第2話 驚きの吸引力ですよ。
「美和ー、お友達が来ましたよー」
「はぁーい。今、行きまーす」
階下から、谷川さんのお母さんの声が聞こえてくる。
その声に谷川さんは明るい声で返事をすると、掃除機になった僕を床に転がして、軽い足取りで部屋から出て行った。
身動き一つできずに、ただひたすら天井を見上げて待つしかない僕。
愚痴をこぼしてみても声が出ないから、独り言にすらならない。
『冗談……だよね? でなけりゃ、夢……だよね?』
目が覚めたら、掃除機になってたなんて受け入れられるわけがない。だけどすぐ隣には、僕の身体が横たわっている。
寝息を立てて血色もいいところを見ると、死んではいないらしい。
どうやら僕の身体から意識が抜け出して、この掃除機に乗り移った感じだ。
『夢なら、すぐに覚めてくれよ……』
そう願うものの、あまりにもリアルなこの景色。やっぱり現実なのかもしれないと思い始めたところで、部屋の外から少し甲高い声が聞こえてきた。
どうやら谷川さんが、博美を連れて戻って来たらしい。
ドアを開けた彼女は、すぐ後ろに続く博美に微笑みかけながら部屋に招き入れる。
「さぁ、大崎さん。入って、入って」
「おっ邪魔しまーすっ!」
元気な挨拶と共に、博美が部屋に踏み入ってきた。と同時に、タータンチェックのミニスカートからのぞく真っ白いパンツが、見上げている僕の視界に飛び込む。
パンチラゲットなんて、今日の僕はツイてる!
いや、僕が掃除機に
パンツに目を釘付けにした僕とは対照的に、博美は大げさなポーズで仰け反った。そして慌ててスカートを押さえると、間髪入れずに大声で悲鳴を上げる。
「変態、変態、和博のドスケベ!」
「どうしたの? 大崎さん大丈夫?」
「なに覗いてんのよ! 変態、変態、変態、変態、バカじゃないの!?」
純白のパンツを凝視しているのがバレたかと一瞬ヒヤリとしたけど、博美の視線は僕の本体の方を見つめていた。
そりゃぁ今の僕が掃除機になってるなんて、誰にもわかるはずがないよな……。
髪はショートで低身長、スポーツが得意でスタイルも良い。丸い小顔で充分可愛いけれど、そのボーイッシュな雰囲気のせいか恋愛対象にはならないタイプ。
顔を真っ赤にして怒るそんな博美を、谷川さんが慌ててなだめる。
「大丈夫よ、大崎さん。久山君は寝てるみたいだから」
「本当に? こいつのことだから、寝たふりで薄目を開けて覗いてるんじゃない?」
「まさか……。でも確かに、男の人は信用できないところがあるわよね」
『ひどい濡れ衣だよ!』
心外だ。寝転んで女の子のスカートの中を覗くなんて、僕にはそんな度胸はない。博美がいい加減なことを言うから、谷川さんに不信感を持たれたじゃないか。
だけど博美はまだ疑っているらしく、立ったまま黒いニーソックスを履いた爪先で僕の頬を突っついたり、頭を軽く踏んづけてみたりしている。
突然起きられてもいいように、スカートの前部を押さえている博美。だけど、隣に倒れている掃除機の僕からは、チラチラと白いものが覗いてとても艶めかしい。
「ほんとに寝てるみたいだね。和博、全然起きないや」
「それなら、そのままそっとしておきましょうか」
一向に僕の身体が反応を示さないので、やっと疑いが晴れたらしい。
博美は今度はしゃがみ込み、僕の頬っぺたを引っ張ったり軽く叩いたりしている。そんな博美のしゃがみ方は、あまりにも無防備だった。
しゃがんだせいで食い込んで、縦ジワが寄った白パンツ。僕の鼻をつまんだり脇をくすぐったりするたびに、パカパカと博美の股が開くからそれが丸見えになる。
こんなに至近距離でパンツを拝ませてもらって、僕は少し罪悪感が沸いてきた。
「これだけやっても目を覚まさないって、いくら鈍感な和博でもおかしくない?」
さんざん僕の体をもてあそんだ博美が、不安そうな声をあげた。
そりゃそうだろう、今の博美は結構力を入れて頬っぺたをつねってるのに、未だに僕が目を覚まさないんだから……。
「久山君が鈍感かどうかはわからないけれど、少し疲れているだけじゃないかしら? このままそっとしておきましょう」
「やっぱりおかしいよ。和博の家の人に連絡した方が良くない? これ」
「でも私、久山君の家の電話番号なんてわからないし……」
「あぁ、あたしわかるから掛けてみるよ」
『なんで家の電話番号知ってんだよ。教えた覚えないぞ』
博美はバッグからスマホを取り出して、電話を掛け始めた。
今日は土曜だから家には両親がいるはず。すぐに電話はつながったらしく、博美は今の状況を僕の家族に必死に伝えている。
やがて、会話を終えた博美は電話を切ると、その内容を谷川さんに伝えた。
「すぐに来てくれるって。だけど、大丈夫かな……和博」
「うーん……呼吸も脈もしっかりしてるから、大丈夫だと思うけど……面倒なことになってしまったわね。ご迷惑をかけてしまってごめんなさい、大崎さん」
「あたしの方こそ、ごめん……。どうしよう、さっき踏んづけちゃったり、頬っぺた引っぱたいたりしちゃった……」
泣き出しそうな表情の博美。かなり真剣に心配してくれているらしい。
こんな博美の姿を見るのは初めてだったから、さすがに僕も心が痛む。
『おーい、僕なら元気だから大丈夫だよー。掃除機になっちゃったけど』
呼びかけてみたけど、やっぱり言葉にならない。そりゃそうか、掃除機だもの。
もちろん勉強会は即刻中止。二人は横たわる僕の体の傍らに座って沈痛な面持ち。まるでお通夜のような空気が部屋に漂った……。
「うちのバカ息子がご迷惑おかけしました」
「いえ、でも……本当に大丈夫でしょうか?」
「家に帰っても目を覚まさないようなら、そのときは病院にでも連れていきますよ。それじゃぁ、連絡ありがとうね」
三十分ほどで駆けつけた僕の両親。
おふくろがペコリと頭を下げ、僕の身体は親父に負ぶわれて谷川さんの部屋を後にする。僕の意識は掃除機の中で、今なお部屋に留まっているというのに……。
「じゃぁ、あたしも帰るね。バイバイ、谷川さん」
「あっ、大崎さんはもうちょっとゆっくりしていったらいいじゃない。せっかく来てくれたんだから……」
「ありがとう。でもあたし、今はそういう気分になれないから、ごめんね」
博美が帰った部屋で、谷川さんと二人きり。まるで夢のようだ……。
とはいっても、そこにロマンティックなムードは微塵もない。
なにしろ、今の僕は掃除機。そしてこの体勢は、あまりにも理不尽だ。
頭を下にして、気をつけの姿勢で充電台に乗せられている僕。
ふふん、掃除機は吸い込み口が頭だってこと、みんな知らないだろ!
ああ、バカバカしい……。そんなことはなんの豆知識にもならないし、自慢しても馬鹿にされるのがオチだ。それにそもそも、僕は口も利けない。
目に見えるのはフローリングの床だけ。さっきは床に転がされていたからパンツを拝めたけど、今の僕は谷川さんの顔すら見ることができない。
すぐそばに谷川さんがいるはずなのに、僕は孤独感でいっぱいだ……。
「おやすみなさい……」
育ちのいい谷川さんは、誰もいない部屋でも挨拶をして寝るらしい。
その言葉と同時に照明が落とされ、床の木目も見えなくなった。
ああ……結局クッキーを吸い込んだきり、あれから僕の出番はなし。掃除機なんて頻繁に使うものじゃないし、当たり前か……。
大半の時間を、床とにらめっこをして終わった一日。この先もこの調子だったら、どうしよう。
今は考えても仕方ない。僕は博美のパンツを思い返しつつ眠りに就く。
――明日はもう少し良いことがありますように……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます