第16話 壮絶な戦い

「次から魔法の詠唱や説明は省くけれど、大丈夫かしら?」

「その方が力を試す点では好都合。再開と行こう」


 「消」みたいに対処が難しい魔法ばかり使われるといつか捌き切れなくなりそうだ。ここは慎重に行くべきだな。

 詠唱の必要性の有無については、また後日問う事にするか。


「まずはちょっとした小細工から始めようかしら? ……デイ


 瞬間、足に泥濘ぬかるんだ泥の、冷たい感覚が脳へと駆け上がった。


「これは、泥か? ……あれ? 足が、抜けない」


 底なし沼が俺の身体を段々と喰う。足裏から、足首、脛、膝。沼は俺を味わうようにして喰っていた。やむを得んな……


 体力の消耗が激しいが、その分威力は凄まじい。


「一閃・癸」


 銃を撃つと、大抵の銃を扱った事のない人はその反動で後退りする。一閃は、その原理を使う事が可能なのだ。

 地面に向かって放った矢は地面を抉り、放たれた矢自身は折れていた。そして、俺はドロドロの沼から脱出に成功していた。

 息を切らしながらも立ち上がる。


「そう来なくっちゃね。次、行くわよ」

「そうは……させない。速射・ヘイ


 「速射」は、エネルギー直接脳へ大量に送り、それによって超越した身体能力を得る事ができる。神によって矢を放つという事象だけに限定されているが。


「地。そんなに体力を消耗して大丈夫なの?」

「ははっ、地面で盾を作るとは、これでは速射は無効化、されそうですね……ですが、体力には自身があるんですよ」

「へ〜。なら、『レツ』なんてのはどうかしら?」


 途端に身体が重くなり、思わず弓を杖にして体勢を整えた。


「……何だ、上手く立てない? それに、何だか息切れがさっきよりも激しい気がして……」

「身体能力を基礎から減少させる。これでは、自慢の体力も本末転倒ね」

「それ、強すぎじゃ、ないか……?」


 創れるという前提で、魔力さえあればどんな魔法も使えるなんて。しかも、詠唱なしでこの効果。やはり、ソライン家はただの魔物と人のハーフじゃない。

 限りなく、魔法に特化された存在。もはや、ジェルアによって生み出された兵器のような存在じゃないか……!


「兵器、ね。それは一理あるかもしれない。けど、勿論、ノーリスクでここまで強力な魔法が使える筈もない。実は、今私が使っている魔法の殆どは、使う事すら恐れられる禁忌の魔法。魔法が強すぎるが故に、自分自身を蝕まれる可能性のある魔法なの」

「それは……まさか」


「そう、今の私には、一時的に途轍とてつもない負荷と呪いが掛かっているの。私は魔物だから、痛覚に鈍感で、自分では今どれだけ身体を蝕まれているか分からない。私が魔法を使っている最中に、少し触れられただけでも、トランプタワーのように私の身体は崩壊してしまうかもしれない。或いは、瀕死状態か、昏睡状態になるか。ともかく、私が今脆くなっているのは事実。お互い極限状態にあるの」

「そ、そんなの、余りにもリノアが危険じゃないか!」


 倒れそうになるのを必死に弓を地面について堪える。


「だから言ったでしょう? 昔の魔法学は盛んだったって。そういった魔法はどこかしらの魔術師が興味本位で創り、安全性も確認せず使われた。簡単に蔓延していったのよ」

「一度でも攻撃を受ければ死んでしまうかもしれない……? そんな魔法を使うなんてどうかしてる! 命を賭してまで魔法を使う必要なんてない!」


「戦いは、いつも命懸け。死ぬ時は、少しずつ死ぬか、すぐ死ぬか。その二つしかないのよ」

「でも、その負荷が魔法を使わなくなったら消えるとは考えられない。何かしらの後遺症はあるだろう……」


 そろそろ、立っているのも辛くなって来た。このままだと、力に圧倒されたまま、終わってしまう……


「知ってたかしら。魔物って、魔法に侵されて暴走した生物を指すのよ……だから、既に侵された私が後遺症を患う事はない。それも、人と魔物が持つ身体能力を備えたまま、私は侵食の底にいる。でも、魔法を使っている時だけは、その力を真っ向から受けるから、身体が脆弱になるのよ」

「魔物については、授業でやった。ハーフであっても、侵食された状態で生まれるんだな……」


 リノアの言い分は、理解できそうではある。既に魔法に侵された身体で生まれ、しかし、普通の身体能力を持ち、身体の機能、耐久は魔法を使っていない時は一般人と変わらないと言う。だが、魔法の後遺症が残らないと言っても、それでも危険な魔法である事には変わりないだろう。

 こんな魔法、もし公に出たら……そうか。一般的にこれらの魔法が使われないのはそういう訳だったのか。確かに、詠唱なしであの威力なら禁忌と言われても仕方のない事だ。これで、一つ謎が解けた。


「私はね、もうソライン家をそろそろ終わりにしたいと思って、来年位には、家族皆で心中する予定だったの。でも、そんな時にライト様が来た。だから、やるからには、もとより死ぬ予定で暴れないといけないから」

「覚悟はできている、という事……か。分かった……俺の負けだ」


「申し訳ないわ、痛め付けるような真似をしてしまって。今、治療するわね。……療」


 すると、みるみる気怠さがなくなり、変な嫌悪感もなくなった。


「こんなに強いとは、予想外だった」

 言って弓矢を異空間に仕舞う。それとは別に、こんなに矢が貰えるなんて、喜ばしい限りだ。


「それに、私達も七源を扱える。普通の戦闘だって、お手の物。そう簡単には死なないわ」

「ああ、そうだったな。じゃあ、俺から一つお願いだ。集団の敵がいる時は、その魔法、使わないように。俺はソライン家の復讐を遂行させたい」

「分かったわ、ミカ達にも言っておくわね」


「疲れたし、家の中で一休みするか。ミカ達は準備を進めているだろう」

「ええ、そうしましょう」


 結局、魔法に圧倒されて終わったか……

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