29. 抜き打ちテスト
夏鈴さんが挙げた作品――『誘惑』と『蠅』が収録されている文庫本を買って家に帰った。芥川龍之介のことは知っているけれど、横光利一という名前ははじめて聞いた。
このふたつの作品に共通していることは、まるで「映画」のような作りになっているということだ。正確に言うと、映画のワンシーンのようなものを羅列していく構成になっている。
小説を読みながら、映画を見ているような感覚がする。もしこのふたつの作品を、自分のネタの参考にするとしたらどうなるだろうか。
「あっ……」
ベッドに寝転がってもなにも思いつかず、お茶を飲もうと立ちあがったとき、あることに気付いた。
パラパラマンガとまではいかないにしても、フリップをめくるペースを速くすることで、紙芝居のように、ストーリー性のあるネタを作る芸人のことを思いだした。
もしそれを、文字だけでするとしたら、どうなるだろう。
ぼくには、絵を描くことができないから、そういう発想に至ったのではない。文字でなければできないことがある――それに気付いたのだ。
大量に購入した画用紙に、マジックで文字を連ねていく。適当な順番で並べたアルファベットを書いていく。
画用紙の後ろに目印となる数字を記していく段になって、興奮した気持ちは眠りについて、自分の考えついたことを冷静な目で
そして、このネタについて突きつめて考えると、こういう結論に至った――これしかない、と。
* * *
本とライブの出演料にばかりお金を使っていたせいで、芽依の誕生日のことをすっかり忘れていた――というより、八月三十日が誕生日だということを知ったのは、直前の数学の試験にそれなりに手応えを感じていた昼休みのことだった。
前日のライブでは、いままでにないくらいにウケて、夏鈴さんも「よく一日で修正したね」と褒めてくれた。ネタの微調整のために徹夜をしていたから、今日は遅刻ぎりぎりまで寝ていたのだけれど、最初のテストが唯一得意の国語で助かった。
そう、すべてがうまく進んでいたのだ。それなのに、誕生日の話題になり、良いリズムを崩されてしまった。
「もうすぐ十八歳か……」――という芽依の独白に、それに続く言葉を悟ったぼくは、すぐに話題を別のものにしようと思ったのだが、なんだかそれは、逃げているというか、悪いというか……芽依に向き合おうとしていない弱い自分を見出してしまって、ちゃんと
「誕生日って、いつだったっけ?」
このセリフが怒りの種になるというのは、ドラマとかで知っていたけれど、知らないものは、知らないわけで……芽依は、むすっとした表情をして、「当てて見せて」と言ってきた。
「えっと、芽依……Mayだから十月、だったりする?」
「次のテストは英語だけど大丈夫?」
「のっ、ノープログラム!」
「ほんとうに大丈夫?……で、わたしの誕生日は、いつ?」
「休日ではないことは、たしか……だと思う」
「うん、たしかに今年は平日なんだけど、それで、いつ?」
逃げられない。もう観念するしかない。分からないと正直に言う。
「だと思った。むかし言ったはずだけど……いい? 覚えてね?」
「うっ、うん!」
「八月三十日」
来月末か。なにかプレゼントをしなければならないと思うんだけど、なにがいいんだろう。少なくとも高いものはムリだし。だからといって安すぎるのも……ヘルプ! だれか!
「また、抜き打ちテストをするから」
「だっ、大丈夫! 来年も再来年も、ずっと覚えてるから!」
「えっ、それって……」
どんどん顔が真っ赤になっていく芽依。大丈夫かな? 熱中症じゃないよね?
「どっ、どうしたの?」
「ばか……」
そういうところが好きなんだけど――というような声も聞こえた気がしたけれど、階段のしたの廊下を喋りながら歩いていく生徒の声でかき消されたから、確かではない。
* * *
日曜日に「フィロソフィING」で披露したネタは、ぼくの代表ネタになりうる――という批評をしてくれたのは、天才さんだった。
「ようこないなネタ思いつくなあ」
「ぼくひとりではムリでした。いろんなひとのネタをみたり、アドバイスをしてもらったりしたおかげです」
「もっちゃんとのライブやけどな、もし、ジョーのネタが、もっちゃんのよりウケたら……」
天才さんは、そこで言葉を区切り、にやりと笑った。
「ジョーといえばこのネタ、みたいなものになるやろな。まだ考え直さなあかんとこは、ぎょうさんあるけど」
もっちゃんよりウケる?――そんなことはあるはずがない。
だけれど、そのつもりで挑まないといけないのだろう。だってもっちゃんも、〈オンワン〉にエントリーをしているのだから。もしかしたらどこかで、数限りある枠を争うことになるかもしれない。
まだまだ、荒削りではある。修正したいところは、たくさんある。テスト期間中に勉強をしてもしかたがない。詰め込みはよくない――という言い訳をこしらえて、新しい画用紙にマジックを走らせていった。
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