第6話 衰退


討伐対象:レッドドラゴン

所在:ダンジョン - M-19 - 15階層

討伐難易度:S

挑戦パーティー:勇者パーティー

累計戦闘時間:2分9秒


「イレナ、早く回復を!」

「待って今それどころじゃ__」


 レッドドラゴンが地面を踏み付ける。ダンジョン全体が揺れ、その場にいた四人はいとも簡単に吹き飛ばされた。

 周囲は火の海。長居すればするほど、戦況は不利に陥る。


「クソ、腕の火傷が酷い。もう何だっていい。サラ、防御結界だ!」

「いや、自分を守るので精一杯だって! アンタが動けなくてどうすんのよ!」

前線じゃない癖に文句言ってんじゃねぇ! 俺が引き付けるからその内に、早く!」


 勇者パーティーは連携を失っていた。

 一人が攻撃を受け止め、一人が隙を作り出し、一人が有効打を仕掛け、回復と次の攻撃の準備を済ます。

 その内、隙を作り出す人間が欠落していた。また、その役目を担う人間__アイス・クインテッドは、想像し得なかった状況を目前に、ただ立ち尽くしていた。同時に、ライト・ライオットの実力に疑問を抱いていた。


「アイス、何ボサっと突っ立ってんだ! 早く援護しろ!」


 勇者アレンの呼び声に、アイスはやっと命の危機を感知した。アイスは今の今まで現実を受け止められず、この景色を客観視していた。レッドドラゴンは紙芝居だけに登場する空想上の生き物だと思い込み、勇者様も、自分とは何ら繋がりのない遠く離れた人物だと思い込んでいた。しかし、全ては現実にあった。


「はい、今すぐ! スイ・海依りて統べ、安寧を……安寧を……」


 そこから、言葉が出なかった。頭では分かっているのに、口が、この身体が動かない。

 圧倒的な恐怖__それはアイスにとって未経験の出来事だった。仲間が傷を負い、いつ死ぬかも分からない中、その剣を、その杖を、奴へ向ける。そんな恐怖が。そんな勇気が。


 レッドドラゴンが爪を振り翳した。勇者アレンはそれを力任せにいなし、硬い鱗に亀裂を付けた。レッドドラゴンは怯まず炎を吐き、前線を後退させた。


「勝ち筋が、見えない」


 勇者アレンはレッドドラゴンを睨みながら、そんな事を呟いていた。その言葉からは、絶望より、自身への幻滅の方が先立っているように感じられた。既に味方は満身創痍。対して、レッドドラゴンは傷を完治し、攻撃が効いている様子はなかった。


「転送石を割る。任務失敗だ」


 瞬間、ガラスの破裂する音と、青白い光に目の前が包まれ、目を開けば、そこはダンジョンの入り口だった。草原の向こうに見える夕焼けに、アイスは少し憂鬱になった。すると、勇者アレンがこちらを見て言った。


「テメェどういうつもりだ? 史上最年少の準一級魔導士、アイス・クインテッド。俺は腰抜けをパーティーに加えたつもりはないが」


 アイスには返す言葉が見つからなかった。自分が何もできなかったせいで、勇者パーティーとしてあるまじき行動をしたせいで。


「私らは新入りを多めに見るほど寛容じゃない。命懸けてんのよ。もし同じような真似したらあの外道と同じ道を辿って貰うから」


 アイスは血の気が引いた。自分が、ライト・ライオットと、同じ立場に……


「準一級の癖に、戦闘経験とかないワケ? それじゃあ二級のアタシらのが強くね? ただの出来損ないって感じ。期待外れだわ」


 それを聞いた時、アイスは悲愴よりも先に、勇者パーティーへの期待が途絶えた。思い描いていた勇者パーティーの姿ではなかった。これが冒険者の象徴? 冗談じゃない。アイスの心の中で感情が渦巻いた。

 私のせいなんだ。私が、もっと頑張れば……

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