。

 だけど言葉遣いは慎重に……。今は久山に成りすまさなきゃ……。


「変じゃないよ。博美の方こそ、今日はいつもより色っぽく見えるよ」

「今日の和博はなんだか優しいね。ねぇ、そっちに行っていい?」

『おいおい、なんだか普段の僕が、まるで優しくないみたいじゃないか』


 さえずる文鳥がうるさい。しかも言ってることが理解できるから、不思議な感じ。

 立ち上がった博美は照れ臭そうに歩み寄ると、私の右隣に座って体を預けてきた。うわっふぅ……博美の方から体を寄せてくれるなんて……!

 ドックンドックンと鼓動が高鳴る。心臓が口から飛び出しそう……。


『はぁっ、はぁっ……ちょっとぐらいなら大丈夫よね……』


 私はたまたまを装って、そっと博美の手に触れてみた。

 すると、私の五本の指の間に、自分の指を滑り入れてキュッと絡ませてくる博美。

 ああ、もう嬉しすぎて、心臓が止まっちゃいそう……。

 夢のような出来事が信じられなくて、私は思わず久山に尋ねる。


『これって……本物の博美、なのよね?』

『当たり前だろ。そんなに何人も博美はいないよ』


 興奮しすぎて、過呼吸を起こしそうなほど息が荒ぶる私。

 そんな私を博美が上目遣いで見つめるから、今度は窒息しそうなほど息が詰まる。


「ねぇ……和博。あんた、谷川さんとどんなことしてたの? あたしにも、その……おんなじことしてよ」


 色っぽい目つきで私を見つめてくる博美。ひょっとして欲情してる……?

 思いもよらない展開に、私はどうしていいのかわからなくなる。

 舞い上がって何も考えられない私は、とりあえず部屋でDVDを見たときのことを思い出しながら、博美のブラウスのボタンに手を伸ばした。


「こんなことしたんだ……。和博のバカ……」

「あの時はわた……じゃない、谷川さんが自分で外したんだけどね」

「そうだったんだ。じゃぁ、あたしもそうする」


 少し強張っていた表情を緩めると、チラチラと私の反応をうかがいながらボタンを次々と外していく博美。

 私は第三ボタンだけだったはずだけど、それは黙っておくことにした。


「これでいい? 次は?」


 シャツのボタンを全て外してしまった博美は、また私を見上げて次の指示を待つ。

 でも、はだけたブラウスから博美のブラジャーが覗いて、それを見た私は頭の中が真っ白になってしまった。

 こんな光景は、女子更衣室で何度も見てるのに。

 今日は胸の動悸が収まらなくて、何も考えられないよ……。


「どうしたの? 和博、次は?」

「えーっと、次は……」

『美和の方からブラのホック外したろ』

「えっと……谷川さんが、ブラのホックを外した、かな」

「わかった」


 久山の声に助けられて、私は博美に次の行動を示した。

 すると、博美は少し恥じらいながらも背中に手を回して、私が言った通りにブラのホックを外してしまった。

 フッと緩む、博美のブラジャー。もう少しで乳首まで見えそう……。

 そんな博美は、真っ赤な顔で私に尋ねてきた。


「和博はどうしてたの? この時」

『ねぇ、あなたはどうしてたっけ、このとき』

『美和が手を引いて、触らせてくれたろ? おっぱいを』


 ああ、そうだった……。あの時の博美は久山だったなんて屈辱的。でもそのお陰で良い思いが出来ていると思うと、少し複雑な心境。

 んーん、今はそんなこと考えてる場合じゃない。この時間を楽しまないと……。


「えーっと、触らせてもらったかな……その、おっぱいを……」

「じゃぁ、和博もおっぱい触りなよ。私は谷川さんみたいに大きくはないけど……。ちゃんと同じことして」


 必死にあの日の行動をなぞろうとする博美の健気さに、私は胸が切なくなった。

 でも、博美のほのかな膨らみの頂点にある、硬さを増した突起物が目に入った時、私の理性は吹き飛んだ。

 あの日私が久山にされた屈辱を思い出しながら、撫で回したり指先でなぞったりと博美の可愛いらしい胸をもてあそぶ。


「……はぁ……んぅ……。はぅ……」


 体を強張らせたり緩めたりを繰り返しながら、博美の息が湿っぽくなっていく。

 いつしか博美は私の首に手を回して、ウットリとした表情でその身を委ねていた。


『テクニシャンだね、美和は』

『あなたがしたんでしょ! この私に』

「ねぇ、和博……この後はどうしたの?」

「この後は……」


 確かこの後は、ウズウズする先端に触れられる直前に博美が飛び込んできたっけ。

 だけどそれを正直に言ったら、この至福の時間が終わっちゃう……。


「えーっと……この後、押し倒しちゃった……かな」

「ちょっとぉ、あんたそんなことしたわけ?」

「あー、ごめんごめん、実はそこまで――」

「いいわ、して! あんたがあの女にしたこと、全部して」

「えっ? 続けてもいいの……?」


 博美の表情は緊張しているものの、その目は真剣で決意に満ちている。

 私は博美の要望に応じるように、指先を膨らみの頂点へと進めた。


「んはぅっん!」


 博美が悩ましい声と共に体を震わせたとき、私の脳内に久山の声が響く。


『何してるんだ。その頃には博美が訪ねてきたから、僕はそこまでしてないだろ』


 そんなことはわかってる、だけどこのチャンスを逃したくない……。

 だって、私の大好きな博美が目の前で、こんなに妖艶な姿を晒しているんだもの。

 久山の声を無視して、私は博美への愛撫を続ける。

 博美を床に横たえて、私は添い寝をしながら下半身へと手を伸ばした。


『あふぅっ……これが、博美の太ももの感触……』


 熱い……。少し筋肉質で張りのある太ももは、上昇した体温で火照っていた。

 続けてスカートをたくし上げながら、私は指先で博美の太ももをそっとなぞる。

 その指が脚の付け根に近づくにつれて、硬さを増していく博美の太もも。

 緊張してるのね……小刻みにプルプル震えて可愛い……。

 いよいよ私の指先は両脚の合流地点へ。その博美の大事な部分に辿り着く目前で、久山の声が頭に響いた。


『おい、まさか……最後までやるつもりじゃないよな? やめろ、やめるんだ!』


 鳥かごの中で羽をバタバタとはばたかせて、騒ぎ立てる久山。

 ああ、もう……うるさい、うるさい、うるさい。

 だって今の私は男の体。これなら博美の正真正銘の処女だって奪えそう……。

 私は鼻息を荒ぶらせたまま、太ももを這う手を博美の大切な部分に向かわせた。


『やめるんだ、美和! 君はそれでいいのか? 他人の体で博美の初めてを奪って、それで幸せになれるのか!?』

『!!』


 久山の言葉に、私は一気に現実に引き戻される。

 心は【谷川美和】でも今の体は久山。私は『殺す』とまで言った恨めしい行為を、最愛の博美にしようとしていることに気がついた。

 いえ、騙して処女を奪うなんて、比べ物にならないぐらい酷いこと。

 私はもう少しで、取り返しのつかないことをするところだった……。


「ごめんね、博美。やっぱり、また今度にしよう」

「えっ、どうして? あたし、なにかまずいことしちゃった?」


 立ち上がった私の足元で、博美が不安そうな表情で見上げながらすがりつく。

 私は博美を、これほどまでにその気にさせたことを後悔した。


「本当にごめんね、博美は全然悪くない。だからお願い、気にしないで」

「でも……」

「今日はもう帰るね。また連絡するから」

「待って、待ってよ! このまま帰られたら、あたしどうしていいかわかんないよ」


 オロオロとうろたえながら、私を帰らせないようにヒシッと足にしがみつく博美。

 だけどたった今しでかした罪の意識が拭えない私は、博美から目を背けて力任せに足を振り解いた。

 そして、私はローテーブルに置かれた鳥かごを手に取ると、背後ですすり泣く博美に後ろめたさを感じながらも、振り返ることなく部屋を後にする。


「――そうだ、この文鳥の飼い主思い出したから、届けておくね……」

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