20. どうも、2年4組のエイリアンです!

 視線を逸らして、自分は無関係だということを示している芽依に、もう一度、呼びかける。


「栗林さん、ぼくと漫才をしてください」


 スポットライトの落ちた舞台の上で、告白のときのように手を伸ばし、漫才をしてほしいと頼みこむ高校生――まるで舞台のような景色だ。


 しかし、芽依はなにも言わず、ぼくの方へ目を向けようともしない。

 もし、逆の立場だったら?――静寂のなか、ぼくのこころに浮かんでくるのは、当然ともいえるそんな問いで、かりにぼくが芽依の立場なら、たまったもんじゃないと思う。


 拍手――それは、間違いなくから始まった。木の葉が川面に落ちてゆっくり波紋が広がっていくように、拍手の波が伝播していく。異様な光景だった。


 なにに対する拍手なのか、ぼくには分からなかった。きっと、ここにいるほとんどの人が、ぼくと同じ気持ちだと思う。だけれど、静寂に抗して、狭いライブハウスに拍手が鳴り響き続ける。まるで、ひとの耳の中にいるような気分だった。


 トン、トン、トン――拍手の中、こちらへと向かってくる彼女の足音がする。


 どれくらいの背丈なのかなんて、あれだけ一緒にいれば、もう分かりきっている。戸惑うことなんてない。観客席から見て不自然に映らない高さに――彼女の胸のあたりに、片手でマイクを一直線に下ろす。


「どうも、2年4組のエイリアンです! よろしくお願いします!」


 芽依もぺこりと頭を下げる。


「改めまして、ぼくが四条優理といいまして、こちらが、栗林芽依さんといって、ぼくのクラスメイトなんですよ」

「汚水と清潔な油の関係でやってます」

「ええと、どちらが汚水かは、くまでもないですよね?」


 じろりとこちらをにらんでくる、芽依。漫才としての演技というより、ほんとうに怒り心頭なのだと思うけれど。それにしても、こんなつかみからはじめられるなんて、ぼくたち、どうかしてるよ。だって、なんだから。


「ねえ、四条くん……あっ、ごめんなさい、汚水くん」

「あえて言い間違えてるよね?」

「わたしがひとの悪口ばかり言うようなひとに思われると心外だから、ちゃんと訂正して。わたしは、どういうひとなのかを、ちゃんと説明して」


 どういうひと?――ええと、アドリブで大喜利をしろと?


「綺麗な月のようなひと……かな」


 なに言ってんだよ、ぼくは!


「……さて、聞きかじった雑学を頭から引っ張り出してきた結果スベった四条くんのためにも、話を本題に移すとね、わたしって、ものすごく美しくて賢いから、折角だから世界史の教科書に載りたいと思ってるの」

「このひと、すごい自信ですよね?」


 ぼくたちが文化祭で披露したネタに入っていく。


 観客席から聞こえてくるのは、苦笑なんかではない。拍手笑いにはほど遠いけれど、舞台の上までしっかりと、笑いが届いてくる。ぼくをリードする栗林さんの、演技や言葉の抑揚やワードセンスのおかげだろうけれど。

 こうなると、ぼくもノってくる。


「コロンブスみたいに、新しい大陸を発見するとか、それくらいのことをしないと、世界史の教科書には載らないんじゃないかな」

「四条くんは、無邪気に悪気なく言ったのだと思うのだけれど、現地の人々にとってみたら、決して『新しい』大陸ではないのよ」

「ああ……言われてみれば、確かにそうですよね」

「ちょっと漫才を中断して、この問題について四条くんとディベートをするので、お客さんたちは少しの間、休憩していてくださいね」

「大丈夫です。続きますからね」

「ごめんなさい。北中米の国を書くという問題でアメリカさえ浮かんでこなかった四条くんには無理な話だったわね。身の丈に合わないことはしないで、漫才を続けましょう」

「言い過ぎだよ!」


 いままで聞いたことのないボケが、次から次へと繰り出されていく。芽依は、ぼくたちがコンビころから、たくさんのボケを考えていて、あのとき使えなかったものを、こうして披露しているのかもしれない。


 それでも、ことができる。芽依のボケだから。


 即興であるということがぬぐえない漫才で、それに、高校生くらいの子がしているという色眼鏡もあって、笑ってくれている――そういうところもあるのかもしれない。


 だけどそれは、失礼な邪推だろうか?――うん、失礼なことだ。


 笑い声が響くなかで、こうして漫才をさせてもらえることは、身に余るほどに幸せなことで、ぼくたちはその幸せを、ありのままに受け取っていいはずだ。

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