第19話 魔法、完成

「外円にどんな言葉を刻むか、説明する」


 魔法の重複を改善する言葉。重複が発生するならいっその事、一つの魔法で原子から服を作るまで、全てこなせてしまえばいいんじゃないか?

 つまり、外円に刻むのは、『魔法を発動する過程』か。


「お、勘が鋭いな、ライト。その通りだ」

「ライト様って本当は魔法学に精通してるんじゃない?」

「そんな事はない。可能性として、予想しただけだ」


「じゃ、外円の方は改良バージョンとして、言葉を刻んで行く」言って筆を持つ。

「まず、改良する部分だ。そこで、俺はこう考えた」


「魔法を補足する為の魔法を埋め込んで、元から魔法を併発させるように仕込めばいんじゃねぇか、と」

「イマイチピンと来ないな。具体的に説明するとどんな意味になるんだ?」


 俺がそう言うとフェルノは自信ありげに答えた。


「二つの魔法を合体させて、それを一つの魔法と考えて発動させれば、負担が軽減される。つまり、魔方陣に魔方陣を描くって事だ」

「小さい魔方陣を描いてそれらを一つの魔法と見なしてしまう、と」

「理解できたか? じゃあ、始めるぞ」


 フェルノは正面から北側、外円の上に小さく円を描いた。


「これは簡易的な魔法。だから中には『繊』だけ刻めばいい」

「お兄ちゃん、本当にそれで負担が軽減されるの?」

「物は試しだ。やってみる価値は十二分にある」


 して、『繊』という字が新たに刻まれた。


「次に、服を創る過程。まあ、さっきライトが考察した通りだ」

「今回はそこまで複雑な術式は必要ないよな。『消』みたいに異空間がどうたら……とかはしなくてもいい訳だし」

「そう、だから、ここには全ての魔法に共通する『脳から送られた信号を頼りに物体を形成する』という情報だけ刻む。それでこの魔法は完成だ」


 小さい魔法陣の周りには脳波と思しき波線、その端には物体を表す正方形のマークが描かれた。


「魔法が完成したはいいが、詠唱はどうするんだ? 何か法則性があるのか?」

「魔力、魔法陣は、謂わば情報の塊だ。そんな決まりに則ってあーだこーだする必要はない」

「結論を言うと……?」


「結論。魔液で描かれた魔方陣を魔力で読み取ると、魔力はその反動で自身に返る。その時に魔法の情報が脳に流れるんだ。魔力や脳細胞を伝って、左脳と海馬に魔法陣が詠唱という形として記憶される訳だ」

「何だか『魔』が多いね。どうして魔法関連の物には全部『魔』って付けちゃうんだろう」


「固有名詞に口出しはNGだ。文句言ったら駄目だっつうの」

「はーい」


 ミカは少し腑に落ちなさそうなまま引き下がった。

 俺は話を戻して質問する。


「フェルノの話だと、この魔方陣に魔力を流せば、『天啓』みたいに詠唱が記憶されるのか?」

「まあ、大体合ってる。過程が複雑なだけで、行いたい結果は単純だ。そんな複雑な話でもねぇよ」


 魔法を発見した、偉大なる『アスタレス二世』。アスタレス二世はこの時、偶然『天啓』を頂いた、と解釈していいのやら。


「じゃあ、魔力、流すぞ」


 フェルノは魔紙に手を添え、目を瞑ってから深呼吸をした。魔力を流し始めると、漆黒のインクが神秘的に輝いた。

 その淡い紫は、オーロラのように眩しく、美しかった。


「この時、平常心じゃないと魔法が上手く完成せずに、暴走する事があるんだよ」

 ミラが耳打ちする。

 それから、俺は小さく頷いてその一部始終を見届けた__



 魔力の影響で少し汚れた魔紙と、小さなガラス瓶に入った魔液、筆。それらをミカと物置部屋まで丁寧に運び、収納した。リビングに戻り、フェルノの様子を見る。


 フェルノは机に頬杖を突きながら椅子に腰掛けていた。


「さっきので魔法は完成したのか?」

「ああ。だが、今回創ったのは元来存在しない魔法陣を用いた魔法だ。どんな副作用があるかは想像のしようがねぇし、実際、少し身体が魔法を拒否しようとしていた。見た事のない術式に脳が刺激を受けてしまったのかもしれない」


「お兄ちゃん大丈夫?」

「こんなんじゃ死にゃあしねぇよ。落ち着いたら、試用する」


「楽しみだね、ライト様!」

「ああ、楽しみだ」


*『アスタレス二世』については、番外編の中にある、魔法大全のⅡ.魔力を参照して頂けると幸いです。

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