第7話 謎だという衝動は蒙昧な戯言である
◇
「助けて、助けて……」
泣きながら無我夢中で森の外へ向かって走る。息切れなんて気にしている余裕すらない。
「ちょこまかと逃げてんじゃねぇよ! 大事な商品なんだからよぉ!」
銃弾が足の10cm隣、ギリギリ地面に打ち込まれ、銃声が森中に響く。だが、森はその音を決して外には出すまいと木々を揺らす。止めどない雑音に頭が真っ白になりそうだった。
「誰か、助け……あれ、今血の臭いが__」
途端に、全身に痛みが走る。血の臭いに気を取られ、転んでいたのだ。手を付いたせいでヒリヒリする。足には小石が刺さり、痛みからして出血していた。
直ぐそこに人が来てるのに足が動かない。立たないと連れてかれるのに……!
「ヘッ、転びやがった。まあ捕まえやすくなったからこっちにしちゃ好都合だ。観念しやがれ、ソライン家の末裔」
「助けて……誰か……」
私の足は、意思に反してすくんでしまっていた__
◇
昼飯を食べて元気を出し、それからやっとの思いでレルカの麓に辿り着いた。あたりを見渡すと、誰一人おらず、夕焼けだけが俺を睨み付けていた。日が沈む前にやってしまうか、と思い、俺は右腕を鏃で傷付けた。
魔物は人間の血に敏感だ。それを利用し、シルバーヘブンをおびき寄せる算段だ。
夕焼けに同化した血が腕を伝って肘から落ちる。左手に弓矢を携え、木々の隙間に潜む暗闇を睨め付けた。そうして待てば待つほど、気配が強まった。来ると予告するなんて行儀のいい魔物だ。瞬間、魔物は森の影から飛び出し、俺を囲った。どうやら集団行動を好むようだ。
「いいね、沢山いたほうが楽しい」
数は五。前にも見たシルバーヘブン。だが、以前のとは、明らかに強い気配がある。基本的に狼は集団行動をする生き物だ。一匹だけになると狩りの成功率が低い。結果本来の強さが失われる。つまり、今回の勝率は未確定だ。
「早めに片付けるか」
先手必勝、俺は一閃を使って即座に1匹の頭を吹き飛ばした。残った四匹は仲間の敵討ちをしようと狂ったのか、それとも早めにカタを付けなければと悟ったのか、一斉に襲い掛かる。
「凝堅は、こういう使い方もできる」
俺は持っていた矢の内数本を撒き散らし、それから一閃と凝固を発動させる。
勢いに乗った矢は
凝固。それは液体から個体へと冷やす事で体積を減らし、密度を上げる状態変化だ。個体はその物質が最も固い状態であるが、俺の場合は違う。
それが凝堅だ。体積を変えずに密度を高める。つまり、弓矢を構成する原子の質量を変える事ができる。
自然の理を変え、それが無条件に発動できるのなら、世間からは脅威だと言われるだろう。だが、適応できるのは、俺の弓矢だけ。しかも、俺の手から離れてしまうと十秒で効果が切れる条件も付いている。以上の理由から、利用するのは戦闘のみに限るのだ。
「さてと。倒したはいいが、どう持って帰ろうか……」
落ちた弓矢を拾いながらこの死骸の処理に頭を悩ませた。死骸を放置して騒ぎを起こす訳にも行かないし、どこかの冒険者にこれを持って帰って貰えればいいのだが。
まあ、どうせこんな所に人は来ないだろうし、一匹は今日の夕飯として皮を剥いで、後の四匹は腐ると嫌だから、森に先に埋めよう。
暗くて足元も見えないまま森を進む。シルバーヘブン一匹を何とか抱えて。血の所為でまた魔物をおびき寄せる、なんて事がないといいのだが。
その時、誰もいないと思っていた森に銃声が響いた。音からしてかなり近い。だが、辺りを見渡しても暗くて良く見えなかった。夕方とは言っても、森の中だと視界が悪い。
恐らく狩人がこの森にいるんだろう。こんな夕方まで、良く頑張ってるよ__
「か……た……て……」
今、誰かの声が聞こえた気がする。それに、この国の言葉に聞こえた。
「ちょこまかと逃げてんじゃねぇよ! 大事な商品なんだからよぉ!!!」
もう一度銃声が響いた。そして、その音はさっきよりも大きい。
「今の声は……もしや狩人? 近いな」
「誰か、助け__」
俺は耳を澄ませ、その声をはっきりと認識した。__助けを求めている。恐らく、すぐそこに狩人とその獲物である何か、この国の言葉を喋る魔物がいる。しかも、その魔物は「助けて」と言っており、狩人から逃げているようだった。
俺はどちらの味方をするべきなんだろうか。無視するべきか、それとも助けるべきか。
「ヘッ、転びやがった。まあ捕まえやすくなったからこっちにゃ好都合だ。観念しやがれ、ソライン家の末裔」
「助けて、誰か……」
その声を聞いた時、木陰に身を隠した。もうはっきりと言葉が分かる。後1mでも近付けば俺の存在に気付かれるだろう。シルバーヘブンの肉が食えないのが惜しいが、今はそれどころじゃないだろう。
それより、末裔って何の事だ? それに、ソライン家という言葉もどこかで聞いた覚えが__
「さあ、こっちに来やがれ、末裔!」
「嫌、助けて! 誰か!」
その時、俺は何かを決心して弓を構え、狙いを定めていた。
「こんな所にお母さんどころか人なんざ来ねぇってのになぁ! 全く、哀れだなぁ、ソライン家ってのは! 生まれてからずっとこんなオッサンに狙われて、捕まったら即奴隷だもんなぁ? 悲しいよな、悲しいよn」
これ以上、聞いていられなかった。矢は狩人の顔面を捉え、貫いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます