04. 素直に笑えないんだよな

 絶叫さんから呼び出しをくらったのは、芽依と喧嘩をした二日後のことで、つまり、3年生になってはじめて、芽依と昼ごはんを食べていない月曜日の昼休みの時間だった。


 メッセージの文面はシンプルで、「学校が終わったら、ライブハウスに来るように」というもの。今日はひとりで帰ることになるだろうから、べつに問題はない。


 こんな日は、今日だけがいい。

 はやく仲直りをしたいのだけれど、どうすればいいのか分からない。


 階段の下から聞こえてくる、「四条と栗林さんって別れたらしいからさ、ワンチャン狙ってみようかな」という会話に苛立ちを覚えながら、食欲のないなかジャムパンを食べきると、好奇の視線を受けながら教室へと戻っていく。


「なあ、優理。栗林さんと別れたってほんとうか?」

 進級とともにクラスが別々になった、1年生のときからの友人である良彦に、廊下で耳打ちをされた。


「根も葉もない噂だよ」

 そう小声で返すと、良彦は安堵の表情を見せた。持つべきものは友達だ。ちゃんと心配してくれている。


「大紀から聞いたんだけど、栗林さん、ずっとピリピリしてるみたいだって。大紀が声をかけてみたんだけど、ガン無視でさ。ほんと、どうしたんだよ。喧嘩か?」


 もうひとりの友達である大紀は、ぼくたちとは反対側のとうの教室に移ってしまい、ぼくも良彦も学校で気軽に会えなくなってしまった。ぼくは、昼休みは芽依と一緒にいるから、なおさら会う機会は減っていた。


「喧嘩というか、なんというか……」

 良彦に事情を手短かに伝えると、なぜか笑いはじめた。どうしたんだよ。


「なら、大丈夫だって。びっくりした。マッチングアプリを十個掛け持ちしてたとか、大量の避妊具が優理の部屋から見つかったとか、そんな理由だったら俺たちにはどうにもできないって思ってたからさ」

「ぼくのことをなんだと思ってるんだよ……」

「勘違い系なら、自然にどうにかなるよ、きっと。それに、長白河ながしらかわがいなくなってくれたから、話をややこしくする奴もいないだろうしさ」


 長白河颯太ながしらかわそうた――去年、自主退学した、元演劇部のエースで学校で一番の人気者だった、ぼくたちの同級生。


 前の学校でぼくをいじめていた奴らとつるんで、ぼくと芽依の仲を引き裂こうとしたが失敗し、警察沙汰にまでなった暴力事件に深く関与したということで、自分から退学し、遠いところに引っ越したと聞いている。


 そして、あのとき、校舎裏でボコボコにされているぼくを助けてくれたのは、良彦だった。


「風の噂だけどさ、海外に行くらしいぞ、あいつ。俺たちには想像できないくらいの、手ひどいダメージを受けたんだろうな。ざまあみろって感じだけど」


 海外――どこへ行くかは分からないけれど、芽依からどんどん離れてくれた方が、ぼくにとっては都合がいいし、安心できる。


「俺たちは、ふたりに『借り』があるからさ。うまくいくように『恩返し』させてもらうから、安心しろ」


 良彦はよくそれを口にするけれど、「借り」なんて言ってほしくない。


 ぼくと芽依は、昨年の文化祭で漫才を披露した。でも本当は、良彦と大紀が漫才をする予定だった。ふたりはもうすでにネタ作りをしていたのだけれど、交通事故にあい入院してしまった。


 そこで、漫才をすることに強い思いを抱いていたふたりに代わり、ぼくは転校してきたばかりの芽依を誘い、「2年4組のエイリアン」として屋外ステージに立った。


 エイリアン――教室の隅に追いやられて「異質」に存在たちが、漫才を武器に闘ったのだ。


 ぼくたちは、代打をしたわけではない。むしろ、感謝をするのはこちらの方だ。漫才をしたおかげで、ぼくと芽依には、新しい目標が生まれたのだから。


 将来、漫才コンビを結成して、漫才師の日本一を決める大会で優勝しよう――という、壮大な目標だ。


「芽依とのことは、ぼくが、なんとかしないといけないことだから」

「じゃあ優理には、なにか打開策があるのか? とにかく、会って話すシチュエーションを作らないといけないぞ?」

「芽依のスマホの地図アプリを改造して、どこを設定してもぼくの家のルートしか表示しなくさせるとか」

「どうした、喧嘩のショックでバグったのか」

「下駄箱に手紙を入れておくとか」

「おっ、それはいいかも」

「デスゲームの主催者に扮して書いた手紙を真っ黒な封筒に入れ――」

「いいわけないだろ」


 ボケている場合かというお叱りを受けたが、もうまともな会話ができなくなるくらいに、生活の場のほとんどで「お笑い」のことばかりを考えてしまっている。


「というか、優理のボケって素直に笑えないんだよな」

「うん、それも悩みなんだよね……」


 ピンでネタ作りをするようになってから、「ツッコミ」だけでなく「ボケ」も意識するようになった。「2年4組のエイリアン」では、ボケ担当である芽依が主導してネタを作っていた。というより、あのネタを書いたのは芽依の方だと言っても過言ではない。


 ツッコミをマスターしているなんて己惚うぬぼれているわけではないけれど、ツッコミよりボケの方が、いまのぼくには難しい。


 心配しないで心置きなく笑ってくださいと、自信を持って提示できるようなボケを作るのは、素人にたやすくできることではない。

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