第11話 体術

 何度か言葉を掛けようか考えたがやりきれず、葛藤したまま数分が経った。


「泣いてばかりじゃ、どうにもならねぇよな」

 フェルノは言って立ち上がった。


「フェルノ、もう大丈夫なのか?」

 フェノーだった。


「俺の事を気に掛けてくれたんだろ? 少し取り乱したが、もう気分は楽になった。俺は大丈夫だ」

「ああ、済まない。フェルノの努力に俺は今まで何も気付けなかった。そして、そこまでしてジェルアに復讐しようとしていた事も……」


「俺こそ、隠していた事は謝らなければ、とは思っていた。一人で遂行したくてよ、それで、心配は掛けたくなかったから」


 フェルノは、口調こそ少し強いが、いい奴には変わりない。親想いで、心配性な所があって、ちゃんと謝れて。やはり長生きしている分、大人だな。


「いや、フェルノが謝る事じゃない。俺はもうとっくのとうに諦めていたんだ。家から出て来て、未だにジェルアへの復讐心は完全に灯せず、ここにいる。フェルノとは覚悟が違ったんだ」

「だったら、今からできる事を考えろ、親父。無理だと思っていた事に、可能性が生まれたんだ。それだけでも大きな進歩だろ?」

「お前はポジティブだよな。本当に、自慢の息子だ」


「親父らしくねぇ事言いやがって……俺は家に戻ってジェルアに向かう準備をして来る。終わったら呼んでくれ」

「俺も行こう」


 そうしてフェルノ達は木の根にある入口に入って行った。


「さて、ミカ、ミラ、リノアさん。少し待たせてしまいました。やりましょうか」

「あ、うん……」


 色々な感情を抑えて声を出したミカの表情は、どこか暗く、何か思い詰めているようだった。


「お父様と同じ事を言うようだけど、私もジェルアの事なんて忘れてしまおうとしてたの。でも、復讐心に燃える兄様を見て、諦めてしまう自分の心の弱さに情けなくなって」

「私も同じ。絶対叶わない夢物語だと諦めを付けてた。もう何も考えない方がいい、そうして本当の気持ちを隠して今まで生きて来て」


「ミカ、ミラ……」


 リノアさんも、どこにもやりきれない気持ちがあるのだろう。愛しい我が子に制限の掛かる生活をさせるのはさぞ苦しい事だったろうな。


「だが、もうそんな心配は必要ない。俺が必ず、お前等と共に復讐を完遂させてやる」

「感謝致します、ライト様」リノアさんは深々とお辞儀をした。

 まだ、リノアさんには丁寧語が抜けきらないな。


 矢を取り出す。二十二本か。本当は自分の体で受けたいが、そうすると死にかねないからな……


「ミラ、先にやってくれる?」

「ん? いいの? まぁ、ミカが言うんだったら私は従うよ」


「そういや、ミカとミラはどっちがお姉さんなんだ?」

「勿論この私、ミカ・ソラインですとも!」

「全然お姉ちゃんらしくないんだけどね、子供だし」


 ミラの鋭いツッコミが飛ぶ。

 驚いた。ミカの方が姉だったか……


「こ、子供じゃないもん!」

「そうやって威張る所も子供らしいのよね。可愛い」

「もう、そうやって私を弄らないでよ! 可愛いとか、妹に言われても嬉しくない!」


「じゃ、ライト様。始めましょう」

「うん? ああ」


 ミラと一定の間隔を取って向かい合う。どこからか、「無視しないでよ!」と聞こえた気がした。


 それを横目に、ミカは膨れっ面の様子で木陰に腰を下ろした。


「その様子だと、体術か?」

「ご名答。ちょっと鈍ってるかもしれないけど、本気で行かせて貰うわよ」


 構えるミラからは覇気が漂う。やはり潜在能力の高い魔物の血を引いているからなのだろうか。何も知らずにミラと会っていたら、これが現役だと言っても信じてしまいそうだ。


「間違っても俺を殴ったりするなよ?」

「そんな事する訳ないじゃない」

「はは、冗談だ」


 ミラは恐らく体術が得意だ。だが、いつそんな技術を身に着けたんだろうか。今までの二人の様子から、ミラの戦闘能力も高いと考えられる。奴隷紋を刻まれているようなら、特訓なんてさせて貰えないだろうし、かと言って同じ境遇に立つソライン家の誰かから教えて貰える訳もないし。もしかしたら本能という可能性もある。

 まあ、それは後で訊けばいいか。それより、今は目の前の事に集中だ。


「さあ、どんと来い!」

「では、参ります」


 ミラが走り出す。同時に凝堅を発動させ、空中に矢を投げた。


ゲキ。力の天賦を超越し、逆らえ」


 今の詠唱は何だ……?


 そう思った次に、ミラは矢に触れた。と同時に、矢が俺の真横を銃弾のように突っ切った。

 と言っても、状況が自分でも何が何だか分からない。


「ね、言ったでしょ。殴る訳ないって」

「お、おう……?」


 後ろを振り返ると矢が木をえぐるように刺さっていた。凝堅が解除されると、矢は灰みたいにサラサラになって消えた。


「ミラ、一体これは何だ……!?」

「今の詠唱で分からなかったかしら? 力の天賦を逆行させる。つまり、力の強さを逆転させるのよ」

「……済まない、俺は魔法に関して知識がうとくてな」


 授業を真面目に聞いてなかったからだが……


「そうね、簡単に言えば、弱い力で触れるほど、逆に与える力が大きくなる。その逆も然り、ってとこかしら。そう考えると、私は物理を魔法で補って戦っている感じね」


 成る程、やっと理解した。だが、空気抵抗も考えたら色々扱いの面倒な魔法じゃないか? いや、ミラが触れた時だけその効果が発動する、という条件ならそれもあり得るか。

 弱い力で何とかなるなら復讐も叶いそうだ、と感じるが、体力的な面で見たらかなり厳しいだろう。身体能力が半分になるのは、相当ペナルティがキツい。


「そう言えば、ミラやフェノーが使っていた魔法だが、俺の知る限りでは聞いた事のない系統の魔法だった。何かの応用か?」


 この世には『七源しちげん』という、魔法や発展魔法の根本的な概念があるが、さっきから聞く魔法はそれに当てはまらなかった。

 七源とは、「」「スイ」「フウ」「コウ」「アン」「リョウ」「バツ」からなる魔法の基礎の事だ。金属の針を出す魔法は本当なら存在しない筈だが……


「あれはね、私達が創ったのよ」

「え? 魔法って創れるのか?」

「ええ、少しコツがいるけどね。まぁ、魔法の概念を応用したまでよ。私の知る限り、そう言った魔法学は盛んに研究されていたわ」

「そう、なのか……」


 魔法を創る、か。勿論授業でやった記憶などない。何しろ国からは魔法大全と言う本が発売されている位だ。魔法の種類は「二十一個」と、限りがある筈だが。

 ……魔法が創れるとしたら、奴隷紋の解除は可能じゃないのか? どこまで創造の自由度が高いのか知らないが、それ位の事はできそうだが。


「それ、ミカとリノアが終わったら詳しく聞かせてくれないか。もしかしたら、お前達の手助けになるアイデアが思いつくかもしれない」

「勿論! 本で勉強していたから魔法学は教えられる自信はあるわ。逆に、奴隷生活の中で許された楽しみがそれしかなかった、と言うのが本音かもしれないけど」

「辛かっただろうに……」

「いいのよ。今は打倒ジェルアでしょう? 過去を振り返るなんてもう止めて、今を精一杯生きる、私はそう決めたの」

「ああ、そうだな」


「ライト様、そろそろ私の番?」


 何だか構って欲しそうにミカがこちらに近付いて話しかけた。


「そんなに焦らないでもミカの番は回って来る。じゃあ、やるぞ」

「うん、私頑張る!」


「やっぱり。ミカったら、自分で譲って置いてずっとライト様と話したかったんでしょ?」

「え? 違うよ! こじつけはやめて!」

「そうかな? 顔に出てると思うけど」

「本当に違うもん!」


 ミカは顔を赤らめた。これは、嫌でこうなってるのか、それとも羞恥心なのか……分からん。


「さ、リノアも待たせている。早めに始めよう」

「う、うん」


「私は気長に待っているわ。あなた達の会話は、微笑ましい限りだからね」

「お、お母様……」


 ひどく赤面したミカを見て、俺は何かに感付いたが、考察するのはミカに失礼だろう。この話題は忘れて、力の確認に集中しないとだな__

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