第33話 実力


 周囲には、せるような陽炎が立ち込めている。ブレイズキャニオンが放つその炎は時間が経つに連れて温度を増し、地獄かと錯覚させるほどだった。ローブがそれに拍車をかけている。

 羽根を握る右手から汗が滴って地面に落ちる。標的を撃ち抜くために見開いた目には、熱風が吹き込んで痛む。だが、決して瞬きをしなかった。


「一閃・凝堅」


 ブレイズキャニオンの頭部が貫通した。すかさず速射で追い討ちをかける。


「ルアータ・ゴイ」


 瞬間、ブレイズキャニオンは二体になる。傷を負った方は頭部は回復しているが、時間がかかっていた。隙を与えたらすぐに殺される。出し惜しみは不要だ。


「一閃・テイ


 二体目の頭部も貫通する。しかし、倒れる気配はなかった。両方の頭部を同時に破壊する必要があるようだ。

 人間、魔物関係なくスキルは均等に三つ与えられる。ブレイズキャニオンもまた、スキルを三つ持っている。


「ファーブレンノン・ガン」


 すると、突如地面が発火した。瞬く間にローブに燃え移る。それに加え脚が炙られ、耐えがたい痛みが走った。


「水・海依りて求め、秩序の心得を課せ。ウェリス」


 応急処置の水魔法でローブを鎮火する。しかし、地面の火が消える様子はなかった。燃える炎がまた熱くなった。長時間の戦闘は一層不利になる。早めに決着をつけなければ。


「一閃・速射!」


 一体には命中するが、片方には避けられた。俺より二回りは大きいのに、素早い。

 すると、ブレイズキャニオンが一瞬で目の前に移動した。呆気に取られた俺には抵抗する術もなかった。


「ヨシツク・ウェレ」


 全身に衝撃が走った。飛ばされた、という感覚だけがあって、衝撃で目の前が真っ黒になった。意識は白々としていて、考える余裕はなかった。

 焼けた地面に転がって止まった。何とか弓だけは握りしめていた。そして、気付くと俺は立ち上がって弓矢を構えていた。自分でもなぜ立てたのかは分からない。ただ、目の前の敵を殺すために立っていた。

 さっきの一撃で、身体の感覚はほとんどなくなっていた。炎の痛み、熱の息苦しさすらなかった。


 二体のブレイズキャニオンは今の間にどちらも全治していた。もう一度衝撃波を受けたら、立てる保証はない。絶対にその時だけはタイミングを間違えてはならない。


「凝堅・速射」


 両方の脚を崩す。ブレイズキャニオンは地面に伏し、腕で身体を起こすが、その時には弓を引いていた。


「一閃・!!」


 それで撃ち抜いていたはずだった。しかし、ブレイズキャニオンの姿は忽然として消えていた。そう、地面に衝撃波を放ち、一瞬にして移動していたのだった。

 上位のスキルを何度も使った身体は疲弊し、それからは言うことを聞かなくなった。その場に倒れ、されるがままに焼かれる。


 熱い__


 その時だった。


ヒョウ・遥の海依りて統べ、繁栄の印を示せ。エスト!!」


 頬が妙に冷えた。俺は傷付いた身体をなんとか仰向けにする。フローリングに横たわった時のような気分だ。しかし、ここは地上。それに、さっきまで炎が燃え上がっていた。陽炎も消え、今は濁った空気が幾分か透き通って見えた。木の燃えるパチパチとした音も聞こえない。雲一つない晴天の下、俺には状況整理ができていなかった。


「ライト、大丈夫!?」

「ライト、しっかりして」


 ミカとミラの声だった。源人には襲われていなかったか。だが、なぜこの二人だけ? フェルノ達はどうしたんだろうか。

 質問は山積みだったが、身体は動かないし、口も脳の命令を拒否するように動かない。俺は唯一動く目でミカとミラを見ることしかできなかった。


「酷い怪我……いろんな所から出血してる。え、頭からも!? それに、肋と右足が折れてる。足の火傷も酷い。……今すぐ回復魔法が必要だわ。ミカ! あなたはライトの治療をして。私は逃げた敵を追うわ!」

「う、うん。任せて!!」


 ミラが走って行った。ここに残されたのはミカと俺、二人だけだった。骨折、と言われて、その痛みが今になってやってきた。声にならなかった。それに、骨折している箇所以外にも全身強打をしていたため、その痛みは俺の経験して来たどの痛みよりも辛く、苦しかった。

 しかし、ミカに何も言わない訳には行かない。


「ミ、ミカ……来てくれたのか__ガハッ、ゲホッ。っああ……」


 ぐったりして、気力がみるみる減って行く。


「ライト、喋らないで!! 今治すから。これ以上話すと死んじゃうから……」


 ミカは涙目だった。よほど心配なのだろう。それもそうだ。実際、相手はA+ランクのブレイズキャニオンだった。一人だけでここまで戦い、死ななかった。それだけでも奇跡と言えるような状況だった。


「ブレイズキャニオンは今ミラが向かってくれてる。時期にお兄ちゃんも来るから。今は死なないで__」


 それきり、俺の瞼は閉じられ、何を言われたかも覚えていなかった。最後に覚えていたのは、必死で助けようとするミカの、泣きそうになりながらも堪えていたあの表情だけだった。

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