第36話 世界終焉生物〈二〉


 ブレイズキャニオンは集落の方に去って行った。集落は壊滅状態。ここは無理して追う必要はなさそうかしら? いや、今お父さんが本体を探している。それの邪魔だけはさせてはならない。あの相手は私がするべきだ。


 集落の塀に沿ってブレイズキャニオンを追う。魔力の動きから、ブレイズキャニオンは北西に向かっているようだった。集落の北西は唯一地盤が不安定で地形が歪んでいる。私の戦場には持って来いだ。

 奴の動きが止まった。回復が済み、いつでも戦える合図だろう。逃げた分際で、驕るとはいい度胸ね。



 塀を飛び越え、私は集落の北西へ辿り着いた。さっきまではまだ火の手が回っていないようだったが、今ブレイズキャニオンが到達した事で、簡単に燃え広がってしまった。周囲の家屋からは黒い煙が吐き出され、火の粉が舞っている。空もさっきまで太陽が燦々と照りつけていたのに、今では雲が空を覆い、集落は閉ざされたように暗がりで満ちていた。しかし、周囲の家屋が太陽の代わりのように煌々と燃え上がっていた。


「A+と一対一をするのはこれが初めてね。でも、依然として負ける気はしないわ。むしろ、早く戦いたくてウズウズする」


 その間に『包』で手の甲にテーピングをしておく。私の武器はこの拳。壊す訳にはいかないのだ。タキシードは運動用ではないのだけれど、妙に走りやすかったし、それどころか、ボロボロ服を着ていた時より動きやすいような気がした。素材の多様さを再確認した。


「ルアータ・ゴイ」


 ブレイズキャニオンは二体になった。増殖する制限のない神狩の下位互換ではあるが、A+という脅威なだけあって、その数が一増えただけでも攻略難易度が変化する。


「ファーブレンノン・ガン」


 地面が発火した。不意を突かれ、タキシードが燃え出した__というのは冗談だ。


「この程度じゃ熱さは感じないわね。まあ、自然発火だし」


 ブレイズキャニオンは私の様子に衝撃を受けていた。……それは当たり前の反応だ。


「ヨシツク・ウェレ」


 これはどうだ、と言わんばかりにスキルを使っているブレイズキャニオンを見ると、少しだけ哀れに見えた。

 放つ衝撃波は私の腹部を通り過ぎて向こうの家を破壊するだけで、私自身には何一つ届いていやしない。


「そろそろいいかしら? 反撃される準備」


 ブレイズキャニオン達は一歩引いた。自分達の攻撃が何一つ通用しない、そう思わせる様子だった。


「私の名前はミラ・ソライン。スキルを炎身フレイム・カーパーと呼ぶわ。またの名を世界終焉生物『MILA』よ」



「ライト、ライト!!」その呼び声と共に目が覚めた。ミカが俺の顔を上から覗き込んでいる。どうやら膝枕されているようだった。

 あれからどれだけ経った? まだ同じ空が見えた。数分しか経っていないか。傷は癒えている。ミカの治癒のお陰だろう。一つ、借りを作ってしまった。そろそろ、ミラの手助けに行かねば__


「ライト、今治癒が終わったところだから、まだ立ったら駄目だよ……」


 俺は思い留まり、立ち上がりかけた所をもう一度ミカの膝に頭を置いた。さっきまで凍っていた氷が溶け、土が少し水っぽかった。ローブが汚れるのではないかと心配になったが、既に焼失している今言えた事ではなかった。

 俺は風船のように頬を膨らませるミカの方を見た。目が少し赤い。そこから大体の事は察せた。


「分かった、もう無茶はしない」

「全く、ブレイズキャニオンとの戦闘でどれだけ傷付いたか自分で理解してるの?」

「ああ、その時はアドレナリンで痛みは全く……」

「肋が二本と右膝にヒビ、左肩脱臼と、頭蓋骨から出血。後は全身の捻挫と打撲多数」

「満身創痍だな」

「他人事じゃないの!! もうちょっと自分の身体を労ってよ」

「分かっている、そんな事」


 俺だって好きで傷付いている訳じゃない。死闘の末、ここまで身体をボロボロにした。勿論それはミカも承知の上だろうが、やはり心配というものは、いつも優先されるのだろう。

 それから、ミカには戦いが一段落つくまでここを動いてはならないと告げられた。皆が心配だと愚痴を溢すと、「A+くらいに負けるソライン家じゃないよ。絶対に帰って来る」と俺を諭した。


 俺達は今何もできない。フェルノ達は必死で戦っているというのに、俺は呑気にミカとその時まで時間を潰している。少し離れた所では火の手が余す所なく上がり、人類を超越した戦闘が今も尚されている。そうと思うと、諭されていようが、落ち着いてなどいられなかった。だが、ここを離れる事はミカが許してくれない。このやり切れない感情を早く捨てたかった。


 今はただ、フェルノ達の武運を祈ることが精々の協力だった。

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