第3話 ゴミ捨てだって楽ちんです。
『僕は寝てたのか、掃除機なのに……。そして、起きても掃除機のままか……』
いったいどれぐらい寝てたんだろう。今は、一夜明けて日曜の朝ってところか。
目覚めても僕は、フローリングの床を見つめたままだった。そしてやっぱり身体はピクリとも動かせない。
『目が覚めたら全部夢でした』なんていう希望は、あっさり砕け散った。
トントントンと遠くに聞こえるのは、階段を駆け下りていく足音。どうやら僕は、谷川さんが部屋から出て行った音で目覚めたらしい。
『掃除機でも、寝起きはだるいな……ふわぁ……』
僕の寝起きが悪いせいかもしれないけど、目覚めてすぐは調子が出ない。
電源スイッチを入れても反応がないことがあるのは、ひょっとしたらこういうことかもしれないと思うと、電気製品にちょっと愛着が沸いた気がする……。
目は覚めたものの、見えるのは床の木目模様だけ。やっぱり今日も、苦行で一日を終えるのか……と思っていたら、部屋のドアが開く音がした。
「さて、先週はさぼってしまったから、今日はしっかりお掃除しようかしら」
おおっ、やっと僕の出番が。働きまっせー!
早く早くと待ちわびる僕の足首を、谷川さんがひょいっと掴み上げる。
フッと浮く僕の体。でもそれは一瞬で、次の瞬間には顔面が床に打ち付けられた。
痛……くはないけど、顔を床に押し付けられた僕は、これじゃ何も見えない。
だけど僕は、もうすぐ訪れるはずの瞬間を、今か今かと心待ちにする。
「さーて、スイッチオン! っと」
キターッ!
谷川さんの掛け声と同時に、僕の股間に親指が押し当てられた。
そして僕の一番敏感な部分にある電源スイッチが、グリッと押し込まれる。
『ああふっ! 憧れの谷川さんの指が今、僕のアソコに……』
僕が歓喜の雄叫びをあげたことなんて知らずに、谷川さんは鼻歌交じりで僕の顔を部屋中に這わせていく。
僕は彼女にされるがまま。床に顔を擦りつけながら、だらしなく開いた口で部屋のホコリを吸い込んでいる僕。
床とはゼロ距離だから視界もゼロ。接地面がフローリングから絨毯に変わろうと、感触が変わるだけで何の面白味もない。
せめてもの救いは、この部屋が清潔でゴミや汚れがほとんどないこと。これが僕の部屋だったらと思うとぞっとする。
そしてもう一つの救いはここが谷川さんの部屋だと言うこと。ここにあるものは、すべて彼女のものだ。
『あれ? 今の毛、ひょっとして縮れてなかったか!?』
こんなささやかな喜びでも、全然無いよりはマシだ……。
そして谷川さんの掃除の手が、鼻歌と共にピタリと止まった。
「うぅん……掃除機クン、もっといっぱい吸って? これじゃ、物足りないわ」
少し不機嫌そうな、谷川さんのおねだりの声。
彼女の機嫌は損ねたくないけど、僕にはどうにもできない。僕が自発的に吸ってるわけじゃなくて、スイッチを入れると勝手に吸い込まれるだけだから。
物足りない吸引力に少しイラつきながら、電源を何度も入れたり切ったりしてみる谷川さん。そのたびに僕の敏感な部分が刺激されて、強烈な快感が全身を包む。
ああ、谷川さん。そんなにアソコをいじられたら……僕、僕……。
「あぁ、きっとこれが原因ね? いっぱい溜まってたのね」
谷川さんは電源をオフにすると、何かに気付いたらしくポツリとつぶやいた。
それと同時に、足首を掴んでいた彼女の手が、僕のお腹をさすり始める。
透き通っているサイクロン方式のゴミを溜める部分。それを谷川さんは優しくツンツンと突いてみせると、今度はガバッと少し強引に引き離した。
「ごめんなさい、こんなに溜まるまで放っておいて……。今すぐに出して、スッキリさせてあげるからね」
掃除機に囁きかける谷川さんの声は、まるで僕に向けられているみたい……。
いや、確かに僕に向けられているんだろう。掃除機としての僕に。
ああ、こんなに近くに谷川さんを感じられるのに、その姿も見られないなんて。
せめて……せめて谷川さんの姿だけでも見たい……。
その苛立ちは、やがて身動きが取れない自分への怒りに変わっていく。
『ちきしょう! なんだよ、この体。ちょっとは動けよ!』
声にならない叫び声をあげた瞬間、偶然にも僕の体がグラリと傾いた。
――ガタタン!
『痛てぇ……』
音を立てて床に打ち付けられる僕の身体。どうやら掃除機が倒れたらしい。
仰向けに転がった僕の視界に、久しぶりに床以外の物が飛び込んできた。
――水色のレースのパンティ!
博美のパンツとは違う、これはパンティと呼ぶのが相応しい。
僕の視界は、谷川さんの水色のパンティ一色で埋め尽くされる。まさに釘付け。
デニムのミニスカートのお尻の部分から覗く奇跡の布を、僕は思わず崇めた。
そして僕がたてた大きな音に、彼女が振り返る。
「あらあらあら。ちゃんと立てておいたはずなのに……」
シュッとした細身の輪郭、少し高めの鼻、一見きつそうに見えるキリっとした目。その美しさは、額に入れて飾っておきたくなるほど。
だけど今日の谷川さんはプライベートなせいかリラックスしていて、学校じゃ見たことのない柔和な笑顔を浮かべている。
それに普段の彼女からじゃ想像できない、このミニスカート。
パイプの継ぎ目辺りにある僕の胸は、締め付けられるほどにときめいた。
「先にこっちを済ませてしまうから、そのまま少しだけ待っててね」
僕に……いや、掃除機に向かってそう告げると、谷川さんは再び背を向ける。
カンカンと音を立てながらプラスチックの部品をゴミ箱へと打ち付けて、溜まっていたゴミを捨てている谷川さん。
前屈みでお尻を突き出したその格好は、見上げる僕にわざとパンティを見せつけてくれているみたい。
しかも掃除機の僕は、それを堂々と見ていられるんだから最高だ……。
『ああ……永遠に続け、この時間……』
声にならない僕の願いは、あっという間に打ち砕かれる。
溜まっていたゴミを捨て終えた谷川さんは体を向き直すと、床に転がっている僕を起こすためにこちらへと戻って来た。
『おほぉ、今度は前が丸見え……。でも起こされたら、また床とにらめっこか……』
気落ちする僕の目の前に、谷川さんの股間が迫る。さっき取り外したゴミを溜める部品を取り付けるために、僕の真上で谷川さんがしゃがみこんだからだ。
目を凝らすと、薄っすらと黒っぽいものが見えるような気もする……。
『あわわわ……この薄い布の一枚向こう側は、谷川さんの秘密の花園……』
今までの苦行が報われたような、夢のような光景。
けれどその直後、僕のお腹に激痛が走った。
『痛い、痛いって……それたぶん、部品の取り付け方間違えてるよ……』
僕の訴えは声にならないから、谷川さんの耳にも入らない。
谷川さんは取り付け方を間違えたまま、それでも力任せに部品を押し込む。
「んぅぅ、今日はきつくて入らないわ。いつもはスッポリ嵌るのに……」
妄想が捗りそうな紛らわしい言葉だけど、今の僕は痛みでそんな余裕はない。
だけどこのまま部品が嵌らなければ、最高の眺めを堪能し続けられるということ。そう思えば、こんな痛みぐらい……ううう、やっぱり痛い。
さらに力を籠めて、部品を嵌め込もうとする谷川さん。体重を掛けるために、僕の顔である吸い込み口の上に座り込んだ。
温かい……。
軟らかい……。
甘酸っぱい香り……。
『ああ……谷川さんの股間に顔を埋められるなんて、夢みたいです。僕はこれからも掃除機として、一生を谷川さんに捧げます……』
ピットリと触れている谷川さんの股間。ああ、これでパンティさえなければ……。
でも谷川さんが取り付け方の間違いに気づけば、夢の時間は即刻終わりを告げる。
「あっ、なーんだ、部品が後ろ前じゃないの……これでよしっと」
パチンと音を立てて、僕のお腹にゴミを溜める部品が取り付けられた。
ゴミを捨ててもらったせいか、心なしか体調もスッキリした気がする。
「溜まってたモノ、全部掻き出してあげたからサッパリしたでしょ? ふふふ」
ああ、また誤解を招くような谷川さんの言い方……。
本人に自覚はないんだろうけど、またしても妄想が捗ってしまう。出来ることなら谷川さんには、僕の違うモノを掻き出してもらいたい……。
それにしても、僕は掃除機なのに谷川さんは楽しそうに語りかけてくる。家にいるときの彼女は、結構独り言が多いんだな。
掃除機になって知った、谷川さんの意外な一面だ。
「さぁ、掃除を再開しましょうか」
ああ、夢のような時間が終わってしまう……。
このまま体を起こされたら、視界に入るのはまた床だけに。谷川さんの顔だって、次に拝めるのはいつになるかもわからない。
いやだ、まだこうしていたい! もっと谷川さんの股間に顔を埋めていたい!
僕がそう強く願った瞬間、奇跡が起こった。
――ブオオオオオオッッッ!
突然電源が入った掃除機。僕の口が強く谷川さんの股間に吸い付く。
おっ、おっ、おっ……口の中に、パ、パンティが入ってくる……。
「きゃっ、ちょっ、ちょっと、なんで……スイッチが……」
掃除機の強力な吸引力は、谷川さんのパンティも餌食に。
慌てて谷川さんが引き離そうとするけれど、そのお陰でパンティが浮き上がって、もうちょっとで中が見えそう……。
「あっ、あぁっ……んぅふぅっ……ちょっと、なにこれ、気持ち……いい」
一転して谷川さんは、僕の顔に股間を押し当て始めた。
パンティの中が見られなかったのは残念だけど、艶やかな吐息を漏らす谷川さんが僕の顔に股間を擦り付けてくるなんて……。
思いもよらぬ展開に、僕の理性はぶっ飛びそうだ。
まあ、ぶっ飛んだところで身動きは取れないんだけど……。
「美和。昨日のお友達が来ましたよ」
「えっ、あっ、ああ……はいっ!」
廊下から谷川さんのお母さんの声が聞こえてきて、掃除機の電源がオフにされる。
ああ、いいところだったのに……。
「約束の時間はまだなのに……。お掃除は途中だけど、今日はここまでね」
昨日のお友達ってことは博美だろう。
博美が迎えに来たことで、谷川さんとの楽しい触れ合いの時間はひとまず終わり。僕は充電台へと乗せられた。
休日なのに家の中でミニスカートを履いていたから不思議に思ったけど、どうやら博美と出掛ける約束でもしていたらしい。
そのお陰で今のハプニングに遭遇できたんだから、博美には感謝しかない。
だけど、せめてもうちょっと遅く来て欲しかったな……。
「行ってきます」
部屋には誰もいないはずなのに、律義に挨拶をして谷川さんが出て行く。
そして僕はまた顔面倒立の体勢で、いつ終わるかわからない待機時間の始まり。
ひたすら床を見つめる僕の目に、フローリングの木目模様が少しずつ明るくなり、そして今度は赤みを増しながら暗くなっていく様子が映る。
そして木目模様が見えなくなるぐらい暗くなってから谷川さんは帰ってきたけど、とうとう僕に触れることなく一日が終わってしまった……。
『掃除機になったおかげで今日はすっごくいい思いができたけど、できればいつでも谷川さんを見ていられる物になりたかったな……』
一日のほとんどの時間を床を見て過ごすなんて、掃除機はやっぱり辛すぎる。
僕は悲嘆に暮れながら眠りに就く。そして……。
――翌朝目覚めた僕の目の前には、なぜか掃除機がそびえ立っていた……。
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