第37話 異物
◇
「待て、貴様!!」
神狩は恐れをなしたのか、そそくさと逃げてしまった。分身を解除したのか、魔力の波長は一切感じられなかった。
母さんは刀を異空間に仕舞い、一息ついた。
「とりあえず、目前の敵は凌げたようね」
「凌げたというより、追い払った具合に近いけどな。しかし、あの量の分身を出現させ、それに加えてA+の魔物となると、集落の方は壊滅状態で間違いないだろうな」
言って南西の方を見ると、がうっすら煙が上がっているのが見えた。集落の塀は高い。ブレイズキャニオンを倒せば鎮火もされるから、これ以上被害が広まる事はないだろう。
周囲は燃えて黒くなった樹木だらけだ。葉がなくなり、空が良く見える。これから数週間は土壌が荒れたままだろう。
今回起きた事件は、俺達に全く関係ないのだろうか? 使徒や対立が関係しているなら、これは元々仕掛けられた物だった可能性が高い。神狩がこの地域に出現しているという事態がまず疑問だった。使徒の命令で俺達を止めるよう動いているのなら、辻褄は合うだろう。建前は村の破壊で、本心は俺達への接触か。
しかし、ここまで早くに情報が割れるのか? 中心街や他諸国でのソライン家の情勢はどうなっている?
出発した時に追い払った狩人が広めた張本人か。勇者に似た覇気を感じて、もしやと思ったが、やはりそうだったか。あれが勇者なら、すぐに国中に噂が広がり、他の使徒の耳にも入るだろう。それに加え、知の使徒から情報を引き出したに違いない。最悪、源人の七人と朱軍が総動員している可能性がある。
朱軍とは、蒼軍と対立する使徒の組織だ。簡単に言えば、朱軍は神を信仰し、秩序を崇めている堅物の集まりだ。対して蒼軍は実力至上主義の集まりだ。ソライン家は使徒の能力は持っていないが、蒼軍に属しているとされている。
これは昔の話だが、蒼軍である
待った、俺は確か集落の入口から100mほど離れた辺りに荷物を下ろした。ブレイズキャニオンの熱で燃えていないかが心配だ。ライトとは入口付近で戦闘していたようだし、万が一の可能性を否定できない。
「母さん」
「ええ、心配ね。行くついでにライトに顔を合わせましょう」
◇
「スキルの発動は大抵の場合、声を発さなければ発動させることができない。どうやら、神狩はその範疇にいるようだ」
神狩は呻き声とも、咳ともつかないような声で何かを伝えようと必死に目線をこちらに向けている。
「もう喉が潰れて使いものにならない、早く殺してくれ、か。朱軍の命令とは言っても、喉を刺されては死を選ぶようだな。次の世界では、お前が真っ当に生きる事を望もう」
読を使うか迷ったが、それは、最後くらいは意図を汲んでやろうという俺なりの慈悲だった。
「
詠唱を終えると、神狩は静かに灰になった。死を使える条件は、その者が人生を諦めた時だ。
「神狩の中でもお前はまだ人間らしく散れたと、俺は思う」
塀を降り、ゆっくりとライトのいる場所へ歩き出した。背後の光で作られた影とそれを縁取る朱が、これまでの残酷さを物語っていた。
__本当に神狩の目的は村を破壊することだったのか? そろそろ終わりを告げるこの事態が、これから起こる大事件の予兆のような気がしてならなかった。
鳥の鳴き声は全く聞こえて来ない。風はやけに涼しく、それに、今にも雨が降りそうなこの曇天は、自分の期待を裏切るように雨を一つも降らさない。
それからライトに会うまで、本当に変な気分だった。倒すべき敵も倒したというのに、妙に落ち着かず、無意識に早歩きで向かっていた。まだ集落は燃え上がっている。
……そうだ。ここに住んでいた村人は全員死んだのだった。しかし、俺が人間の味方をしないと言っても、あまりにも喪失感がなかった。それも、元から集落がそこになかったような、逆にこの集落が異物であったような気がしてならなかった。
何かがおかしい。今この世界は、俺達の手ではないが、確実にソライン家が中心となって破壊されつつある事は、鮮明に理解できた。
局所的だった不穏が、少しずつだが、世界に侵食していた。その始まりはソライン家が産まれた時より、ずっと前からあったような気がした。
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