憂い接吻(三)
長かったのか、それとも一瞬だったのか。
塞がれていた唇が静かに、ゆっくりと解放され、次に肌に触れるのは、熱を帯びた吐息。
「拒みは、しないんだな」
無音を破る囁きが、間近で鼓膜を震わす。
「拒む隙が、どこにあった」
呼吸の微かな音と心音と、相手のものなのか自分のものなのか、密になって混ざり合い、区別がつかない。
目の前にある碧い瞳に自分の顔が映る。深い色の中に読み取れぬ感情を秘めて、向き合う自分の奥の奥までを見通すような。
そうしていたのも、どれほどの時間だったのか。
「……ごめん」
頬に当てられていた熱が、すっと離れた。
入り乱れていた吐息と鼓動がほどけて分かれる。そのうちの片方だけ、自分の元に残った。
背の高い後ろ姿の向こうで木戸が開き、隙間から風が入り込んだ。途端、止まっていた室内の気が動き出す。
床板の立てる音は次第に遠ざかり、やがて耳慣れた扉の音を境に、絶えて聞こえなくなった。
無意識に、唇に手が行く。触れた自分の指先が、いやに冷たい。
綺麗だと思った。
夕陽に濃くなる黄瑪瑙の髪と肌。こちらを捉えた碧い瞳。優しく、そっと頬を包み込む、大きな手のひら。
そして、ゆっくりと近づく、熱い息遣い。
拒む隙はあった。あったけれど――
「拒む理由が……どこに……」
寝台を次第に染め上げていく橙色が、目に痛い。
顔に押し当てた布団は、さっきまで十分柔らかで温かかったはずなのに。
――謝らないで……欲しかった……
初めて触れた優しい温もりはもう、遠く離れて届かない。
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