第29話 使徒・使命


 変わらぬ空の景色は自分が死んでいるのではないかと錯覚させる。意識を唯一現実に引き戻す事ができたのは、走っているソライン家の後ろ姿だった。


「なあ、俺達は何時間走り続けた? まあ、現実世界では一秒たりとも進んでいないんだろうが」

「休憩込みで時間にして三時間と二十三分だ」

「そろそろ歩きでもいいんじゃないか……? 結局は源人に追われて戦う羽目になるんだろ?」


 源人の恐ろしさは身に染みて分かった。あれからは絶対に逃れられない。逃れられない運命をいつまでも後回しにして、何かが変わるとでも言うのか?


「俺達は今死んでいるようで死んでいない。時を止めているから死んでいないだけだ。そうなら、それ掻い潜る方法を探すまで止め続ければいい」

「そんな無茶な……」


 こんな事をしていては埒が明かない。源人から掻い潜る方法なんてある訳が……


「困っているようだな、ソラインの旅人よ」


 全員の足が止まった。


「老人? なぜこんな場所に……それに、何故動ける?」


 その老人は地面に胡座をかいている。深く帽子を被っていて、顔は見えない。しかし、ローブから出ている手は衰えて生力がないようだった。


「何故か? 簡単な話だ。儂は時の使徒。お前さんが使うとる魔法が生まれた時に生まれた使命だからじゃ」

「急に何を言っている、使徒? 笑わせるな。そんなの聞いた事がないぞ」

「この人に逆らっちゃダメだよ、お兄ちゃん」


 今まで口を閉ざしていたミラが割って入った。


「本で読んだの。魔法が生まれると使命が生まれ、それを執行する使徒が生まれるって……」

「物知りだな、小娘」

「それで、あなたはこんな所で何をしているの? まさか、ガランドの命令?」


 俺は弓を取り出す。いつでも攻撃する体勢は取っておくべきだ。


「ガランドは儂の事は認知していない。そもそも、七源が世界を支配した時に生まれた新参者じゃからのう」

「じゃあ、どうして私達がここにいるって分かったのよ」

「知の使徒、と言えば伝わるか? そやつに教えて貰っての。ここまで来るのにかなりの時間を掛けたわい……」


 老人は顎に生えた長い髭をさする。


「時にそこの兄さん……」


 気付けば老人はフェルノの肩に触れていた。


「い、いつの間に……」

「長く生きているとは言え、所詮は数百年の命。儂にはまだまだ劣るのう」

「どんな手を使った」

「それは教えれんのう、お主らが好意を抱いていない内はな」


 老人は、また歩いて元の位置に戻った。


「フェルノ、ここは使徒の話を聞くべきだ。勝てる相手じゃない」


 圧倒的な力の差を今、見せ付けられた。絶対に勝てないと分かる。戦おうとした時点で負ける。ガランドとは比べ物にならないと肌で感じた。


「降参だ、話を聞く」

「正直で宜しい」



 風が吹いている。ガランドが来ても、時の使徒が追い払うと言っていた。少し心配になるところはあるが、大丈夫だろう。


「それで、アンタの目的は何だ」

「何、単純なことだ。お主らは困っているんだろう? 使徒の追跡に。儂がそれを手助けしてやろうと言っているんだ。どうだ、いい話だろう?」

「虫が良すぎないか。信用ならねぇな」


 どこの馬の骨かも分からない人に助けを乞う必要はない。罠の可能性だってあり得る。現状で一番安全な行動方法は、ソライン家が時を止め、ただひたすらに進むことのみだ。


「悪いが、アンタの手を取る気はねぇ。本当に助ける気だったのかもしれねぇが、俺達はそう易々と他人を信用する質じゃねぇんだ」

「そうかい、そうかい……」


 使徒は頷くだけだった。


「これから多くの使徒がお主らを殺しに来る。容易い道のりではないぞ」

「そんなの、重々承知だ。今更俺らがそんな脅しで引くかよ」

「やる気は、認めよう。さあ行け、ソラインの旅人と弓兵。儂はお主らの勝利を望んでいる__」


 気が付くと、使徒は消えていた。緊張の余りか、どっと疲れがやって来た。全会一致で、休憩という事になった。


「話を呑まなくて正解だったな」


 フェノーが座った。さっきまで黙っていたのは、フェルノを試していたのか?


「実際、俺達だけでもどうにでもなる。必要以上の手を取る必要はねぇよ」

「私もそうするべきだと思った」


 ミラだ。フェノーの隣に座る。


「いくら使徒とは言え、身分を証明することはできないし、賭けるには代償が大きすぎた」

「総合的に見たら、そうなるのは必然、か……」


 ふとリノアとミカの方を見た。さっきからずっと二人で話している。使徒の事か、はたまたこれからの事か。


「ライト、何か用?」

「ああ、何を話しているのかと思ってな」

「そうそう、その事で丁度皆に話そうと思ってた所なんだよね」


 そう言ってミカは全員を集め、座らせた。これから何が始まるんだろうか……


「単刀直入に言うと、最初の集落に到着するの!」

「つまり、レルカを越えたんだな」

「そう、やっとこの単調な道も終わりって事」

「ここまで来るのは、長いようで、短かったな」


 フェルノが伸びをする。俺もそれを見て肩の力が抜けた。慌ただしい1日だったがやっと一息吐けそうだ。


「今日はもうここで野宿する予定だけど、大丈夫だよね」

「野宿なんてもう慣れてるからな。問題は、ライトだが」

「俺か? 大丈夫だ。家出の経験ならあるぞ」

「あんまり頼りなさそうね……」

「まあまあ、普通の人は野宿なんてしないから。私達で準備はしましょう」

「俺は薪を集めて来る。フェルノも来るか?」

「ああ、力仕事なら任せろ」


 本当に、ソライン家は全員頼り甲斐があると思う。


「俺も、薪集め程度なら手伝える。何もしないのもお前等に悪いからな」

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