第28話 逃走。そして全てが始まる
「手短に説明する。持ち時間はねぇからな」
「説明だなんてそんな悠長な事を言ってられるのか? 今死ぬ直前なんだぞ」
ガランドは風針という攻撃で殺しに掛かっている。目の前にそれがあって、今俺を切り裂こうとしているのだ。背中が脈打つ度に痛んで、死ぬのが刻一刻と怖くなる。
「いや大丈夫だ。俺が今、時間を止めている限りは」
「時間を止めているだと?」
思えば、風はないし、ガランドも止まったまま動かない。今喋れているのは俺とフェルノだけのようだった。
「正確には辺りの原子を全て停止させているだけだ。脳や、空気の原子でさえ止めているから、動こうにも動けねぇ、という事だ」
「そんな魔法もあるのか」
「それは後からでも話せる。今はこの状況を打破する方法を考えるんだ」
まずはこれだな、そう言ってフェルノは手を前にかざした。血が掌から垂れ、地面に着く瞬間に停止した。
「風針。どういう原理でこんな攻撃を可能にしているのかは知る由もないが、無闇に動けば死ぬのは確実だ」
「こんな状況から抜け出せるのか?」
風針は目に見えない。目を凝らせば見えるのかもしれないが、吹き荒れる風によって舞上げられた塵に被ってその可能性は限りなく低くなっていた。
「この風針に耐久力があるのなら、の話だ。風であろうがなんだろうが、傷を付けれるという事は物体があると解釈できる。つまり、その物体を破壊すればこの風針からも脱出できるんじゃねぇのか?」
「その可能性に賭けるしかないか」
恐らくガランドは、周囲に無数の風針を張り巡らせている。移動する手段はリスクが伴う。やはり破壊するしか手はない。
「破壊するとは言っても、この切れ味では何をぶつけようが切られるのがオチだろう。ここまで細い物体を破壊する方法はあんのか、懸念点はそこだけだな」
物は試しだ。言ってサーブルショットを放った。
「……この程度だと使い物にならねぇな。鉄よりも更に強力な物体となると、ダイヤモンド、だがそんな魔法はねぇ」
「万事休すか?」
「破壊以外の方法がありゃいいんだがな。そんな魔法あったか……? 破壊じゃなく、部分的に消し去る魔法とか」
消し去るという言葉に、二日前の光景を思い出していた。
◇
「さて、次は私の番かしら。……
魔法! 一体何の魔法だ? 魔法陣が出現していない。バフか? それとも__
◇
「消……消なら風針もどうにかなるんじゃないか?」
「そう言えば、そんな魔法もあったな。……ありがとうライト。後は俺に任せてくれ」
2人が黙ると、恐怖を感じるほど辺りは静まり返る。空気の振動すら存在しないこの空間は、本当の無音を作り出している。だからこそ、俺達の声はいつも以上に繊細に響いていた。
「消。調和を乱し、遊ばせ」
瞬間、身体が全方向に引かれ、地面に倒れる。そして、時間は何事もなかったように動き出した。さっきまで無音だったのが、急に暴風の音が耳に流れ込んで頭痛がした。
「何だ、今の違和感は……しかし、貴様等、何故死なん。風針から逃れたとでも言うのか!」
「そうだと言ったら?」
「また殺すまでだ、風針!」
俺達は平然と立っている、それは何秒経とうと変わらない。
「ただの魔物風情が小賢しい真似を……まあいい。貴様等は避けるだけで精一杯。我を倒す事など不可能だ」
「ああ、だから俺達は逃げるんだよ」
源人の目から逃れるのは殆ど不可能な話だ。探知能力は通常の比ではない。しかし、今回は相手が悪かった。なぜなら、数百年もの間、その住みかを暴かれる事なく生活して来たソライン家が相手だからだ。
「
また風が止んだ。気圧が変化しているようで今度は耳鳴りがした。
「ミカ達に状況を伝えた。今から交代で時間停止を行なってガランドからの逃走を開始する」
こうして、一旦の脅威は去ったのだった。
◇
ガランドは付近の洞窟に腰掛け、今回の事を考えていた……
「魔物如きに逃げられるとは、失態だ。しかし、遥か昔の魔法を使い熟すとは、死なんと言っても、我の脅威になりかねん。我ではあの魔物を倒す事はできないだろう……」
「恥晒しだよね!」
源人は共通サーバーのような物を有し、いつでも情報交換が可能になっている。
「黙れ、ミィヤ」
「でも、七源以外の魔法を使える魔物なんて聞いた事ないよね〜。もしかして結構強い?」
「悔しいが、逃げられたのがその証拠だ。しかし、このまま放って置く訳にも行かん。他の者を向かわせるとしよう……」
「僕が行こうか!? なんか楽しそうだし!」
「お前が行ったら損害賠償を請求されるのがオチだ。今回はミレイム、行ってくれるな?」
「ええ、いいでしょう。決してジェルアに行かせはしません」
「頼り甲斐がある。もし倒し切れなかった時には増援を送ろう」
「その必要はありません……私に勝てる敵など源人の方々以外にはおりません」
「それは頼もしい。任せた」
「必ず首を持ち帰って差し上げましょう……」
そうしてミレイム達の意識は消えた。
「ソライン家……世間を騒がせる魔物がまた現れた物だ。魔王と言い、いつまでも平穏は訪れまい。それは世界の不条理であり、我が最も疑問に思う事だ__」
その頃、王都ではソライン家の情報が新聞によって大々的に報じられていた。
「レルカに現れた謎の魔物が勇者パーティを一方的に攻撃!?」
「魔王の再来って書いてあるぞ」
「もしかしたら、俺達の国が襲われるんじゃないか」
「そんなの嫌よ! 折角幸せに暮らせると思ったのに……!」
「皆落ち着け! きっとこれはデマか何かだ。こんなの出鱈目だ!」
「でも勇者パーティの人はあんな怪我をしているじゃないか」
「ちょっと手こずっただけだろう……何、すぐに討伐隊が組まれてこんなな脅威すぐに去るだろうさ……」
私は窓からそんな様子を見つめていた。陽の当たらない場所にいると言うのに、今日はいかんせん暑苦しい気がした。
いつもより喧騒が激しい。それに、風や木々の落ち着きが欠如しているように見えた。自分の周り全てが蜚蠊のようだった。だからと言って静かな場所に身を移せば、血液の流れる音と心臓の鼓動がわざとらしく五月蝿くなる。それなら自分を騙せる今が一番心地いい。
「神の使いが動き出した。これから世は乱れるだろう。……しかし私の使命は滅びた。今はあの七人に任せるのが相応しいのだろう。もっとも、使命が多くては、世が乱れるのは免れない事だ……」
ドアが3回鳴いた。こんな時に客人だろうか。一応茶なら用意できるかも知れないが、喜んでくれるだろうか。
ドア越しに様子を窺うと、息切れが聞こえて来た。急ぎの用事なのだろうか、そう思ってドアノブを回した。
「貴様から出迎えてくれるとは思ってもいなかったよ。練の使徒。主の位置とその家族の人数を言え」
「断る。しかし貴様、なぜ使徒の存在を知っている」
今のは演技だった訳だ。小賢しい真似を。
「俺が使徒ではないとでも思ったか?」
「そういう話なら手っ取り早い」
「やる気満々のようだな。まあいい。冥土の土産に俺の使命でも言っておこう」
『
三七四年前に発生したと知の使徒から聞いた。まだ青二才か。
「聞いたことの一つや二つあるだろう。侮るなよ?」
「元からそのつもりだ。対立している使命を見かけたら殺すよう伝えられている。今私は気分が悪い。蜚蠊なら尚更だ」
「それは脅しか?」
「違う、これから起こる未来の話だ」
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