第7話 男なら誰もが憧れる職業です。

『あぁ、行っちゃったか……』


 久しぶりの話し相手を失って、少し意気消沈した僕。だけど新しい体を得た僕は、希望に胸を膨らませる。

 何しろ僕の新しい体は、谷川さんの自転車のサドル。

 『生まれ変わったらなりたいもの』アンケートを取れば、上位にランキングされること請け合い。しかもそれが、谷川さんの自転車なんて夢みたいだ。


 ――ああ、早く谷川さんに乗ってもらいたい……。


 真上を向いた僕の顔に、雨粒が降り掛かる。

 それはサドルの上面部分。先端が頭で、後方に口。支柱の部分が体になっていて、今の僕は直立不動で空を見上げている体勢。

 レジ袋になった時はどうしようかと思ったけれど、その結果こうして憧れの職業にありつけたんだから、世の中わからないものだ。

 これからは毎日のように顔面で谷川さんのお尻を受け止められるのかと思ったら、興奮がちっとも収まらない。思わず表情が緩んでしまう僕。

 とはいえ、傍から見ても、僕の表情なんてわからないだろうけど……。


 でも、授業が終わるのは当分先。さっき体を動かしたせいか、とっても疲れた。

 この状況なら他の物に体が移ってしまうこともないだろうと、僕は軽く昼寝をして谷川さんを待つことにした……。



 ――ガタン。


 少しやかましい音と軽い衝撃で、僕は目を覚ます。続いて、開いた僕の目に映った赤い空が、ゆっくりと後退を始めた。軽い仮眠のつもりが、もう夕方か。

 寝ている間に雨も上がっていて、僕の顔はとっくに乾いている……。


「レジ袋を被せておいたはずだけれど、どこへいってしまったのかしらね……」


 谷川さんの涼しい声が、頭上から降り掛かる。

 見上げる僕の視界に、正面を見据える谷川さんの凛々しい顔が映り込んだ。

 少し後退したところで止まる自転車。そして今度は、ゆっくりと前進が始まる。

 谷川さんが僕に乗る気配はまだない。きっともう少し開けたところまで、自転車を手で押すつもりなんだろう。


「ファイッ、オー! ファイッ、オー! 会長、お疲れ様でーす」

「あっ、生徒会長。さようならー」

「はい、さようなら」


 聞こえてくる、運動部の掛け声や生徒同士の会話。僕は久しぶりに味わう放課後の雰囲気に、懐かしさと同時に少しの寂しさを感じた。

 久山和博っていう人物がいなくても、世の中は何も変わらないんだな……と。

 夕方のせいか少し感傷的になった、そんな時だった……。


「さーて、帰りましょうか……」


 急に速度を上げて進み出した自転車。谷川さんが地面を蹴って助走を始めた。

 そして充分に速度が上がった直後、ケンケン乗りの彼女のお尻が僕の視界に入る。


『おおっ、キターっ!』


 そして彼女のお尻は、僕の顔面へ着地。その柔らかい感触を、モロに受け止める。

 パンチラにもちょっと期待したけど、そこまで甘くはなかった。だけど谷川さんがペダルを漕ぐたびに、微かに擦れるお尻の感触がたまらない……。

 じんわりと伝わってくる温もり、ズシリと圧し掛かる彼女の体重。

 自分の体を取り戻すのは、もうちょっと先でもいいかなと思えてきた……。


「ふんふふ~ん……♪」


 軽快に自転車のペダルを漕ぎ続ける谷川さん。

 サドルに腰掛けられると、視界が塞がってしまうのはちょっと残念。それに細身の谷川さんはお尻も小さめで、尾てい骨がゴリゴリと擦れてちょっと痛い。

 いや、それを言うのは贅沢か……。


「んっ、んっ、んっ……」


 谷川さんの声にゆとりが無くなって、力が籠り始めた。どうやら自転車が上り坂に差し掛かったらしい。

 彼女が腰を浮かせて、フッと僕の顔から圧力が消える。

 その直後だった……。


 ――薄いピンクのレースのパンティ!


 立ち漕ぎを始めた谷川さん。前傾した彼女のお尻が、僕の目の前に突き出される。

 ああ、丸見えになる谷川さんのパンティ……。

 この薄い布の向こう側には、未知の世界が……。

 懸命にペダルを漕ぐ彼女。そのたびに僕の真上では、右に左によじれるパンティ。

 夕方のせいで視界が暗いのが残念だけど、こんなに目の前で谷川さんのパンモロが拝めるなんて、やっぱり自転車のサドルは最高だ!


「ふぅっ…………」


 少し乱れた息を、大きく吐き出した谷川さん。どうやら坂を上り切ったらしい。


 ――ムギュッ!


 おっ、おっ、おおっ……。すぐ腰掛けたくてスカートを挟む余裕がなかったのか、谷川さんのお尻が直接僕の顔面に着地した。

 パンティ越しに伝わってくる、谷川さんのお尻の温もり。スカートがないだけで、こんなに世界が変わるものなのか。

 お尻ももちろんだけど、もうちょっと前の方も当たってるよね、これ……。

 ああ、生温かい谷川さんの体温が、擦れるたびにさらに熱くなる。

 それにサドルの側面には、ペダルを漕ぐたびに彼女のスベスベの内ももが擦れる。


『ああ、一生このままでもいいかも……』


 ペダル漕ぎで汗をかいたのか、ムワっと湿度を感じる谷川さんの股間。

 スカートで覆われてるから真っ暗だけど、その感触は極楽浄土。やっぱり自転車のサドルは、僕にとっての天職だ!

 だけど天国はいつまでもは続かない。夢のように濃厚な十五分は、あっという間に過ぎ去ってしまった。

 家に到着してしまえば僕はお役御免。明日の登校時間までは退屈な時間が続く。

 仕方なく僕は、今日の感触を思い出しながら、独り寂しく眠りに就いた……。




 そして翌朝。今日もサドルの僕は、谷川さんを顔面に乗せて通学を共にする。

 今日も彼女のお尻の感触を味わえて、満足感で体が震える僕。

 だけど登校時は昨日の下校時とは逆に、下り坂しかないからほとんど動きがない。そしてしっかりとスカートを挟み込まれると、やっぱり感触が物足りない。

 昨日いきなり最高の気分を味わったせいか、僕は贅沢になってしまったらしい。


「少し早く着きすぎたかしら……」


 学校の駐輪場へ到着。谷川さんは僕の顔面から降りると、鍵をかけて去って行く。

 こうなると僕は、彼女の帰りを忠犬のように待つしかない。

 次の出番は六時間以上先。僕は帰り道に昨日の感触を再び味わえることを願って、今日もひと眠りすることにした……。



『…………あれ? 動いてる』


 体を揺り起こされて、僕は目覚める。でもまだぼんやりとして、頭が働かない。

 自転車が動いているところをみるともう下校時刻? いやいや、そんなに長い時間寝たつもりはないんだけど……。


 ――キィイイ。


 すぐにブレーキの音と共に自転車が止まった。

 でもここは学校の駐輪場。となると、どこかへ行って帰ってきたところか。

 そして次の瞬間、僕の体は自転車のサドルに別れを告げ……あれ?


『えっ? どうして自転車が遠ざかる? ひょっとして、今の僕って……』


 流れる風景、小刻みでリズミカルな振動、今の僕は谷川さんに付いて歩いてる?

 サドルに触れていた部分となると、今の僕はきっとスカート。もしかして登校中に不満を持ったから、体が乗り移っちゃったのか?

 やっと掴んだ、自転車のサドルというエリートの座。だけど僕は、あっという間にリストラされてしまったらしい……。


 だけど谷川さんの制服のスカートだって、充分にエリートだ。

 僕はすぐに気を取り直して、今の状況を確認してみる。

 すると、どうにも腑に落ちない事実に突き当たった。


『チラチラ見える僕の体は、どうして真っ白なんだ? 制服のスカートは、青と緑のチェック模様のはずなのに……』


 僕の頭に疑問符が浮かんだまま、風景は校舎内へ。

 そして何日ぶりかの教室に入ったところで、やっと今の状況がハッキリした。


「自転車ありがとうねぇ、谷川さん」

「いえ、どういたしまして、先生」


 会話と共に、声の主から谷川さんに自転車の鍵が手渡された。

 どうやらさっき自転車を走らせていたのは、担任の石黒いしぐろ 陽子ようこ先生だったらしい。僕はその先生のスカートに乗り移ってしまった……。

 先生は、今年で三十歳だって言ってたっけ。目尻が少し下がっていて眉もハの字。団子鼻でおちょぼ口だけど可愛らしい、そんなおっとりしたタイプ。

 先生は教壇に立つと、アニメのヒロインのような声でホームルームを始めた。


「今日はぁ、みんなには申し訳ないんだけどぉ、これから持ち物検査をしまぁす」


 突然の先生の言葉に、騒然となる教室。

 うちの高校は指導が緩いから、生徒たちは日常的に校則違反品を持ち込んでいる。

 そんな中で、ごくたまに行われる持ち物検査。心当たりがある生徒たちが、不満の声をあげるのも無理はない。


「ちょっと待ってくれよー」

「抜き打ちとかひどくねぇ?」


 中には席を立って、先生に詰め寄る生徒も。

 顔を青ざめさせながらガタガタ震える先生は、そんな生徒たちにオロオロしながら申し訳なさそうに謝った。


「ごめんなさい、ごめんなさい! でもね、でもね、決まりだから仕方ないのよぉ。先生だってみんなを困らせたくはないんだけどぉ、ごめんね、ごめんね」

「ちっ、仕方ねぇなぁ」


 今にも泣き出しそうな顔で、平謝りの先生。いつもこんな調子だから、生徒たちも罪悪感に駆られてそれ以上何も言えなくなってしまう。

 今日も、詰め寄った生徒は気まずそうに頭を掻くと、すごすごと自分の席へと退散した……。


「それじゃぁ、始めるわねぇ」


 そして始まる持ち物検査。机の上の生徒のカバンを、一つずつ見て回る先生。

 先生のスカートに乗り移ってしまった僕も、必然的に一緒について回る。

 それにしても、引きれっぱなしの僕の顔。先生は、いったいどれだけスカートのサイズを無理してるんだよ……。

 悠然と先生が足を踏み出すたびに、体が今にも裂けそうだ……と思っている内に、ウエストのホックの部分が限界を迎えた……。


 ――プチィッ!


『あ、まずい……』


 僕が口を開いた瞬間、今度はファスナーが一気に下がる。

 えっ? 僕の口ってファスナーだったの!?

 一連の不幸な出来事に、スカートの僕は一瞬で教室の床へふぁさりと着地した。


「い、い、いやぁぁっん!」


 見上げた僕の頭上には、ストッキング姿の先生。

 そのストッキングの中に履かれていたのは、いつもの可愛らしい先生からは想像もつかない、際どく食い込む真っ赤なレースのTバックのパンティだった。

 慌てて手で隠しながら、先生が床に座り込む。そのお尻が僕の顔を押し潰した。


「うっひょー」

「先生、エッッッローい」


 歓声が沸き起こる教室。男子高校生が狂喜乱舞しないわけがない。

 一方、女子生徒は素早く先生を囲んで鉄壁ガード。こんな時の女性同士の連帯感は尊敬に値する。


「ちょっと、見ちゃダメだよ、男子!」


 女子生徒の壁に囲まれて、ひとまず男子生徒たちの好奇の目からは守られた先生。僕の目の前では、今もまだパンティ丸出しのままだけど……。

 そんな先生は顔を真っ赤にして、両手で顔を覆う。


「ふぇぇぇええん。もう、お嫁にいけないよぉ……」



 アクシデントはあったものの、再開される持ち物検査。

 そして博美のカバンを開けたところで、先生の眉がピクリと上がった。


「大崎さん、マンガはダメよぉ。ごめんね、没収させてもらうね。ほんとごめんね」

「はぁ……」


 マンガを取り上げられて、ガックリと肩を落とす博美。

 それって、谷川さんが昨日持って出たマンガじゃないのか?

 ガサツな博美に貸したばっかりに、持ち物検査で取り上げられてしまうなんて。

 僕は思わず、谷川さんに同情した……。

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