第38話 計画


 ブレイズキャニオンがいくら攻撃しようとも、私にダメージは入らない。打撃も、魔法もすり抜けてしまうこの身体は、空気の気温が二十五度を下回るとただの生身の肉体へと変化する。炎身は夏場にしか使い所はなかった。


ゲキ・力の天賦を超越し、逆らえ」


 今、私の力は生命に対してのみ、逆転している。弱い力がより大きい影響を与え、大きい力がより小さい影響を与える。私が軽く触れるだけでもブレイズキャニオンはいとも簡単に吹っ飛んだ。しかし、流石A+なだけあり、それは軽症で済まされる。


「つまらないわね。これ以上時間を取られても無駄だし、早めに戻らないといけないし」


 歩いて近付く。ブレイズキャニオンは恐れる様子もなく向かって来た。もちろん向こうの攻撃は何も通用しない。これは、こちらの一方的な殺害に他ならなかった。

 足を払った。下半身が飛ぶ。続いて頭部を蹴れば、胴と腕のみがそこに残った。


 ブレイズキャニオンは灰となって消え、それに並行して背後の炎も消えて行った。A+の素材となれば、価値の高いものになるが、生憎分身はこの世に残らないらしい。


「お父さんやお兄ちゃんは上手くやれてるかしら」そう思って踵を返した。


 集落は荒れ果てた姿で沈黙していた。ついさっきまでここで人が会話し、笑い合っていたと思うと、集落の人々へ抱く同情の念もあっていい。だけれど、私の心はこの凄惨な景色をどれだけじっと見つめようとも揺らがなかった。ましてや、これが世界の条理だと、嫌に冷酷だった。

 ジェルアから受けた非人道的な実験の数々に抱いた憎悪の念や、今まで世界中から受けた迫害の時に抱いた憎悪の念とは別に、私がそう思った理由があるような気がした。それは、もっと別の、私達の見ていない世界で起こっている気がした。

 人間はライトを除き、好きな種族ではない。私達を迫害したのは、皆人間だった。箔弧は最初、私達を受け入れようとしていた。しかし、私達の力がいつ暴走するか分からないその危険性に気付いた時、箔弧はそれ以降拒絶した。強すぎるがあまり、箔弧はしていた。

 ……そうだ。今まで会ってきたほとんどの人類、魔物は私達に畏怖していた。まるで、魔王を見るように。彼らは私達を神だの、魔物だの、厄災だの、好きなように呼んでは拒絶した。その時は、全人類と魔物が手を取り合って私達を打ち滅ぼそうとしているのではないかと誤解していた。しかし、それだけ皆が皆、私達の存在を否定していたのだった。



「なあ、母さん」

「どうかしたのかしら」


 俺はさっきの考えをまとめつつ、母さんに考えを伝える。


「この事件、絶対何かがおかしいんだ」

「何か、って」

「あまりにも不自然だとは思わなかったか? こんなミルドの辺境に、神狩なぞという最低Sランクの魔物が現れた。それに加え、最初俺が神狩と対峙した場所、あそこは塀の外側だった。なぜ神狩はあの場所にいた?」

「集落の人には村長として紛れていたんでしょう? それなら逃げるよう誘導された、という可能性があるんじゃないかしら」

「どうせ殺すなら、逃げなくてもいいと思うんだ」

「まあ、確かにそうね。それが、おかしいと思った点?」


 地面に落ちていた黒ずんだ枝をわざと踏みつけた。パキ、と言って簡単に割れる。拾って中を見たら、案外白かった。それを確認して後ろに投げ捨てた。


「違う、神狩がその行動をした動機だ。それがおかしい」

「さっきの話からだと、神狩は自分で塀の外に出たのよね。じゃあ、なぜ?」

「俺は、ソライン家が本当の目的だったと考えている」


 母さんは驚いた顔をしている。その後に言うであろう言葉は容易く想像できた。


「神狩は、数十年前から村長として今日を待ち侘びていた、と。でも、私達の居場所はこれまで一度たりともバレなかったはずよ」

「母さん、もっと思考を凝らすんだ。もしも、神狩が朱軍で、朱軍の使徒の能力を利用して俺達を迎え撃とうとしたという、仕組まれた計画だったら? それも、この短期間で」

「神狩の言葉が絶対に事実だという根拠はない。ならその可能性も否定できないわね……」

「もちろん母さんが言ったように、最初から神狩が使徒に命令され、あの場所で待機した。村長というのはでっち上げで、俺達を殺すついでにブレイズキャニオンを放った可能性もある。だが、俺はこう考えた」


『歴史を改変し、元々集落があったように見せかけたのではないか。勇者崇拝の集落を作ることで厄介なライトと分離し、神狩の力で俺達を分散し、殺そうと図ったのではないか、と』

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