12. ボケられない芸人なんだよ、ユーリは
漫才師としての絶叫さんは、頼もしい。当日披露するネタのタネを書いてきてくれた。意外にも(?)綺麗な字だった。読みやすいだけでなく、品格のようなものが伝わってくる。
「ベトベトしてたらごめんな」
「ベトベト……?」
「女の子を抱き終えてからすぐに、ラブホで書いたやつだから」
「ちょっと! 本当でもそういうことを言わないでくださいよ!」
ホチキス留めにされたルーズリーフをさわる手が、ぞわぞわとした。ベトベトって、汗のことだよね?
絶叫さんが書いてきたネタは、たしかにおもしろかったのだけれど、なにか違和感があった。それはうまく言葉にすることはできないけれど、決定的な欠点のように感じた。
「言いたいことがあるなら、言っていいぞ」
ふたり舞台の上であぐらをかいて座っている。ほかに、だれひとりいない。防音設備がゆるいおかげで、声がよく響く。
「おもしろいです」
「ウソつくなよ」
「ウソじゃないです」
「ついていいのは、ほにゃららだけだよ。アレのときの」
「いっぺん痛い目にあった方がいいと思うので、いますぐ通報しますね。下ネタを浴びせかけてくるヘンタイがいるんですけどって」
「浴びせかけるとか、ユーリもやばいことを言ってるぞ」
「いい加減にしないと、いくら先輩でも
久しぶりにこんな応酬をした気がする。絶叫さんは腹を抱えて笑う。
「ウォーミングアップはここまでとして、実は、俺もしっくりこないところがあるんだよ。そこをユーリに聞きたかったんだけど……一度、台本を読んでみるか」
ぼくたちはあぐらをかいたまま――ではなく、漫才師の立ち位置で、書かれていることを声にしていった。
「八宝菜と七つの大罪の帳尻を合わせないといけないときがきたと思うんだけど、どう?」
「どう、とは?」
「俺は数字のついたものを、ひとつの数字に統一しないと気が済まないんだよ」
「気が済まない?」
「短歌を詠むときもな、五・五・五・五・五で詠むんだよ」
「いろんな意味で、五言絶句ですね」
「なあ、円周率を3にするのを考えたやつに、フィールズ賞を贈るべきだと思うんだよ」
「円周率を3に置きかえるやつを、その観点から擁護するひと、初めてみましたよ」
「だからさ、八宝菜は七宝菜にしたいし、もしくは、八つの大罪にしたいんだよ。そんなわけで、今日の議題は、それな?」
「ギャルの口調で言わないでください!」
絶叫さんは、次のセリフを言うのを止めた。
あっ、ここは「よく分からないので、見守ることにします」だった……でも、絶叫さんの「それな?」がギャルっぽく聞こえてしまったから。
「これか……?」
しかし絶叫さんは、その間違いを指摘するでも怒るでもなく、右手を口にあてて、なにかを考えはじめた。
そして、しばらくして顔をあげたかと思うと、こんなことを言い放った。
「おい、ユーリ。もうネタ合わせはしないぞ」
「えっ……えええ!」
「当日は自由にツッコんでくれ。俺も台本通りにボケないから」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! そんなの、ムリですって!」
「俺、気付いたんだよ……ってか、もう気付いてたんだと思う。ユーリは俺よりツッコミがうまいんだってことを。悔しいけど」
絶叫さんより?――そんなことはない。実際、ぼくがボケに回ったあとの絶叫さんの想定のツッコミは、キレキレじゃないか。
「ダブルボケ・ダブルツッコミはやめる。ユーリにはツッコミしかない。もともと、ボケられない芸人なんだよ、ユーリは」
すっきりとした表情をした絶叫さんは、台本を丸めてしまうと、ぼくの髪をわしゃわしゃと撫でて「よし解散!」と言って、舞台袖へと消えてしまった。
* * *
連絡先を交換してからずいぶん経つけれど、
『すごく眠たいんだけど、このあと用事があって仮眠をとるわけにはいかないから、起きていられるように電話をしたんだけどね』
「あっ、迷惑電話でしたか。それでは切りますね」
『ちょっと待って』
「なんです?」
『ふふっ、言ってみただけ』
「このやりとりが許されるのは、付き合いたてのカップルだけだと心得てください」
『で、なんの用かな?』
「それは、こっちのセリフですっ!」
思いっきり笑う美月さん。こんなに大笑いをしているのに上品に響いてくるなんて、ほんとうに不思議だ。
『やっぱ、四条くんと話すのは楽しいなあ』
ナチュラルにそんなことを言わないでほしい。そういうセリフでドキッとしてしまうものなのなのだから。ぼくのような男の子は。
「それで、なんの用なんですか?」
『このあと、芽依と一緒に出かけることになってるんだけどね、四条くんも一緒にどう?……という、お誘いの電話』
えっと、どっ、どういうことなの……?
まったく予想をしていなかった話に、ぼくはしばらく
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