第8話 マドンナなんてそんなもんですよ。

 ホックが壊れたので、ホームルームが終わるなりジャージに履き替えた先生。僕は更衣室のロッカーに、半日吊るされる羽目になった。

 それでもジャージでの帰宅は格好悪いと思ったのか、仕事を終えた先生は再び僕に履き替えた。

 生徒はとっくに夕食を済ませて、くつろいでいそうな時刻。

 そんな時間に石黒先生は、スカートのホックを押さえたまま電車に揺られて、溜息交じりに重いバッグを肩に食い込ませながら、駅からの道をテクテクと歩き続ける。

 僕はそんな先生に寄り添うように、スカートとして帰り道に同行した。

 そして徒歩30分の道のりの果てに、辿り着いたのは粗末な2階建てのアパート。

 てっきり先生のことだから、おしゃれで可愛らしい高層マンションに住んでいると思ってたから意外だった……。


 バッグから鍵を取り出し、ドアを開ける石黒先生。室内に入って鍵を掛け直すと、先生は肺の中の空気を全部吐き出しそうなほどの、深い深いため息をついた。

 部屋は六畳ぐらいのワンルーム。ベッドだけで、部屋の四分の一を占有している。

 ちゃぶ台と呼ぶべきテーブルに小さなテレビ、そして安っぽいカラーボックス。

 学校で見せる温室育ちのお嬢様という雰囲気は微塵もなくて、慎ましやかで質素な暮らしという感じだ。

 そして先生は玄関を上がるなり、僕をベッドへと叩きつけるように脱ぎ捨てた。


「くっそぉ……こいつめ、恥かかせやがって!」

『…………え?』


 先生の口から出た汚い言葉遣いに、思わず聞き返してしまった僕。

 いつも温和でニコニコしていて、決して怒らない先生からは想像もつかない言葉。これは生徒の前で、パンティを丸出しにしてしまった八つ当たりか?

 それなら、見栄を張って小さいサイズを履かなきゃいいのに……。


「こっちだって、やりたかねぇんだよ! 持ち物検査なんてよぉ」


 声を荒げてバッグを床に放り投げた先生は、着ている服を片っ端から無造作に脱ぎ散らかしていく。

 先生は、あっという間に真っ赤なTバックのパンティとブラジャーだけになると、そのまま流し台の横のドアの中へと消えて行った。

 そして聞こえ始めるシャワーの音。今、あの中で先生は素っ裸なのか……。



「くぁー、さっぱりしたぁ!」


 おっさん臭い掛け声にビックリして、僕は目が覚めた。

 どうやら僕は、先生のシャワーシーンを妄想しながら寝てしまったらしい。

 シャワーから戻った先生の姿は、今度はショッキングピンクのどぎついパンティ。そして上はと言えば……なんと、ノーブラだった。

 いつも気になっていたけど、やっぱり大きかった先生のおっぱい。何カップなのかわからないけど、とっても大きい。でも残念なことに、肝心な部分が見えない。

 首にかけて、垂らしたままのバスタオル。そのタオルのせいで、一番見たい部分は憎らしいほどに隠れていた。


「やっぱり仕事の後は、風呂に入ってこいつだよなぁ」


 風呂上がりに、冷蔵庫から持ってきた缶ビール……じゃなくて発泡酒?

 先生は缶に直接口をつけると、ゴクゴクと喉を鳴らしながら豪快に酒をあおった。そしてきつく目を瞑って喉の奥で酒を味わうと、再びおっさん臭い言葉を放つ。


「カァーッ。たまんねぇ!」


 タオル一枚で隠れただけのおっぱいに、布地の小さなパンティが丸見えの下半身。そしてちょっと残念な、少し肉が余ってる下っ腹。

 ぶりっ子が過ぎると言われながらも、結構人気がある石黒先生。

 僕はあの可愛らしい石黒先生の、あられもない姿を今まさに目撃している……はずなのに台無しだ、その言動のせいで。

 といっても免疫のない僕には、充分興奮するシチュエーションだけど……。



「たははっ、こいつおっかしい」


 お笑い番組を見ながら、あぐらをかいた膝をペシペシと叩く先生。二本目は度数の高い缶酎ハイをグビリと飲みながら、またおっさん臭い言葉を放つ。


「やっぱ、このパターンが安上がりに酔えていいわぁ」


 ああ、結構憧れてたのに、先生がどんどん残念になっていく……。

 その後ニュース番組も見終えると、先生は放り投げていたバッグを手繰り寄せて、中から本を取り出した。

 そしてノッソリと、先生が四つん這いになってベッドへ這い寄る……。


 ――ピンクの陥没乳首!


 首に掛けたバスタオルが床に垂れ下がって、先生の乳房が突然露わになった。

 重力に引かれてさらに肥大した乳房が、フルンフルンと垂れ下がりながら揺れる。

 その先端には瑞々しいピンクの乳輪と、マイナス型に窪んだ乳首。

 おおお、神様……最高の眺めをありがとうございます!

 とはいえ身動きの取れない僕は、ただただ先生の裸体をこの目に焼き付けるだけ。記憶に留めておいて、体を取り戻したら絶対オカズにしてやる……。


 ベッドまでやってきた先生は、僕の体を押し退けながら寝そべった。

 うつぶせになったその胸は、固いベッドに押し潰されて脇へと肉をはみ出させる。そんな光景を間近に見つめて、僕の興奮はいまだに継続中だ。


「こんなことが、現実にあってたまるかってんだよ! まったくガキだなぁ、こんな嘘臭せぇ話で喜びやがってよぉ……」


 先生が寝そべりながら読んでいるのは、昼間博美から没収した少女マンガだ。

 人気者の女主人公と嫌われ者の男子生徒が、反目しているくせに惹かれ合っていくなんて出来すぎた話。大人の女性には、それが安っぽく見えるのかもしれない。

 先生は、マンガを読みながら愚痴る。ページをめくっては愚痴る。どれだけ恋愛にストレスを溜めているんだっていうぐらいに愚痴り倒す。


「んはぁ……ぅぅ……」


 そんな先生が急に黙りこくって、黙々とマンガを読み始めた。

 僕の記憶だともうすぐクライマックス、濃厚なラブシーンが始まるはず。

 すると先生は、僕のことをグイっと手繰り寄せた。


「んぅぅ……んはぁぅ……」


 僕は縦長に丸められて、先生にギューッと抱き締められた。

 どうやら僕はさっきに寝ていた間に、薄めの肌掛け布団に乗り移っていたらしい。

 先生の豊満な二つのおっぱいが、僕の顔を両側から挟み込む。あの石黒先生の胸の谷間に顔を埋められるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう……。


『うほぉ……柔らかいです、先生のおっぱい……』


 さらにマンガの内容が盛り上がっていく。

 すると先生も触発されたのか、抱き枕の要領で僕に足も絡め始めた。

 先生の両太ももに挟まれる僕の下半身。マンガの盛り上がりに合わせて先生が腰をクネらせると、押し当てられた僕の下腹部にもその振動が伝わってくる。


『ちょ、ちょっと、先生。その刺激は強烈過ぎますって……』


 まるで掛け布団を彼氏に見立てたように、先生が僕の首に優しく手を回す。

 やがて先生は甘い吐息を漏らしながら、僕の顔へ柔らかい乳房を押し当ててきた。指先で僕の背中を撫で回しながら、熱い抱擁をする少し淫らな石黒先生。

 ああ、いつの間にか陥没乳首が顔を出してる……。

 醒めかけた先生への憧れが、何倍にもなって返ってくる。

 やっぱり大人の女性は、その色気も魅力も桁違い。そんな愉悦を味わっていたら、先生の動きが急にピタリと止まった。


「ちぇっ、なんだよ。ここで終わりかよ……。あぁもう、いいとこだったのに……。仕方ない、明日返してやるか、このマンガ……」

『ちぇっ……は、こっちが言いたいですよ。もっと乱れて欲しかったのに……』


 始めのうちは愚痴ってたくせに、最後はドップリはまっていた先生。

 でもマンガの終わりと共に、一気に冷めてしまったらしい。マンガが続いてたら、先生はどうなったんだろうと考えると残念でならない。

 先生は読み終えたマンガを放り出すと、ゴロリと寝返りを打って仰向けになった。


『ああ、そんな格好で寝ちゃって……。風邪ひきますよ?』


 この酔っ払いはパンツ一丁のまま、僕を下敷きにしていびきをかき始めた。

 普通に掛布団として使ってくれれば、裸の先生の上に覆い被されるのに……。

 僕は哀愁漂う先生の背中を包み込みながら、同じベッドの上で眠りに就く。


 ――世の中には、知らない方が幸せなこともあるんだな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る