第15話 僕の恋路を邪魔するやつは、僕に蹴られて死んじまえ。

「はい、博美。あーん」

「すっごく美味しい! これ、美和が作ったの?」

「今日は卵焼きにも挑戦してみたのよ。これも食べてみて? はい、あーん」


 昼休みに人気のない視聴覚室に忍び込み、二人きりでお弁当を楽しむ。

 結局あの後はそのままお風呂を出たけど、そこから僕と美和の交際が始まった。

 人目を忍ぶのは僕が出した条件。美和は不満そうだったけれど、これは譲れない。なにしろ、僕の体は博美のもの。彼女の目につくところでこんなことはできない。


「お腹がいっぱいになったら、眠くなってきた……」


 猛烈な睡魔に襲われ始めた僕。視聴覚室が静かで薄暗いせいかもしれない。

 すると美和がポンポンと自分の太ももを軽く叩いて、僕の枕として提供した。


「だったら、ここで休むといいわ、博美」

「うん、ありがとう、美和」


 上履きを脱いだ僕は五人並んで座れる長椅子に足を上げて、美和の少しむっちりとした太もも目がけて後頭部で着地する。

 じんわりと伝わってくる、美和の温もり。額に添えられる美和の優しい手のひら。そして、あっという間に閉じていく僕のまぶた。

 その狭くなっていく視界に、覆い被さってくる美和の顔が迫る。

 あっ、キスはまずい……体が入れ替わるかも。

 そう思いつつも、この眠気の前じゃ抗いようがない……。


「――こんなところにいた。探したんだからね!」


 眠りかけた僕の耳に、僕の声が突き刺さった。いや、博美の声というべきか……。

 博美はカーペット敷きの床にもかかわらず、ホムッホムッと靴音が聞こえるほどの勇ましい足取りで一歩、また一歩と迫って来る。


「なんの用なのよ、久山君。お昼休みの邪魔しないでもらえるかしら?」

「谷川さん、石黒先生が捜してたみたいよ? 生徒会絡みじゃない?」


 なんだか不穏な雲行きだけど、今の僕はとにかく眠い。

 だから睡魔に抗えず寝入ろうと思ったけれど、美和が突然立ち上がったせいで僕は椅子から転げ落ちた。


「ああっ、ごめんなさい! 博美、大丈夫?」


 床から見上げた頭上には、見事なまでに美和の水色のレースのパンティが丸見え。お陰で僕の目が一気に覚めた。

 そこへ僕の姿の博美も駆け寄ってきて、美和に意地悪く言い放つ。


「谷川さんは先生の所へ行った方がいいんじゃない? 博美ならちゃんと見ておいてあげるから」

「……もう!」


 悔しそうな声を残して、視聴覚室から出て行く美和。

 そして僕の体は、博美によって引き起された。


「ちょっと、あんた。今、キスされかけてたでしょ。あんたはあたしの貞操を守ろうっていう意識がないわけ?」

「んー、ごめん、ごめん」

「あたしが見つけなかったら、その体が今頃どうなってたかわかんないんだよ?」

「んー……そだね……」


 クドクドと始まった長そうな博美の説教。

 ぶり返した睡魔に抗えず、僕は博美のお小言を子守唄代わりに眠りに就いた……。



 そんな出来事以来、僕は常に博美の監視下に置かれてしまった。

 お昼のお弁当は必ず教室で。僕と美和が二人きりになれば必ず割り込んでくるし、姿が見えなければすぐに携帯電話が鳴る。

 守らなきゃいけない義務はないけど、自分の体を心配する博美の気持ちは痛いほど良くわかる。逆を言えば、僕も博美が動かしている自分の体が心配だから……。

 それに博美とは長い付き合いだから、二人の関係を大切にしたいというのもある。


『だけど今日だけは許してくれ、博美。美和に頼まれたら、僕には断れない……』


 放課後になると同時に、僕は携帯電話の電源を切った。あとで博美に聞かれたら、バッテリーが切れたって言い訳すればいいか……。

 そして、言い争いを始めた美和と博美を尻目に、僕は素早く下校する。

 もちろん、向かう先は美和の家だ……。



「いらっしゃい。美和から聞いてるわ、どうぞお上がりになって?」

「お邪魔しまーす」


 美和より先に彼女の家に着いた僕は、彼女の母親に招き入れてもらう。

 すべては美和の計画通り。これで博美が美和を尾行しても、彼女は帰宅するだけ。僕が目撃されることはない。

 もしもそのまま博美が張り込みをしても大丈夫。なにしろ僕は、もう美和の部屋にいるんだから。

 僕がおとなしく部屋で待っていると、だらしなく表情を緩めた美和が入ってきた。


「むふぅ……ようこそ、博美。これで今日は、二人でゆっくりできるわねー」

「そ、そうだね、生徒会活動がない日なんて珍しいもんね」

「計画は大成功ね。これだったら、あの久山だって邪魔できないわ」


 うーん……美和の中で、博美としての僕の好感度は最上級だけど、【久山和博】は海底レベルまで落ちた。

 だって、美和が人前で他人を呼び捨てにするところなんて、初めて見たもの。

 今日は二人きりだし、なんとかして【久山和博】の名誉を回復しないと……。


「ねぇ、博美。今日は私のおすすめのDVDがあるの、一緒に見ましょう」

「へぇ、どんなのだろう。楽しみだな」


 高級そうな良い香りが漂う紅茶に、おやつはマカロン。

 シャーッとカーテンを閉めて部屋を真っ暗にすると、美和はテレビの前で座る僕の隣にやって来て、体を摺り寄せた。

 60インチぐらいはありそうな、大きなテレビはまるで映画館。美和がリモコンの再生ボタンを押すと、彼女のおすすめ作品が迫力の大画面に映し出される……。


『お姉さま、こんな姿……私、恥ずかしいです』

『心配ないわ、とっても綺麗よ。さぁ、もっとお股を広げてあなたの美しい花園を、わたくしにもっとよく見せてちょうだい』

『あぁ……お姉さまぁぁああ』


 うーん……これはどう見ても、百合もののいかがわしい奴。

 僕は食い入るように、裸で絡み合う二人の女性の映像を見つめた。

 その横では、必死にリモコンを探す美和。学校じゃ何があっても動じないくせに、その表情は今にも泣き出しそう。

 だけど気の毒なことに、部屋が暗くてちっとも見つけられないらしい。


「あの……あのね、これは何かの間違いよ。お願い、信じて博美。私が博美と一緒に見たかったのは、四人組の女子高生が……」


 時々見せる冷酷無比っぷりに、『氷結の魔女』なんて異名まであるっていうのに、今は目に涙を溜めながら必死に取り繕っている美和。

 そんな人間味溢れる美和の姿を見て、僕の想いはさらに募る。

 そして僕はふと、美和にちょっと意地悪をしてみたくなった。


「ねぇ、美和。これって、いつも美和が見てるやつなの?」

「ま、まさか、そんなはずないじゃない。私はこんなもの――」

「なんだぁ、残念」

「えっ!?」


 驚いた表情を見せた美和。残念がった僕の反応が予想外だったらしい。

 目を泳がせながら戸惑う美和は、ソワソワと落ち着きがない。

 やがて、いやらしいDVDが再生され続ける中、美和は目を伏せながらおずおずと僕に尋ねてきた。


「ねぇ……博美は、こういうの……好き、なの?」

「そうだね、汚い男の体なんて見たくないもん。あたしは、こっちの方が好きかも」


 これはもちろん、男である【久山和博】の感想。博美の口から発してるとはいえ、嘘はついてない。

 そんな僕の返事がよっぽど嬉しかったらしくて、美和は体の前で両手を握り合わせながら、弾むような声をあげた。


「ねぇ博美、それ本当!?」


 美和が食いついてきたところを見計らって、僕はさらに意地悪を仕掛ける。


「で、このDVDって美和のなんでしょ? 違うの?」


 わざときつめの口調で、僕は美和を問い詰める。

 美和は何も言わず、うつむいたまま。僕はその耳元で、今度は優しく問い掛けた。


「このエッチなDVDは、美和がいつも見てるやつなんだよね? 正直に教えて?」


 すると、美和は恥ずかしそうにしながらも、小さくコクリとうなずいた。

 [[rb:宇宙 > そら]]よりもプライドの高い美和に、このいかがわしいDVDの所持を認めさせた。その征服感に、僕は背筋がゾクゾクするほどの快感を覚える。

 興奮が高まってきた僕は、さらに意地悪を続ける。今日の主導権は完全に僕だ。


「美和はこんないやらしいものを見ながら、いつも何してるの? 教えて?」

「意地悪言わないで……。そんなこと、恥ずかしくて言えないわよ……」

「ねぇ、教えてよ。誰にも言わないから。それとも、あたしには秘密なの?」

「……………………お…………お、おなにー……」


 この興奮はヤバい! マンガなら絶対鼻血を噴き出してる。

 みんなが憧れる谷川美和が『オナニー』なんて卑猥な言葉を発したこともだけど、それをしている事実まで認めさせたなんて……良くやった、僕!

 そんな美和の顔が真っ赤なことは、DVDが映るテレビの明かりだけでもわかる。そしてしきりに、身体をくねくねとくねらせていることも……。

 

「うぅぅ……博美のバカ……」


 美和は僕の右隣にぴったりと寄り添うと、二人の女性が裸で絡み合う映像をジッと見つめ始めた。

 そんな美和につられて、僕も体を寄せながら鑑賞を楽しむ。

 すると美和は目の前を横切るようにスッと手を伸ばして、僕の左手を握りしめた。


「ん? どうしたの?」

「……………………」


 僕が尋ねても、美和は無言。代わりに、握り締めた僕の左手を手繰り寄せる。

 そして彼女は僕の左手を、自分のおっぱいへと導いた……。

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