第31話 集落

 集落に着いた頃には、昼間も近くなっていた。


 あれから休憩を取った。朝食を用意するためにフェルノはまた森へ行き、今度は栄養価の高い蜂蜜を取って来てくれた。それを、乾燥させた葉から作った「コーチ」という飲み物と混ぜて渡してくれたのだ。一口飲んだところで疲れが一気に吹っ飛んだ。

 それにしても、フェルノは博識だ。多くの食材を知っているし、料理の腕も上がる。俺のような疲れた容体の人への対処も完璧なのだ。本当に凄いと心から思った。それをフェルノに伝えると「うるせぇ」の一言だった。不器用だな、と思いつつ、また仲を深められたと思えた瞬間だった。


 俺が元気になった所で、一旦ソライン家とは別れた。集落には俺一人しか行かないため、その間ソライン家には周囲の警戒と探索を行って貰う運びとなった。

 門の前に立つ。小さい集落ながらも、門は木と鉄で頑丈に組まれており、塀は見上げるほど高く、村の内部は何も見えなかった。俺は門番であろう甲冑を着た男に話しかけた。


「村に入る許可が欲しい」

「身分証は? 怪しい者ならば通さん」

「これでいいか」


 悩みつつもギルドの会員証を渡した。門前払いされるのは論外だ。


「名は、ライト・ライオット。……ん?」


 門番は眉間に皺を寄せる。


「何か不満でも」

「本当にライト・ライオットか?」

「そうだと言ったらどうする」


 面倒事にならなければいいのだが、それは無理な話だろう。


「勇者パーティーの穢れが容易く村に入れると思うなよ」門番は持っていた槍を構えた。矛先が俺の喉元を向く。

「俺が何をしたと言うんだ」

「貴様は勇者パーティーでありながらも、何の成果も上げず、勇者様の威光に縋っていただけの無能だろう。取り分は貰うだけ貰って、その奉公もなし。勇者パーティーの恥でしかない」


 矛先が首に近付いた。刃は鋭く、当たってしまえば直ちに喉が掻っ切れる。慎重に行動するべきだ。


「俺は援護担当、前線に出る身分ではないはずだ」

「自分が邪魔だった事に気付いてないのか? 惨めだな」


 門番は嫌らしい笑みを浮かべる。


「俺を入れる気はないみたいだな」

「大人しくここを去るといい」


 ……ここで交渉するよりも、先を急いだ方が得だろう。この集落に固執する必要もない。


「村には入らない。俺はもう行く」


 言って踵を返した時だった。門の開く音がし、続いて男の声が耳に入った。


「敵襲! 敵襲! 二時の方角からブレイズキャニオンです!!」

「何だと!? 状況はどうなっている」

「次々に人々が殺されています。今すぐに討伐しなければこの村が危ういです」


 彼らが慌てている様子なのは当たり前の反応だ。俺も内心驚いていた。

 ブレイズキャニオンとは、すなわちA+ランク。ダンジョンの下層部や魔境の奥でしか確認されない危険な魔物である。それが人里にいるという事態は、あまりにも異常だった。

 番人は俺を一瞥したが、すぐに首を振った。どうやら俺が行く理由はないようだ。一度は止めた足だが、次はない。俺はそそくさと歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


「……」


「元勇者パーティーの癖に困っている人を助けないのか!!」


 足が止まった。俺の意思ではない。本能的に足が止まったのだ。


「お前らはそうやって都合の悪い時だけ掌を返すんだろ。人を弄ぶのも大概にしろよ」

「村がピンチなんだ、さっきのは聞かなかった、そう、それでいいだろう???」


 番人は明らかに焦っていた。態度を変えたって、今更遅い。


「最初に俺を否定し、拒絶したのはお前の方だ。これが報いであり、人の信頼関係だ」


 それから、俺は一度も振り返らずに元来た道を戻った。後悔はない。罪悪感もない。大袈裟な話、自分の親を殺した奴が死にそうになった時、見殺しにして後悔はあるだろうか。人とはそういうものだ。向こうがこちらにとっての悪となれば、その死や悲劇は喜劇に映る。ただし、その喜劇はあくまでも当人だけが得られるものという事実を忘れてはならない。


 火の粉が頬を通り過ぎた。既に村は全焼、全壊しているのだろう。遊び相手がいなくなれば、新しい玩具を探すのは決まっている事だ。


「その様子だと退屈凌ぎにもなっていないみたいだな。ブレイズキャニオン」

「マオハエイタツクノシニギルナカノ¿」


 体の表面から煌々と炎が燃え盛っている。その表面にはいくつも亀裂があり、その谷からはマグマのようなものが噴き出ている。一つ目で拳ほどの大きな瞳は血が走っており、さらには忙しく動いている。腕は二本だったのが何度も枝分かれし、複雑な形状をしていた。色は静脈血よりも黒く、その周りには濁ったような陽炎が立ち込めている。


「今までに経験しなかったようなものになるだろう」

「ウソ、カウソ…カ!…」


 炎が燃え上がった。火は容赦なく周囲の木に燃え移り、黒い煙を遠慮なく吐き出している。どこか気温が高くなった気がして、汗が頬を伝って地面に落ちた。それはただの緊張からだったかもしれない。しかし、感情が昂っていた事は確かだった。


 ソライン家と別れる前、周囲の警戒を頼んでいた。だが、その結果とは相反して、村にはブレイズキャニオンが襲来していた。A+ランクであるため、ソライン家がその存在に気付かないはずはないだろう。ソライン家に何かあったと考えるのが妥当か? まさか、源人が今この辺りにいるのか。となれば、ブレイズキャニオンが源人の使い魔である可能性がある。

 状況が良くない。早くソライン家と合流せねば。依然としてブレイズキャニオンは身体を燃やして臨戦態勢を取っている。逃げるのは不可能だ。

 俺は弓矢を取り出し、構えた。


「本気で強敵と殺し合うのは何年振りか忘れたが、俺はこの状況を楽しいと思う。お前もそうだろう?」


 ブレイズキャニオンは目で頷いた。


 周囲には、せるような陽炎が立ち込めている。

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