第5話 森へ向かって

 あっという間に一ヶ月が経ち、俺の傷は完治した。それに、メルテは俺の為に新しい服を買ってくれたり、健康の事に気を使って食事の献立を一から考えてくれたり、厚意で弓矢まで買ってくれて、俺は本当に感謝の気持ちで一杯だった。いつかこの恩は絶対に返す、そう心に決めた。


 そうして、メルテの家を発とうか、という時だった。


「ね、ねぇ、ライト様!」


 メルテが自分から話し掛けるのなんていつ振りだろう。俺へ贈り物をした時も何も言わずにただ渡してくれただけだったから、余計珍しく思えた。


「ん? どうしたメルテ。俺何か忘れ物してたか?」


 弓は持ったし、矢は追加で十本も増えた。今の手持ちは二十六本だ。そして、メルテが作ってくれた弁当もちゃんと提げた。他に何かあったか……?


「いや、そうじゃ、なくて……」

「どうしたんだ?」


 メルテの頬が赤くなっている。……最初に会って飲み物をくれた時もこんな表情をしていたか。何か言いたそうだが、恥ずかしいのだろうか。


「ライト様……いえ、ライト。あのさ!」

「え?」


 あれ? 何か、雰囲気があの人に似ているような……いや、気の所為か。あの人は森に帰ったんだし、この街に住んでいる筈もないか__

 今会っても、また優しく話してくれるだろうか。


「……やっぱり、何でもないよ」

「そ、そうか? ……でも、本当に今まで有難う。この弓は死んでも離さない。メルテにはこの一ヶ月間、本当に迷惑を掛けたし、大切な金も使わせた。だから、絶対にこの恩は返す。絶対だ」

「はい」


「じゃあな!」言って手を振る。後ろは振り返らない。


「……うん、さようなら」


 そうして短い間だったが、メルテの家を出た。何か未練があるような気がしたが、いつまでもメルテの世話になる訳にも行かないので、そこは割り切った__


 俺は思い切ってギルドに行く事にした。その理由は、アレンの言葉が真実なのか確かめる為だ。俺が本当に無能で使えないのなら追放されて文句はない筈だ。


 そうして中央街の噴水から正面にあるギルドに着いた。ここではアイツ等の思い出が嫌でも脳裏に浮かんだ。

 ギルドの中に入る。見た事のある内装。変わらない受付の人のいらっしゃませー、という感情の消えた声。そして中央に鎮座している依頼板。


 何か俺にぴったりな依頼はないかと依頼板を見た所で気付いた。会員証を持っていない。クソ、アジトに置いたままだったか……

 まあ、紛失したとして、再発行して貰うか。


 そうして魔力測定を行った。結果は魔力が少なすぎて「無し」と断定され、ランクはFになった。元々持っていた会員証と何も変わらない新しい会員証を受け取る。


 どうして登録をする上で魔力測定だけで全て決めてしまうのだろうか。これじゃあ弓兵がまるで雑魚みたいだ。まあ、それを確かめる為にここに来たのだが。

 さて、気を取り直して依頼の受注だが……

 依頼板とにらめっこする。難易度B以上の受注を拒否される事はルールにより知っている。が、それでも俺はB以上を選ぶ。


 ……あった。北の森付近に住む謎の魔物討伐、難易度Aの依頼だ。アレン達とはこんな依頼を良くこなした物だ。

 だが、これで死ぬようじゃ、俺はアイツ等に復讐なんてできやしない。


 受付に行ってもNOと言われるのは明白。そりゃあ俺がそれで死んでしまえばギルドが人殺しと言われんばかりに炎上するだろう。

 ……だったら受注しなければいいんじゃないか? そうすれば、誰にも止められる事なくそのまま向かい、その魔物を討伐できるし、勝手に戦って勝手に死ねばギルドに迷惑は掛かるまい。


 依頼によると、目的地はミルドと隣国『ジェルア』を隔てる山岳地帯付近の森のようだ。


 さて、目的は全て定まった訳だが、徒歩で中央街から森まで一日行けるか、という問題だ。理由は単純で、飯が今持っている弁当しかないからだ。

 山岳地帯、正式名称を造山帯レルカと言う。レルカまでは中央街からだと大体12km前後。ミルドから北側にジェルアは位置し、それを隔てるようにレルカは東西に伸びて存在する。

 中央街が北寄りだったから距離がそれなり短くて済んだが、南端から行ったら100kmは歩かされる事になったと思えば、まだ12kmは許せる範疇と言う事を頭に入れて置こう。

 さて、陽は俺を待たずしてどんどん沈む。そろそろ中央街から去らなければ。


 登録して依頼板を眺めた後、何もせずに去る様子を不思議そうに客人達は見ていた__



 北へ歩き始めてから十分。さっきまで人が行き交っていた中心街とは打って変わって住宅街が建ち並ぶ郊外は静まり返り、俺の歩く大通りに人気はなく、少し気味が悪かった。

 それから黙々と歩く事一時間。住宅街を抜け、地平線にはレルカとそれを囲うような森林だけが見える景色になり、舗装されたレンガは途切れ、雑草が脇に生える土の道へと変わった。


 まだ地平線に木の幹は見えない。後8km位歩けばきっと着くだろう。


「何とか、今日中には着きそうだ」


 水筒の麦茶を飲み、裾で汗を拭う。まだまだ残暑の厳しさは続きそうだ。

 メルテの家を出たのが大体二時半。だとしたら、現在の時刻は四時前だろう。まだ夕方には早い。


「そういや、最近アレンの話を聞かないが、今頃何してんだか」


 気に掛けたい訳じゃないが、気にならない訳じゃない。俺が休養している間に俺を追放したとして大々的に公表したのは新聞から知っている。勇者パーティーへの批判には閉口した。

 俺へのコメントは当たり前の様に罵詈雑言の嵐で、「いなくなって清々した」などと言われる始末。

 現勇者パーティーを世界の人々は支持し、忌み嫌われる者がいなくなってこそ勇者パーティー。これこそ完璧だ、として絶賛。


 俺からすればこんなのアレンの自己満ハーレムパーティーにしか映らんのだが。何だよ勇者一人と女性魔導士三人のパーティーって。羨ましくもない。俺はこんなパーティーを見ると反吐が出る。

 まあ、新しい魔術師とやらと楽しく今まで通り勇者パーティーでもやっているんだろうな。

 ……パーティーを連呼し過ぎて何か嫌になった。歩こう。 


「腹が減ったが、まだ行ける。もう1km、もう1kmだけ行こう……」

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