第17話 朗らかな家族


 今いる家族全員の力量を確認し、家へ戻って一息吐いた。思わぬ展開に少し戸惑ったが、それでも確認できた事には変わりない。

 リビングを覗くと、フェノー、フェルノは準備を済ませて帰りを待っている所だった。そして、まず一番にとミカが駆け寄って来た。 


「ライト様、お母様、強かったでしょ?」

「何だ? 見てたのか」


 ミカは少し照れながらも、「お母様があんな風に刀を手に取るのはすっごく珍しいからね。思わず見入っちゃった」と言う。

「そんなになのか?」

「お母様が刀で戦っているのを最後に見たのは、ここに定住するずっと前の事。あそこから逃げ出したばっかりの時だと思う」


「そうね。もう不自由のない生活をしたい、あの時はそう思った。久し振り過ぎて、感覚を忘れかけていたけれど、あなたのお陰で自分の力を思い出せた。やっぱり、私には刀を振るうのが性にあっているのかもしれないわ」

「リノア……」


「良し。後はハンドクリームとハンカチを……あ、そうだ。母さん、母さんの分の荷物もまとめといたから、後で確認してくれ」荷物のチェックをしているフェルノが振り向いて告げた。


「あら、気が利くわね。ありがとう、フェルノ」

「親父に言われただけだ」

「またまた〜。全く、正直じゃないんだから」

「ライトの前でからかうのは止めてくれ、母さん」


 軽い笑いが起きる。

 この瞬間だけでもソライン家は全員仲がいいのだろうと伺えた。


「ミカ、ミラ。お前たちは準備はできているのか? まだなら、父さんが手伝おう」

 言ってフェノーは中央の机を囲む椅子に腰掛けた。


「おと……お父様、ありがとうございます」

「ミカ、ライトの前だからって、もうかしこまる必要はない。俺たちも、ライトも、互いに認め合ったんだ。いつも通り、『お父さん』と呼んでくれ。敬語もなしだ」

「う、うん、分かった」


 最初からあの呼び方じゃなかったのか。話し方も。やはり、初対面の時は、かなり気を使っていたのだろう。やはり、「様」なんて付けずに、普通にライトと呼んでくれた方が、気が楽だな。

 確かに、数十年ぶりにこうして人と同じ時を過ごすんだ。俺がソライン家なら、同じ行動を取る。


「お父さん? 私は準備できてるから、ミカだけで大丈夫だよ」

「ちょっとミラ、何その言い方。私は出来損ないの姉だーって言いたいの?」

「誇張しすぎよ。お姉ちゃんは自虐性があって大変ね……」

「言わせておけば!」


 ミカが走り出す。ミラは「捕まるものかー!」と、リビングを出て行った。


「あの二人はいつでも調子は一緒ね」

「少しでも大人にならねぇのか? あいつ等」

「賑やかでいいんじゃない?」

「そういうもんなのか……」


「ライト、ミカ達が遊んでいる間、俺が準備を手伝おう」

「いえ、持ち物はこれだけなので、俺は待ってます」

「そうか? なら、いいんだが」


 ……俺は、まだこの中の異端者だ。親御には敬語で話す他ない。フェノーが座っていた隣の席に疲れ切った身体を置いた。

 一つ、深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。


 これから、俺達はジェルアに向かう。何日掛かるかは気にしない。いつか着くと信じて、突き進む。

 それまで、様々な人、魔物に遭遇するかもしれない。その度、命を賭ける必要が出るかもしれない。ジェルアの政府に気付かれるかもしれない。それでも、俺達は歩みを進める。

 目指すはジェルア国立科学・生物実験場。造山帯レルカのより北の方、三つか四つ、山を超えた場所に一際大きい山がある。手前の山との尾根の、少し窪んだ場所に実験場は存在し、フェノー達の故郷も元々そこにあったそうだ。

 現在、世界で最も魔法学、科学が発達している場所だ。フェルノ達の故郷と討つべき仇はそこにある。


 現在もソライン家と同じような、魔物と人間のハーフを生み出す実験を行っているかは分からない。これは俺の憶測だが、過去にソライン家を逃した悔しさから、更にのめり込んでその道に走っている気がする。


「これで、持ち物の確認は終わりかしらね。長旅になりそうだから、物は大切に扱わないと」


「この世界に産み落とされて、早三百年。旅に出るのはこれで二度目か。あの時は、俺もガキだった。一生に一度しかないような経験だ。この世界がどんな景色なのか、目に焼き付けねぇと」

「私も、長い事この森から出ていない。世界の様は、人間によってコロコロ変わる。実質、皆初めての旅ね」


 俺はジェルアに何回か訪れた事があるが、その時は国道だったし、結局は俺も初めての道程になりそうだ。


「準備が済んでないのはミカだけか?」

 念の為確認する。


「あの子、遊ぶモードになるとエネルギー消耗し切るまで遊んじゃうのよね。明日には出ようって思ってるのに、大丈夫かしら」

「毎日そんな風に遊んでんだ。疲れなんて寝たら吹っ飛んで明日には元通りだ」

「それもそうね」


 リノアが笑い、釣られるようにその純白な髪が揺れた。そして、ふと思った。

 ハーフであるというなら、人間と魔物、それぞれの形質を併せ持って生まれた筈だ。見た目は人間に近いが、人間には珍しい蒼の瞳と、アルビノでしか見かけない白の髪。恐らくこの二つが魔物から受け継いだ物だろう。少し気に掛かるのは、人間と魔物では生物学的に生殖が可能なのか?

 雌雄のある生物は、有性生殖によってその数を増やす。その際、それぞれの生殖細胞は元になった生物の染色体の半分を持つ。人間と泊弧の染色体の数が等しいなら腑に落ちる。だが、そうでない場合、どうやって……


「それは、私達の祖先、泊弧が人間に酷似していたからじゃないかしら?」

「そうだな。人間と泊弧の相違点は白髪、蒼い目、位なもんだ。それ以外は人間と大差ねぇ。獣人と言うのが妥当だろうな」

「あ、『読』使ってたんだ……」


 これじゃあ俺の妄想話も筒抜けになるじゃないか! これは困った魔法だな。


「狙われる身、如何なる時も用心するべし、だぜ?」

「お。おう……だが、例え人型と言えど、染色体の数は多少変化するんじゃないか?」

「それはアレだろ、人間と構造が似ている生物は研究が容易かった。だから、遺伝子組み換え、とやらもやってたんじゃねぇか?」

「それなら一理ある、のか?」

「分からん。これはただの憶測だ。ジェルアの野郎がどうやって交配に成功させたのかなんて知る由もねぇよ」


「ただ今は『憎き悪を滅ぼす』を目指す。それでいいじゃない」

「そうですね、リノアさん」


「おーい、ミカー? そろそろ準備し始めたらどうだ? もうすぐ夕飯作る準備するぞー!」


 すると、ドアの向こうから元気な返事が聞こえて来た。

 フェルノは、意外と優しくて、いい兄かもしれない。

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