第32話 神狩


 フェルノ一行はライトと別れた後、行くあてもなくただ森の中を歩いていた。森と言っても、人の歩いた形跡のある道を、道なりに歩いているだけだった。


「こうやって昔も皆で歩いたよな。時に苦しかったが、懐かしい記憶だ」


 昔と話す内容は変わってねぇ。いつも他愛のない話ばかりだった。だが、今は気が軽い。ボロボロの中歩いた時と、この、絆の証である服を身につけている時では、まるで別人みたいに心情が違った。


「逃げ出した頃は魔法の正しい扱い方が分からなくて、森の大半がなくなる、なんて事件もあったわよね」ミラだった。


「そんな事もあったな。もう何年前だ?」

「長く生きると、何年とか、どうでも良くなるよ」ミラが言って笑う。これには俺も同意した。


 木々の間から村の塀が見えた。鉄と木を交えた強固な塀は、見上げるほど高く聳えている。今頃ライトはこの内側にいるのだろうか。昔、最後に集落を訪れた時は、塀は低く、民家は平屋で簡素だった。今では何階建てにもできて、かつ様々な材料で作られるらしい。人間は、身体的ではなく、能力的に膨大な進化をする。その速度は目まぐるしいほどだ。


「俺は、たまに考え事をするんだ。もし俺達が普通の人間だったなら、と」

「お兄ちゃんらしくないわね。人間に憧憬の念を抱くなんて」

「今だから言えるが、本当は人間が羨ましいと思っていた。人間だからという理由で充実した生活を許されるし、こんな迫害を受ける未来もなかったはずだ」


 魔物に生まれたばかりに、実験として生まれさせられたばかりに、俺達は辛い過去を背負った。俺達がこうなった確固たる理由はあるのか? それとも世界が見放したのか? 全ての始まりはジェルアの科学者だというのに。

 人間でなくとも、普通の魔物で良かった。人間と関わらず、一生平穏に暮らすだけでもずっと羨ましく見えた。人間にも、魔物にも属さない。中途半端にこの世に生み落とされた結果がこれなら、世界はあまりにも小さい。人間と同じように意思を持ち、考えを伝えられる生物が、なぜ迫害されなければならないのか。俺がそれを理解するのは、何百年経とうと不可能だと思った。


 しかし、生きるという選択をした事で、今まさに転機が訪れている。迫害を止めるために動き出しているのだ。世間に一矢報い、最後に爪痕を残すつもりでいる。

 この復讐が成功するかは問題ではない。俺達の気が晴れるまで暴れる、今までの怒りを全てぶつけるのみだ。


「フェルノ、思い詰めるところ済まないが、気を引き締めてくれ」親父に言われて我に返った。


 どこかでかなり強力な魔物が出現している。ライトの方に向かっているようだ。ランクは。Aか、それ以上ありそうだ。しかし、なぜこんな一般的な森にそんな魔物が?


「これは異常事態だ。臨戦態勢で行くぞ。ミカとミラ、親父は周囲の警戒、母さんは敵の詳しい位置を頼む」


 俺は魔物を呼び出した主犯格を探す。突発的で、強力な魔物が出現した時は、召喚師を疑うべきだ。それほど珍しい職業ではないし、Aほどの魔物であるなら修行次第で誰でも召喚できるという。俺は弱い魔力に集中して『』を使う。

 『魔』とは、魔力を感知する魔法。これを使わずとも常に魔力を感知できるが、魔はさらに洗練された技術だ。


 それはすぐに見つかった。十一時の方向に一体、魔物のような魔力がある。魔物と断定できないのは、魔力の波長が不可解だからだ。魔物であるなら緑か紫の波長が出るが、今回は黄色だ。俺達と同じ、黄色。何者だ? まさか、レアノか……?

 俺は何も考えず走り出していた。親父の呼ぶ声がしたが、聞こえないフリをして足を動かす。誰だ、誰なんだ、そこにいるのは。



 空中に飛び上がった。俺の感知した場所に人影が見えた。そこに目掛けて着地する。


「貴様! 何者だ!」

「うん……?」


 そこには、俺が想像していた人物とは全く違った姿があった。


「最近の若者は気性が荒いのう、儂に何か用かの?」

「爺さん、だと……?」


 この老耄おいぼれが魔力の正体なのか? いや、見かけで判断してはならない。隙を突かれて攻撃される可能性がある。


「お前、魔物だろう。人間に化けているつもりだろうが、隠せていないようだな」

「ほう、話し合いの時間は要らぬようだな。貴様も人の姿を借りた化け物のように見えるがの?」

「俺は元よりこの姿だ。深くは訊くな。どうせ、すぐに死ぬだろうからな」

「やはり、最近の魔物は気性が荒いのう」


 老耄は一瞬にして姿を変えた。人型ではあるが、俺達とはまた別の魔物だった。


神狩カガリ、それがお前の名だろう」

「良くご存知ですねぇ。私の知名度も落ちたと思っていましたが、やはりまだまだ行けそうですねぇ」神狩は悪魔のように笑う。


 神狩は全身が灰色で、顔のパーツもなく、マネキンのような見た目をしている。人に化け、自分の快楽のために生きる魔物。近年では数を減らしていると聞いたが、そうでもないようだ。


「お互い長寿な魔物のようなので、ここは見逃していただけると幸いなんですけどねぇ。こちらも村を壊滅させる所なんですよぉ!! その楽しみのために村長として数十年を捧げましたからねぇ」

「はは、そりゃあ面白い。だが、俺も引くに引けねぇんだよ。ライトに危害を加えたらただじゃ許さねぇ。危害を加える前から許す気なんてさらさらないけどな」

「魔物が人間と手を取り合うとは! これは傑作ですねぇ。いかにもぶち壊してやりたい雰囲気じゃないですかぁ」


 冷たい風が吹いた。緊張感が漂っている。木々は野次馬のように騒めき、鳥は鳴くのを止めて静まり返っている。


「俺の目の前で良く言えたもんだな。いいだろう。今すぐに楽にしてやる」

「それはどっちのセリフですかね!!」


「こっちのセリフだ。母さん!!」


 物陰から飛び出したのは、刀を構えた、リノアだった。


「一抜・死極」

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