第33話 実力
◇
周囲には、
羽根を握る右手から汗が滴って地面に落ちる。標的を撃ち抜くために見開いた目には、熱風が吹き込んで痛む。だが、決して瞬きをしなかった。
「一閃・凝堅」
ブレイズキャニオンの頭部が貫通した。すかさず速射で追い討ちをかける。
「ルアータ・ゴイ」
瞬間、ブレイズキャニオンは二体になる。傷を負った方は頭部は回復しているが、時間がかかっていた。隙を与えたらすぐに殺される。出し惜しみは不要だ。
「一閃・
二体目の頭部も貫通する。しかし、倒れる気配はなかった。両方の頭部を同時に破壊する必要があるようだ。
人間、魔物関係なくスキルは均等に三つ与えられる。ブレイズキャニオンもまた、スキルを三つ持っている。
「ファーブレンノン・ガン」
すると、突如地面が発火した。瞬く間にローブに燃え移る。それに加え脚が炙られ、耐えがたい痛みが走った。
「水・海依りて求め、秩序の心得を課せ。ウェリス」
応急処置の水魔法でローブを鎮火する。しかし、地面の火が消える様子はなかった。燃える炎がまた熱くなった。長時間の戦闘は一層不利になる。早めに決着をつけなければ。
「一閃・速射!」
一体には命中するが、片方には避けられた。俺より二回りは大きいのに、素早い。
すると、ブレイズキャニオンが一瞬で目の前に移動した。呆気に取られた俺には抵抗する術もなかった。
「ヨシツク・ウェレ」
全身に衝撃が走った。飛ばされた、という感覚だけがあって、衝撃で目の前が真っ黒になった。意識は白々としていて、考える余裕はなかった。
焼けた地面に転がって止まった。何とか弓だけは握りしめていた。そして、気付くと俺は立ち上がって弓矢を構えていた。自分でもなぜ立てたのかは分からない。ただ、目の前の敵を殺すために立っていた。
さっきの一撃で、身体の感覚はほとんどなくなっていた。炎の痛み、熱の息苦しさすらなかった。
二体のブレイズキャニオンは今の間にどちらも全治していた。もう一度衝撃波を受けたら、立てる保証はない。絶対にその時だけはタイミングを間違えてはならない。
「凝堅・速射」
両方の脚を崩す。ブレイズキャニオンは地面に伏し、腕で身体を起こすが、その時には弓を引いていた。
「一閃・
それで撃ち抜いていたはずだった。しかし、ブレイズキャニオンの姿は忽然として消えていた。そう、地面に衝撃波を放ち、一瞬にして移動していたのだった。
上位のスキルを何度も使った身体は疲弊し、それからは言うことを聞かなくなった。その場に倒れ、されるがままに焼かれる。
熱い__
その時だった。
「
頬が妙に冷えた。俺は傷付いた身体をなんとか仰向けにする。フローリングに横たわった時のような気分だ。しかし、ここは地上。それに、さっきまで炎が燃え上がっていた。陽炎も消え、今は濁った空気が幾分か透き通って見えた。木の燃えるパチパチとした音も聞こえない。雲一つない晴天の下、俺には状況整理ができていなかった。
「ライト、大丈夫!?」
「ライト、しっかりして」
ミカとミラの声だった。源人には襲われていなかったか。だが、なぜこの二人だけ? フェルノ達はどうしたんだろうか。
質問は山積みだったが、身体は動かないし、口も脳の命令を拒否するように動かない。俺は唯一動く目でミカとミラを見ることしかできなかった。
「酷い怪我……いろんな所から出血してる。え、頭からも!? それに、肋と右足が折れてる。足の火傷も酷い。……今すぐ回復魔法が必要だわ。ミカ! あなたはライトの治療をして。私は逃げた敵を追うわ!」
「う、うん。任せて!!」
ミラが走って行った。ここに残されたのはミカと俺、二人だけだった。骨折、と言われて、その痛みが今になってやってきた。声にならなかった。それに、骨折している箇所以外にも全身強打をしていたため、その痛みは俺の経験して来たどの痛みよりも辛く、苦しかった。
しかし、ミカに何も言わない訳には行かない。
「ミ、ミカ……来てくれたのか__ガハッ、ゲホッ。っああ……」
ぐったりして、気力がみるみる減って行く。
「ライト、喋らないで!! 今治すから。これ以上話すと死んじゃうから……」
ミカは涙目だった。よほど心配なのだろう。それもそうだ。実際、相手はA+ランクのブレイズキャニオンだった。一人だけでここまで戦い、死ななかった。それだけでも奇跡と言えるような状況だった。
「ブレイズキャニオンは今ミラが向かってくれてる。時期にお兄ちゃんも来るから。今は死なないで__」
それきり、俺の瞼は閉じられ、何を言われたかも覚えていなかった。最後に覚えていたのは、必死で助けようとするミカの、泣きそうになりながらも堪えていたあの表情だけだった。
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