第25話 旅


 土が少なく、全てが岩に囲まれる洞窟は思っている以上に涼む事ができる。


「政府はまだ諦めた訳じゃないだろう。そろそろ出発しようか」

「父さんに賛成。ライト、行けそう?」

「ああ。だが済まないな、ミラ。昨日俺を思って他の提案をしてくれたのに……」

「私達はいいのよ。時間は永遠に等しいくらいあるし、焦らずゆっくり行こうと思ってる。でも……」

「でも?」

「人間の命は短く儚い物。ライトにはそれを大切にして欲しいから」


 真剣な眼差しでこちらを見つめている。俺はハッとした。


「分かった。焦らず、ゆっくり行こうか。俺達のペースで」


 それから数十分が経過し、もうそろそろ本格的にレルカの山に入っただろうという頃だった。


「木の本数が減って、見渡しが効くようになって来たな。山頂まで後どのくらいだ?」

「まだまだ掛かると思うよ。ほら見て、レルカの頂上」


 ミカが指差した。


「ほ、ほぼ真上じゃないか。間近で見ると、レルカってこんなに高い山なのか」


 元々レルカは遠くから見ても異様に縦に長く伸びていて、高い山なのだろうとは知っていたが、これ程までとは知らなかった。


「ミルドで一番、世界で五番目に高い山は伊達じゃないでしょ」

「五番目でこんなに聳えてるのか。世界は広いな」


 世界で一番高い山は、想像も絶する。確か山名はヴァベルと言ったか。レルカでさえ、8000mはあるのだから、きっと10000mはあるのだろう。そう思うと少し身震いした。


「流石の私達もこの絶壁を登るのには一苦労だから、ここから迂回して登るよ」

「あ、ああ。そうだな」


 右手には少し細い道があった。整備されていた訳ではないが、獣道という程でもなかった。心の中で一息吐く。


「ライトまさか、これを登る気だったんじゃないでしょうね……」


 ミカは核心を突いていた。



 道、道、ひたすら平凡な道。少し緩急がある程度で、ポツポツと生えている木と青空しか映らなかった。ソライン家と何か話すでもなく、黙々とジェルアに歩みを進めていた。そんな時。


「歩いてばっかりだと暇だよね。何か起こらないかなー」

「何もないこういう時こそ、一番幸福だったりするもんだよ。後悔先に立たずだ」

「何かあったらお兄ちゃん達が護ってくれるんじゃないの?」

「それは当たり前だが、万が一だ。万が一。俺に勝てる相手なんざそういないが、いるにはいるからな」

「はーい」


 この二人は普通に会話しているようだが、実際はこの暑い中、結構な大荷物を背負いながら坂道を行っている。常人ならぬ筋力と体力を持っているのだ。


「お前等、疲れたりとかしないのか? 俺はもう大分足に来てる」

「何、ライトと俺達じゃ生きてる時間が違う。基準はそっちだから、そんなに自分を責めるなよ」

「ああ、ありがとうフェルノ。でもやっぱり少し休憩させてくれないか? 今回は数分で大丈夫だから……」

「了解。じゃあそこの岩場に腰掛けるとして……親父? 今何時だ」


「八時過ぎだ。まだまだ正午には早い」

「そうか、じゃあ状況把握も兼ねて、休憩としよう」


 岩の上はなんとも言えない座り心地だったので、地面に座る事にした。しかし、汚れが目立つと思って結局岩の上に座り直した。

 今休憩している場所は見晴らしがいい。周りに樹木はなく、背の低い雑草が平たい地面を覆っている。森を抜けてから素朴な山道だったが、ここだけは小さい平原のように見えた。これを見ると、雲雀ヒバリの名を冠するだけあるなと思った。勿論それは正面だけで、振り返れば灰色の壁がある。正しく造山帯である。

 ふと地平線の方を一瞥すると中央街、様々な店と住宅の集合体が見えた。中央街はミルドの国土の六割を占める。その内六割が住宅、四割が商店である。ミルドは世界で見てもかなり国土を持っている方だ。人口は五千万を超すという。しかし、ミルドより国土が広く、人口の少ない国も多い。何故こんなにも人口が多いかというと、ミルドの産業の豊かさが関係している。

 だが、産業の話まで来ると小難しい。この続きは文献を読みながら世界知新記で話そうと思う。俺も地理にそこまで詳しい訳ではない。

 考えるのは止めにして、ミルドを観察する事にした。すると、思った以上にミルドは広大で驚いた。地図では直ぐ西に山が見える筈なのに、ここでは目を細めなければ見えないくらいだった。


「ミルドってこんなに広かったんだね。私達が暮らして来た世界がちっぽけな気がする」

「そうだな。俺もちっぽけな人生を歩んできたような気がした」


 勇者パーティと同行してちっぽけな人生ではないと人は言うだろう。しかし、思った以上にちっぽけだ。業務的に魔物を狩り、それで名誉を得てチヤホヤ持て囃される。勇者パーティなんてそんな物だった。少し強くて世間に期待されているだけの、ちょっとデキる集合。旅なんていうのは俺達には無縁に等しかった。


「ライト、現状を伝えるからちょっとこっち来てくれ!」

「ああ、今行く」


 どうしてか、この短期間の登山は旅と言ってもいいような気がしてならなかった。

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