第27話 風の吹き荒れる中で

 さっきよりも風が強くなっている。少し気を緩めれば飛ばされてしまうくらいだ。


「その地位はとうに捨てた筈だ。貴様、我に厭味を言っているのか?」

「ああ、そうだな。人の心を捨てた人間に何を言っても無駄だろうが」


 その見た目は明らかに人間ではなかった。目は一つで、口と右足、左手が無く、右手で持っている杖には目玉が付いており、それは忙しく動いている。しかし、口が無いのにどうやって喋っているのだろうか。


「おいライト、それ以上刺激してどうする!」

「まともに張り合って倒せる相手じゃないのは分かりきっているだろ。俺達には振り切るしか選択肢はない」

「だが、ガランドからどう逃げろと……」


「逃げる選択肢などある物か。貴様等は我より直々に罰を下される」

「私達が何したって言うの」

「おいミラよせって!」


 その場の全員がガランドを睨み付けていた。周りは風が吹き荒れ、枝や塵で周囲の様子は、精々俺達の位置と黒いほど淀んだ砂利の地面しか見えなかった。


「まあ良い。遺言と受け取ろう。貴様等は世を乱した。存在してはならぬのだ」

「それならジェルアに言ってくれないか」


 流石にフェルノも頭に来たようだ。


「あの者共は元々貴様等を殺す予定だった。にも関わらず、逃げ出し、世を乱した。元凶はそうであろうが、我が罰を下すのは他でもない貴様等なのである」

「この世は諸行無常の筈よ。私達が存在する理由はそれが示してるでしょう」

「戯言を。諸行無常とて、死なぬ知能を持った輩を許すか。貴様等は謂わば脅威。世界を乱す脅威なのだ。だから罰を下さねばならん」


 更に風が強くなった。矢を地面に刺さないとその場にいられない。フェノー達は普通に立っている。俺の心配を最優先にした方が良さそうだ。


「それを言うなら人間の方こそ私達魔物の領分を奪って得意げに語るのも滑稽だわ。世界を脅かすと言って、実際は人間の事しか頭にないんでしょう? その罰とやらは本当に世界が望んでいるのかしら」

「貴様、神に楯突く気か? これは神から賜った命令だ。世界が望んだ結果なのだ」


「……話にならないわね」

「同感だ」


 どこかで、大きな枝が折れた音がした。


「空刃」

「ライト伏せろ!」


 何かが頭上を通る音がした。ビュンなど生やさしい物ではなく、耳が痛くなるような音が鳴った。例えるなら龍の咆哮だと思った。直後に背後で衝撃が起きたのが分かった。そして、呼ばれていなければ確実に死んでいたと思った。


 突然の出来事に驚く暇はない。顔を上げれば次の攻撃が来る。


「ライト、あなたは下がっていて。前衛は私が担当するから、援護射撃を」

「了解」


 風で飛ばされないよう一息で移動する。そして弓を引いた。


 ……いや、本当にこのまま射ってもいいのか? 風で矢の軌道は逸れやすい。一閃を用いても狙った方向に飛ぶ事はないだろう。もしガランドが矢の軌道を曲げれるような風を作り出せる場合、俺は成す術が無くなる。それに、十秒以内にこの凝堅矢を使われた場合、俺達が危険に晒される。ガランドに矢を使うのは不利だ。つまりは接近戦しか道はない。


「この環境下での射撃は不可能だ。俺も前線に入る」

「いいえ駄目。あなたじゃガランドと張り合うのは無茶よ」

「しかし何もしないのは俺が気に食わない」


「喋る余裕すら見せるか? いいだろう。今すぐに引導を渡してやる」

「させるかよ!」


 サーブルショットはガランドの頭部を確実に撃ち抜いた。


「我に物理など効くものか」

「お前、風に成ったのか」

「貴様には関係のない事だ。……空刃」


 瞬きもせぬ内に落ちた。フェルノの左腕が。


「フェルノ!」

「安心しろライト。再生する腕くらいくれてやる」


 そう言って左腕を見ると、さっきまでなかった手があった。


「ほう。それは人間に依存すると思ったが、不死だけでなく再生の性質も備えているとは」

「自分で言うのも癪だが、ソライン家はいいとこ取りなんだよ」

「なら、何度でもその貧弱な腕を切り落としてやろう。空刃」


 言うが、魔法陣が現れない。しかし攻撃が行われている。空気自体が魔法陣という事だろうか。それに、その広大な魔法陣から無尽蔵に放たれる空刃は一つ一つが人を容易く殺す兵器で、その威力は地面に衝突するだけでも大いに理解できた。

 フェルノは何とか避けているが、かなりギリギリだ。それに、ついでかのように俺の方にも全方位から空刃が飛んで来る。俺はそれを受け流すのだけでも精一杯だった。しかし、ミカやミラは辛うじて躱せているようだった。

 ガランドは現状を確実に把握しているから、例え誰が不意打ちを仕掛けようと防がれるだろう。右手に持っている杖が常に俺達六人を監視しているようだった。だが、ソライン家の力を甘く見てはならない。源人よりも遥かに長い時を生きている魔物がそう簡単に負ける訳がない。


・ザント」


 フェノーだった。そのが聞こえた途端、ガランドの周りに砂が舞っているのが見えた。何をする気だ……?


「俺の息子の腕は高く付くんでな。そう何回も切って貰おうって訳には行かない。・フレア」


 ガランドの周りだけが一瞬にして燃え上がった。これはまさか……


「粉塵爆発。ガランドにはこれしか効かん」


 炎が轟轟と燃え上がる。風が少し収まり、ガランドが怯んだかと思えた。


「何が効くと言った? 火遊び程度で我が死ぬとでも思っているのか」


 そこに現れたのは無傷のガランドだった。服の裾ですら燃えていない。


「魔物の程度もこれまでか。魔王を超える力を持っていると世界より聞き及んだ我が騙されたかのよう。しかし世界は真のみを告げる。さては本気ではなかろう。だが、殺す結果は変わるまい。さっさと終いにしよう。……風針フウシン


 言った瞬間、周囲がキリキリと鳴る、しかし、どこから鳴っているのかも分からなかった。


「おいライト! 今すぐ防御を取れ! 周りに針金のようなヤツを張られた。不用意に動くと死ぬな、これは」

「し、しかし、何が起こっているのか俺には把握が」


 瞬間、また風が強く吹き付けた。耐え切れず、ほんの10cmだけ後ろに下がったが、その時にやっとフェルノの言葉の意味を理解し、もう防御を取っても意味がない事を悟った。背中が身体を刺すように熱くなり、次にドクドクと振動が身体全体に伝わった。周囲を見ればミラも、ミカも、フェルノ、フェノーもリノアもその場から動きようがなかった


「終わりだ。カツ


 まだジェルアへの旅路は始まったばかりなのに、もう最期が来たのか。時間がゆっくり流れる。俺は妙に気分が良かった。その時、俺以外の世界が一瞬だけ止まった気がした。


「俺達は、だ。それをお前の意思で終わらせてなる物か」

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