枷と切望(四)

 フィロが帰ったあとの部屋はいつも、普段よりずっと静かに思える。茶器を片付けながら、触れ合う金属音が壁に当たって返るのを、セレンはぼんやりと聞いていた。

 ――弱いだけなんだ。

 心からの助言をくれた友人に対して後ろめたさがあることが苦しい。

 フィロに語った理由は嘘ではない。教庁や他の教会自治区のもつれた事情を考えれば、自分は枷にしかならない。仕事以上の関係になったとき、一体誰が幸せになれるというのだろう。自分の願いを分別のない幼な子のように口にして、すれすれの均衡を壊してはいけない。それなのに。そう思うのに。

 欲が出そうになる。

 ふとした隙に、自分の全てが包み込まれそうな、確かで脆いあの感覚が甦る。直前まで唇にあった違和感を忘れさせて、長くて一瞬だった、あの。

 優しい口づけと、直に知る相手の熱と――離れたあとに残った、空虚な冷たさと。

 理由が聞けなかった。そして今も、踏み込むのが怖い。

 もしフィロの言うように告げて、去る前に耳元にこぼれたあの言葉の真意を知ることになったら。

 ――怖いよ。

 強くあろうとしたはずなのに、まだ独りで立てないでいるのだろうか。

 夕陽が差し込んでいた室内はいつしか暗くなり始めていた。一つだけ灯りを点け、教庁から来た書状を開く。

 仕事だと割り切ってしまえば、独りよがりの望みも殺せる。同時に、臆病な自分の恐れも見えなくなるはずだ。

 幸せであって欲しい――その願いが叶うなら、他の願望はきっと消えてくれる。

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