第42話 魔導士

 真っ黒な大地を駆け抜ける。崩壊した家の端々が飛散していて、なおかつ俺を背負っているというのに、フェノーは余裕そうな表情で駆け抜けている。

 火、水、風。様々な魔法が飛び交っていたが、どれもソライン家の魔法の前ではちっぽけに見えた。これでも一つの軍隊が総出で当たっており、それもミルドの軍が、だ。今こうして比べると、どれだけ魔法学がソライン家の頃より衰退したか目に見えた。


「俺のスキルは軸移動アクスべティー。使用する魔力は全体の10%、しかしそれに見合うだけの効果を持っている」



「休まず魔法で畳み掛けろ! 隙を与えるな! もし奴らを逃せば、ミルドの大きな失態となり、国内、国外での信用を失うのだ!」


「イエッサー!!」


 __僕はミルド魔法軍第二支部第一部隊の三級魔導士。今、とても大きな恐怖と戦っている。なんせ、あの勇者アレンが敗北を喫したという。どうして僕みたいな雑魚魔導士がそんな魔物と戦わなければならないのか、疑問で仕方なかったけど、上司の命令の前では全てが無に還る。世界で最も強いと謳われた人物が負けたのだから、それ未満の人が何をしたって勝てる訳ないのに。現に足止めすら敵わず、魔物達は支部の方へ一目散に向かっている。

 そもそも、女の魔物ですら手に負えず、家の長に攻撃が届いていない時点で、僕達に勝ち目がないのは分かっているはずだ。それで、「休まず魔法で畳み掛けろ!」だとか、「隙を与えるな!」とか、実力を理解できていない低脳じゃないか。無駄な犠牲を出さない為にも、ここは引くのが結果的にいいんだ……

 体力温存で魔法を放つ手を休めていたら、背中を叩かれた。誰かと思うと、隣で射撃を続けている同僚のハンだった。


「お前の気持ち、言われなくとも理解してるよ。だけどな、これはミルドの威信をかけてるんだ。簡単に諦めていいような戦いじゃないんだ」

「ハン……でも、僕らがここで頑張った所で、足止めできるかも分からないんだ。ほら、剣士だって十秒も持ってないじゃないか。勇者様が敵わない相手に、僕らがどう戦えって言うんだ」


 あのなぁ、とハンは呆れた様子だった。


「現に俺たちは何か貢献できた訳じゃない。でも、必死で戦ったという成績は残るだろう? 何もしないよりずっとマシさ」

「そんなの、上司が全て分取るだけさ。僕らのことなんて誰も見ちゃいないんだから

、僕一人がこうやって何もしなくたって変わらない」


 あのなぁ、とハンは手に負えない様子だった。


「それに、この集落の惨状を見ただろう? きっとあの魔物の仕業さ。想像してみろ、ハン。もし奴らの矛先が自分に向いたら? 怖くて震え上がるだろうさ」

「確かにそれは恐ろしいかもしれない。でも、それは攻撃を止める理由に見合ってないよ」

「もう、攻撃する理由もなくなったけどね」


 そこには、魔物の姿はなく、混乱した様子の兵士で溢れ返っていた。僕は最初から諦めていたので、それに特に驚くことはしなかった。


「向かった先は、多分関所か、支部の方だよね」

「じゃあ魔物はジェルアを目指しているのか? 何のために?」

「そんなの僕達が考えても無駄だよ。これきり、あの魔物と対峙することもないんだし、終わったことだ。気楽に行こうよ」


 君って奴は、とハンは肩の力を抜きながら笑った。


「そうだ! 今日は生き残った祝いでご馳走でも食べようよ! 美味しいステーキ屋知ってるんだ、僕」

「おい、それただステーキ食いたいだけじゃんかよ!」

「あ、バレた?」

「隠す気もないだろって」


 そうして雑談をしていたら、隊長に見つかってこっ酷く叱られましたとさ。

 その日の夕方、僕達は約束通りステーキ屋の前に集まった。僕自身初めて来る店なので、少しワクワクする。煉瓦造りの一般的な家屋を改造し、一階をお店にしたようだった。結構な人気店のようで、六時半に来たにも関わらず、二十分くらい待った。ベンチの座り心地は中の下だった。


「どうせならお母さんも呼べばよかったな。ここ何ヶ月か会ってないし」

「今度また誘えばいいだろ?」

「確かに、じゃあまたお祝い作らなきゃね」

「そういうもんでもないだろ……」


 店からウェイターが出て来た。そうして名前を呼び上げる。


「えー、二名でお待ちのリノ・オシネル、ハン・ニコラス様〜」

「はいは〜い!」

「危ないから走るなよ」

「分かってるって__わっ!!」

「言わんこっちゃないな……」


 ハンは溜め息を吐いていた。


「スカート捲れてる、早めに立て」

「ごめんね、店の前なのに」

「もう見飽きたよ、お前のドジは」


 その言葉に少し照れながらも、僕達は店の中に入って行った。

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