第30話 その前夜

 すっかり陽は落ちて、街と空の区別が付かなくなった頃。夕食はフェルノが狩って来たシルバーヘブンの丸焼きとなった。焚き火の周りで串刺しになったシルバーヘブンの肉塊が焼かれている。いい匂いに釣られて他の魔物を引き寄せるかが不安だったが、幸いソライン家が何かしらの施しをしてくれたようで、その心配は必要なくなった。

 数分待ち、焼き上がった所で木の棒を手に取る。数週間前の微妙な味を思い出し、塩や胡椒で味付けをしたかったが、文句は言っていられないので一思いにかぶりついた。だが、思っている以上に味が良く、気付いたら二本目、三本目と手を伸ばしていたのだった。


「ライト、美味いか?」

「ああ、自分で料理した時とは比べ物にならない。同じシルバーヘブンなのか疑わしい程だ」

「ん? なんだ、魔物の見分け方を知らねぇのか?」

「恥ずかしながら」


 長年勇者パーティーとして、また冒険者として旅をしてきたが、そんな技術があるなんて聞いた事がない。魔物の美味い不味いは完全な運だとばかり思っていた。


「難しい事じゃねぇ、より魔力の質が良く、瞳が綺麗な奴が美味いんだ」

「瞳は何となく分かるとして、魔力の質って何だ? 一瞥して分かるものなのか?」

「もしかしたら、俺達にしか判断はできないかもしれないな。魔物っていうのは、魔力の波長っていうのか? それに個体差があるんだ。で、魔力の質っつうのは、言い換えれば自分の魔力にどれだけ干渉しないかを表す物だな」

「だが、魔力の波長には個人差があるんだろ? 俺はこれを美味いと思ったし、それに……ミカも美味そうに食ってるじゃないか」


 ミカは両手に串を持って笑顔で頬張っている。その隣にいるリノアも普通の顔をして食べていた。


「そう、それが狩りに置ける重要なポイントだ」

「と言うと?」

「この世の全ての魔物には、性を持たない中性的な物が存在する。そいつは波長が他に比べるとかなり揺れ幅が少なく、多くの生物と同調するんだ。それを魔法『波』で見極める」

「そういう事だったのか……」

「もっとも、魔物は魔力の波長が不安定だから、波長に関係なく魔物を美味しく頂けるが」

「何が『それが狩りにおける重要なポイントだ』だよ……」



「さて、ご飯も食べ終わったし、そろそろ本題に入ろう」

「ミカ、いきなりだが、その次に向かう集落の住んでいる種族と場所は?」


 敵対意思のない種族だと尚良いのだが……


「住んでいるのは『知』によると人間族みたい。ここから徒歩二時間くらいで着く予定だよ。場所は一般的な平たい地形だね。規模は十分程度で一周できる大きさで、特に目立った地形もなさそう」

「これに補足して、その人間族は勇者崇拝の考えがあるみたい。こちらを歓迎してくれるとは考え辛いわね」


 リノアの考えは正しい。そもそも、魔物が人間に接触するだけでも忌み嫌われる行為だ。これがソライン家と勇者崇拝の人間となら尚の事だ。しかし、魔物ではない俺の場合でも同じ状況になるだろうと予想していたのだった。


「俺達がその集落に入れないのは当たり前だ。ここはもうスルーか? それか、ライトだけ向かわせて俺達は違う場所で待つか」

「少しでも情報は得た方がいい。俺だけでも行こう」

「分かった。じゃあそういう事で。朝は早いから、早めに寝ろよ。夜番は二時間で交代とする」


 俺は横になった。当然だが直ぐには寝られない。俺は暇潰しに考え事をしようと思い立った。


 ソライン家は魔物と人間のハーフと言っていた。ハーフなのだから、魔物の形質と、人間の形質を半々で受け継いでいるはずだ。魔物としての祖先である箔弧の容姿がどうであったかは書物を漁らなければ分からない。しかし、ソライン家を見る限りでは、容姿や体格は人間とほぼ同じなのは間違いない。瞳や髪を除いて。

 ソライン家の特徴と言えばやはりその瞳と髪だろう。箔弧から受け継いだという蒼い瞳と純白の髪は、幻想的な雰囲気を醸し出している。それが立場を変えれば、殺害対象であり迫害対象なのである。酷い話だ。

 ソライン家は偶然の地震から実験場を逃げ出して来たと言う。奴隷紋の呪いで、死と同等の苦しみを耐えながら逃げたと話を聞いたが、その根気強さには俺も敬意を表する。俺ならその苦しみから逃れるために死を選ぶかもしれない。ミカやミラでさえ、その苦しみを耐えたのだ。人間という生き物は、世界で見ればずっとか弱い生き物なのかもしれない。

 しかし、俺には少し疑問がある。力の半分しか扱えていないと言っていたソライン家の現在の力でさえ、勇者の力を大きく上回るものだった。それなのに、地震という偶然の力に頼らなければ本当に脱出は不可能だったのだろうか? 拘束はされるなりしていただろうが、それでもその状態のソライン家に勝るほどの力をジェルアの科学者達は持っていたのか? こればかりは直接聞かなければ分からない。実際にソライン家が脱出できなかったのだから、もっと複雑な事情があったはずだ。強大な力、魔王__


 ソラインの家で過ごしてからずっと思っていたのだが、驚く程に夜は静まり返っている。昼間は鳥や昼行性の魔物がどこかしらで鳴き声を上げているのだが、夜になると鳴き声はおろか、魔物の足音すら聞こえない。しかし、夜行性の魔物は必ず潜んでいる為、夜番は必ず行う。

 俺の番は何も襲って来なかったが、起きた際には、ミカの隣に魔物の死体が置かれていた。そこでまた、ソライン家の強さに感心すると共に、少しの恐怖心を抱くのであった。

 早朝、俺達は日が昇る前に出発した。この時間帯は、魔物や人に遭遇する確率が低いし、暑さも酷くない。歩みを進めるには絶好の時間帯なのである。

 歩き始めてから十数分。斜面が緩やかになっている事に気が付いた。昨日までは五度以上の急勾配が目立っていたが、今ではかなり平坦な道が続いている。それに、木の本数が増え、山より森という印象が強くなっていた。そろそろレルカを越えたのだろうと達成感を覚えた瞬間だった。


 昨日からの事だが、俺は戦いがないこの静けさに安心しつつも、不安感で一杯だった。また源人が襲って来るのではないかと思っていたがそうではないし、魔物にも一切出会わない。順調ではあるのだが、順調すぎて逆に違和感があった。

 そうして何事もなく、森すらも抜けてしまった。俺は変な脱力感に襲われ、その場に座り込んでしまった。連日戦いや会話で本当は疲れ切っていたのかもしれない。


「ライト、大丈夫?」


 ミカだった。大丈夫だと言ってすぐに立ち上がったが、妙に眠くて足取りはフラフラしていた。すかさずフェルノが肩に腕を回して、「無理すんな」と言ってくれた。俺はその優しさに感謝して、また歩き始めた。

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