第10話 次巻へと続く……。

 ――ガチャリ。


 部屋のドアが開く音で僕は目覚めた。と同時に、部屋に照明が灯る。

 本棚の位置からは確認できないけれど、きっと博美が戻ってきたんだろう。

 さて、僕の体は……。


『よし! 僕が知ってるストーリーの続きになってるし、乗り移りは成功だ!』


 第3巻への乗り移りに成功した僕は、内心で歓喜の雄叫びをあげる。

 そんな浮かれた視界に博美の姿が映った瞬間、僕はハッと息を呑んだ。


『バ、バスタオル一枚だけ……!』


 風呂上がりの濡れた髪。湯気が立ち昇りそうな火照った体。首筋から鎖骨に向かうラインは華奢で、強く掴んだら僕の力でもポキリと折れてしまいそう。

 バスタオルの裾から覗いている脚はやや太め。だけどそれは贅肉じゃなくて筋肉。スポーツ万能な博美らしい、引き締まった太ももとふくらはぎだ。

 さっきまでは特に感じなかったのに、僕は博美の体に見とれて興奮し始めた……。


『博美とは長い付き合いだけど、こんなに色っぽい姿を見るのは初めてだ……』


 部屋中央に立った博美は、僕の方を向いたまま軽く柔軟体操を始めた。

 まずは両手を頭の上で組んで、そのまま体を左右に倒す博美。無防備なツルツルの脇の下に、思わず僕の目が釘付けになる。

 続いて膝を伸ばしたまま前屈。身体が柔らかい博美は、足を閉じたままだっていうのに易々と手のひらを床に押し付けた。


「んくぅぅ……最近、気合が入ってないから、体がなまってるな……」


 そして次は上体反らし。両足を軽く開いて腰に手を当てた博美は、少しずつ後ろに向かって上体を反らしていく……。

 するとそれに伴って、スルスルと持ち上がっていくバスタオルの裾。

 博美が上体を反らせば反らすほど、裾もズルズルとズリ上がっていく……。


『お、おお……い、いいのか? 見ちゃっても、いいんだよな……?』


 腰を両手で押し出しながら、そのままブリッジをしそうなほど上体を反らす博美。バスタオルの裾は、もはや脚の付け根目前だ。

 僕はもちろん不純な動機で、博美に心の底から声援を送る。


『頑張れ博美! もうちょっとだ。もうちょっとで見えるぞ。頼む、見せてくれ!』


 するとその気持ちが届いたのか、博美が腕に力を籠めた。

 そして「ふんっ!」という掛け声と共に、さらに腰を前方に強く押し出す。

 その瞬間……。


 ――ハラリ……。


 留めていたバスタオルが緩んで、一瞬にして床に滑り落ちる。

 すると、僕の目には博美のアソコ……を覆い隠す白いパンツが焼き付いた。


『なんだ、履いてたのか……。いや、まて、それならおっぱいが……』


 下半身を見限って、僕の視線は上半身へ。

 するとそこでは、ほんのりと膨らんだ胸の膨らみが露わになっていた。

 初めて見る博美のおっぱいは、小さめのBカップぐらい。その先端は少し濃いめの肌色って感じで、可愛らしく小さな突起物がぽっちりと突き出ていた。


「うー、なんでだろ。なんか視線を感じる……」


 怪訝な表情を浮かべながら、博美が僕に近づいてくる。

 まさか、僕の意識がマンガに乗り移っているのがバレたとか? 僕って、そんなにいつも簡単に気づかれるほど、視線をギラつかせているんだろうか……。

 博美が迫るたびに、冷や汗……は流れないものの、緊張が高まる。そのおっぱいが丸見えだから、別な緊張感もみるみると高まっていく……。

 そして伸びた博美の手が、僕の体をグッと掴んだ。


「谷川さんに貸す続きって、3巻で良かったよね……?」


 ああ、博美はそのために近寄ってきたのか……。

 博美に掴まれた僕は、明日の授業で使われる教科書と共に、ベッドの上に放り投げられていたカバンへと押し込まれる。

 再び失われた僕の視界。博美のおっぱいともお別れだ。

 だけど今の僕には、新たな希望がある!


『よし、これでまた僕の体は谷川さんの手に渡るはず。待っててね、谷川さん』


 あれ? 僕は自分の体を取り戻すって、意気込んでたんじゃなかったっけ……?

 だけど気合いを入れたからといって元に戻れるわけじゃないし、今は素直に喜んでおくとしよう……。

 カバンの中に入ったら、あとは谷川さんの手に渡る明日に備えるだけ。とにかく、隣の教科書に意識が移らないように、気持ちをしっかり保ち続けないと……。



「和博……あれっきり学校に来てないけど、大丈夫なのかな……」


 僕の耳に聞こえてきた、博美のつぶやき声。

 顔を突き合わせるたびに罵詈雑言を言い放つ博美のことだから、僕がいなくなって清々しているんだろうと思っていた。

 そんな博美が、僕を心配するなんて少し驚きだ。


「はぁ……足で踏んづけちゃったし、顔も叩いちゃったしなぁ……」

『ほんとだよ、いつもいつも好き勝手しやがって』

「いっつもからかってるから、きっと和博も内心じゃ怒ってるよね……」

『そうだよ! わかってるなら、たまには謝ってくれよ』


 普段は面と向かって言い返せない僕だけど、声が届かないと思えば強気になれる。僕は博美の言葉にいちいち反論してみせた。

 すると博美から、思いも寄らない反撃に合う。


「……ごめんね、ごめんね。和博、いっつもごめんね…………ぐすっ」


 えっ? まさか、泣いてるのか?

 姿が見えないから確認はできないけど、このくぐもった小声は間違いなさそうだ。


『えっ? 今のが聞こえたわけじゃないよね? 確かに謝れとは言ったけど、なにも泣かなくても……。僕の方こそ、言い過ぎたかな……?』

「うぅっ……和博……ごめんね、いつもひどいこと言って……うぅぅっ……」


 本気で泣き始めた博美に、僕は激しく動揺した。

 だけど今の僕は、博美に何もしてやることができない。慰めの声を掛けることも、涙を拭ってやることも……。


「うっ、うぅっ……どうしよう……このまま和博が、学校に来なかったら……」

『僕も自分の体には戻りたいんだけどね……』

「神様、お願いです。和博を元気にしてください。もしも元気になってくれたなら、その時はちゃんと言葉にしてこの気持ちを伝えますから……」


 博美がそこまで僕のことを、真剣に心配してくれているとは思わなかった。

 確かに身動きの取れない不自由な体ではあるものの、いい思いをし続けてきた僕。それなのにこんなに気遣ってくれるなんて、博美になんだか申し訳なくなってきた。


『ごめん、博美。僕は結構楽しんでたりするから大丈夫だよ。それに、そもそも僕がこうなったのは博美せいじゃないんだから、あんまり思い詰めないでくれよな』


 ゴソゴソと布の擦れる音が聞こえてくるのは、ベッドに入ったのか?

 僕の声が届くわけもなく、やがて静かに寝息を立て始めた博美。どうやら博美は、そのまま泣き寝入りしてしまったようだ。

 そして僕には、今から長い長い試練の一夜が始まる。この体が谷川さんの手に渡るまでは、この睡魔を……耐えない……と……ぐぅ……。




「ああっ、遅刻、遅刻!」


 博美の声に起こされて、僕はドキッとしながら目覚めた。

 大丈夫、体はマンガのまま。たぶんこの体のままで居たいと強く願っているから、他に乗り移らずに済んだんだろう。

 僕の体はカバンごとフッと浮き上がり、博美と一緒に学校へと運ばれていく……。



 学校に連れていかれた僕は、博美のカバンから出ることなく放課後を迎えた。

 少女マンガの僕は博美に握り締められながら、谷川さんの席へ。そしてなぜか僕の体は、そのまま谷川さんの机の中にそっと差し入れられた……。


「タイミングが合わなくて、渡しそびれちゃったな……。谷川さんは生徒会のお仕事みたいだし、このまま机の中に入れておけば気づいてくれるよね……?」


 その後も谷川さんは教室には戻って来ず、机の中で一夜を過ごすことになった僕。

 ここまできたのに学校の机に意識が乗り移ったらたまらないと、僕は睡魔と一晩中死闘を繰り広げた。

 なんとか激闘を制した僕は、意識を朦朧とさせながら翌朝を迎える。

 そんな僕の強烈な眠気は、クラスメイトのとんでもない一言で一気に吹き飛んだ。


「――おお、和博! 久しぶりだなぁ。おまえ、大丈夫だったのか?」

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