第11話 まずは固定観念の破壊から

 それから数日後。ミカとミラとはかなり仲良くなる事ができ、今では敬語抜きで気軽に話せている。フェルノ、フェノー、リノアとはまだ心を通わせることはできず、ぎこちない様子だった。

 話は変わり、今、俺達は家の近くにいる。木の根本、自然に形成された根の穴から顔を出した時は思わず感嘆の声が漏れた。

 すると、何やら一つ物申したそうにフェルノがこちらに視線を向ける。「何だ」と言ったところで話し始めた。


「ライト、こっからどうするってんだ? 森の中は魔物も狩人もいて安全とは言えねぇし、かと言って街に出る訳にも行かねぇ。俺らの居場所なんざ、この地下しか……」

「そこだ、フェルノ。安全じゃないこの森を逆手に取るんだ」

「つまり何だ?」

「森の中は敵だらけ。見方を変えれば、それは特訓する為に最適」

「その通りだ、リノア。察しが良くて助かる」

「でも、思わぬ敵に遭遇したら、どうすんだよ。危険じゃねぇか」


「それを考慮して行動する為に力を確認するんだ。ほら、始めるぞ」

「え? あ、ああ……」


 俺は五人の前に立ち、矢を一本取り出した。これで残り二十四本、か。


「さあ、この矢を全力で攻撃してみろ。鏃じゃなくて、この矢柄をな」

「そうしたら、折れてしまうんじゃないかしら?」

「大丈夫だ、心配せずにやってくれ」


 一応の事を考えて、空中に射つか。最悪、俺の腕が吹っ飛び兼ねない攻撃が来る。


「で、では、まずは俺が行こう」言って一歩前に出る。

「フェノーか。魔法か物理か、得意な方でやってくれ」

「分かった。魔術でやらせて貰う」


 昔は魔法の事を魔術と呼んでいたらしい。なぜ名前が変わったのか、その理由は良く分かっていない。前は魔法陣で魔法を展開していたのに対して、今は体内の魔力操作を基礎として魔法を展開するから、か? まあ、図書館にでも行けばハッキリするだろう。


 俺は空に目掛けて、矢を高く射った。そして凝堅を発動し、数歩下がる。

 重量が増えたのか、矢がシャトルのように垂直落下する。


レン・空を切り裂き、敵を穿うがち、目前の穢れを亡骸とし地に還せ。サーブルショット」


 瞬間、フェノーの右腕から魔法陣が出現し、そこから銀色の鋭い針が飛び出す。矢柄とその先がぶつかった。一瞬だった。

 すると、針が矢を貫通せずに刺さっていた。

 その光景に唖然としていると、矢が折れて床に落ちた。効果の十秒が経ったようだった。


「まさか、凝堅が固さにおいて負けるとはな」


 リノアの話だと、これで力の半分も扱えていないそうだ。これが現実なのか疑いたくなった。凝堅これでもシルバーヘブンを一撃で倒した技だ。そう易々と行く技ではないのだが。


「本気で攻撃したが、何か不満があるのか?」

「いや、ただ技の凄さに唖然としていただけだ」


 矢が折れる事は想定していたが、本当に折れるとは思っていなかった。


「そうか? 昔、ジェルアの実験で同じ魔術を使わされたのだが、これの比ではない威力が出ていた。手応えの違いで分かる」

「そ、そんなに……いや、フェノーの実力は凄い。自信を持て」

「ああ」


 なるほど。やはり、力を確かめる判断は正しかったようだ。迫害、奴隷紋に惑わされて、まだ残っている力も見えなくなっていたんだろう。


「さて、次はフェルノ、やろうか」


 親子で似ているから、恐らく同じかそれ以上の力を持っているだろう。矢が減って行くのは辛いが、力を確認する為だ。割り切ろう。


「俺か。分かった。さっきと同じ要領でやればいいんだよな」

「呑み込みが早いな。じゃあ、やるぞ」

「ああ」


 矢を空に向かって射ち、下がる。これで二十三本。まさか、今日で五本無くなるなんて事、ないよな……


「錬・穿て。サーブルショット」

「ん? 何か詠唱が短い気が」


 その時、さっきまで目にしていたサーブルショットとは訳が違う大きさの円柱が、俺の目の前を途轍もない早さで駆けた。

 針かも分からない物が消えた場所から向こうを見やると、思いもよらぬ光景に俺は絶句していた。もう矢が残っているかすら分からない。

 フェルノが魔法を放った場所が向こう5mまで、木を貫通して穴が空いていたのだ。結果、木が倒れに倒れ、森が騒がしくなる。この音で狩人が感付かないといいが……


「これでいいのか? まあ、こんな攻撃じゃあ復讐なんて不可能だろうが」

「本気で言っているのか……?」


 俺は疑問でしかなかった。昔ではこれが常識だったのか? それとも、ジェルアの徹底的な弾圧によって洗脳を受けていたのか?


「フェルノ、いつの間にそんな攻撃が……」


 こればかりはフェノーも驚いているようだ。


「日頃から体内の魔力操作を常時行って、基礎魔力の増幅に勤しんでいた。だが、俺はもっと強くならないと駄目なんだ」

「フェルノ、もう少し自信を持て。今の威力が弱い訳ないし、俺より遥かに強いだろう。心配性だな」


 今のフェルノの詠唱は既存の物より遥かに短かった。魔道士でも十秒は掛かる詠唱を「穿て」のみで完結させ、その威力は俺の知っている魔導士の誰よりも高かった。

 それに、フェルノだけでなく、フェノーも十分凄かった。詠唱の原文があれなのかは知らないが、通常の魔法詠唱の際はもっと時間が掛かる。数百年の間に詠唱技術が失われたのか?

 とは言え、ソライン家は実力が確かにある。それも、魔道士を凌駕するほどに。


「だがよ。俺が何をしようとも、ジェルアの人間には敵わなかった。だから、こんな力じゃまだ……」

「それを心配性と言ってるんだ」


「ああ、そうか。心配性か。確かにそうかもしれねぇな。ずっと外界とは無縁だった。その所為だろうな」

「環境が環境か」


 鍛練するにしても、環境によって結果は簡単に左右されるだろう。ジェルアのトラウマを抱えながら家で細々と魔力の鍛練に勤しむか、それとも何にも縛られず自由気ままに鍛練するか。

 勿論後者がいい方法だと誰もが選ぶだろう。しかし、その判断材料が欠けていると思考が偏る。それは時間が経つに連れて加速してしまう。

 今までの経験から次の行動を決めようとし、選択を間違えるのは良くある。正しく情報を伝えて納得して貰うのが、今ソライン家に必要だろう。


「多分、俺はジェルアに怯えているから鍛練ばかりしているんだと思う」

「それは、どうして?」


「どんだけ強くなろうと、心の中にあるジェルアの恐怖が消えねぇんだ。思い出したくもない経験。そんな苦い思い出しかねぇ場所に自分から行くなんて、無理だったんだ」

「トラウマが消えきってないんだな」


「……そうだ。その所為で家からすら出ようと決心できず、それを後回しにして特訓してたんだ。自分では分かっていても、本心はいつでも否の一点張りなんだよ」

「で? お前は、結局どうしたいんだ? 怯えてるだのジェルアが怖いだの、言いたいのはそれじゃないだろ?」

「そう、だな。本当は、本当に俺の言いてぇ事は……」


「ジェルアに、復讐してぇよ……俺だって、できるもんならよぉ……じでやりでぇよぉ……」


 フェルノは泣き崩れて地面に手を着いた。微かな嗚咽が聞こえる。

 俺は慰める言葉が見付からなかった。それはミカ達も同じで、客観的に見れば非道だが、俺達はただ立ち尽くしてその様子を見る事しかできなかった__

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