第10話 復讐劇は弓兵と共に

 それから数日間、生活を共にした。俺に本当に悪意がないのか確かめるためであり、また俺自身がレアノについて知りたいと思っていたからだ。

 長男にはまだ口すら訊けて貰っていない。父親であるフェノーと、それ以外には少しなら話せた。信用を得るには、何が必要なのか、俺は生活の中でずっと考えていた。


 前置きが長くなったが、本題はここからだ。レアノはどんな人で、どんな経緯で家出をしたのか。それを訊く為、また家出した時の事を話す為、俺は家族五人を地下一階のリビングに呼んだ。

 ひとまず俺の方から知っている事、曖昧な一週間の記憶を全て伝えた。すると、レアノが家出した時期は俺の会った時と重なるとフェノーは言う。そして、容姿もソライン家と同じだそうだが、現在レアノの消息は不明だ。どこかの街で暮らしているのか、それとも、もう……

 そんなレアノが家出する前は、やはり外での生活を夢見ていたらしい。幾度も家からの脱走を図り、生存戦略を緻密に練るなど、本当に外で生き残ろうとしたようだ。

 そうして、十五年前の夏、その時が訪れた。これがレアノの現状明らかになっている情報だった。それ以外は何も分かっておらず、ミカ達の記憶に残っているのは、優しく、少し自信過剰で温厚なレアノの姿だった。


「レアノとは、いつかまた会えたらいいと思っています。簡単に死ぬ人ではないと分かっているのですが、やはり姉として心配で……」


 リノアは拳を握り締め、俯いて黙り込む。


「捜そうにも、ヒントがまるでない。お前からの話だと、レアノは有名になっている訳でもなさそうだ。それに、この国にいる保証さえもないのだから……」


 フェノーもお手上げで、どうしようもなくなっている様子だ。


「……そもそも、レアノが俺達に見付けて欲しいのかすら分からないだろ」


 長男__フェルノの的確な指摘に、レアノはもう忘れるべきか、そんな行き詰まった考えが出てしまう。だが、ソライン家でも何でもない部外者の俺が口にしていいはずもない。

 俺は沈黙の中、自分の手をただ自信を削ぎながら見つめる事しかできなかった。



 数分が経った。沈黙は相変わらず肩に重くのし掛かり、変に緊張する。


 俺は一方的に話を訊くのは申し訳ないと思い、ソライン家に俺の事を包み隠さず全て話した。アイツとの出会いから、今までの冒険者としての話。そして、追放されるまでの話を。

 この雰囲気の中、さらに重い話をするなんてどうかしていると思うかもしれない。だが、平和な雰囲気に話を戻したとして、それをぶち壊してまで話すよりかは気が楽だと思い、そうした。すると、長男の「フェルノ」を除き、人は俺に深く同情してくれた。


 リノアは言った。


「最初は、ミカを救って頂いたとは言え、人間ですから、半信半疑で迎えました。ですが、今の話を聞き、悪い人ではないと確信しました」

 ミカは「そうだったんですね……こちらの話ばかり押し付けてごめんなさい」と謝罪を述べた。

 フェノーからは「そうだったのか。あんたも、今まで辛かったんだな。見直した」と言葉を貰った。


 本当なら、俺に憎悪の念を抱くはずなのに、数日前とは全く違う対応。この話が嘘である事も否定できない。なのに、疑いもせずに話を聞いてくれた。それは、ミカがこの数日間で家族をずっと説得し、俺がどれだけ安全な人間であるかを身を呈して説明しようとしてくれたからだろう。自室にいた時、たまに怒鳴り声も聞こえたし、何かが割れて壊れる音もしていた。ミカ自身も頬に傷が増えていたり、元気がなさそうな時もあった。本当に、ミカには感謝してもし切れない。


 そうして、俺はレアノを捜す俺とソライン家の目的、ジェルアの非行、今も続く迫害を考えた結果、こんな提案を持ち出した。


「恨みを、晴らしたいと考えた事はないか」

「恨みを、晴らす……?」


 最初に口を開いたのはフェノーだった。


「そう。お前達は何百年も迫害されて、それでもなお平然と静かな暮らしを続けている。どうしてだ? 強くなって復讐したいと思わないのか? 少なからず俺はそう思う」


 そして、復讐に成功したら、レアノの目にもそのニュースが映るだろうという算段だった。


「そ、それは……」


 そこでフェノーの言葉は止まり、他の四人も口を開けずにいた。


「俺だって、少なからずアレン達に何か報復してやりたい気持ちを持っている。お前達の迫害より全然ちっぽけな事でな」

「気持ちは痛い程分かる。だが、俺達にはそれは成し遂げられない。成し遂げたくてもできないんだ」

「何? それはつまり何が言いたいんだ?」

「……」


 フェノーは俺の言葉につっかえていた。代わりにミラが代弁する。


「ライト様、私の掌に紋章があるのが見えますか?」


 言って左手を見せる。そこには青色の魔法陣が彫ってあった。


「これは……確か呪いの一種じゃなかったか?」


 そう訊いたのは、中学の教科書で見た記憶があったからだ。


「そう、これはレアノを含めた私達家族六人全員が持っている呪い。そして、これは世間では奴隷紋と呼ばれる物なんです」


 奴隷紋……そんな物をずっと携えながら生きていたのか。


「だが、確かジェルアが生ませて生き残ったのは三人だけだよな。じゃあフェルノとミラとミカは、どうして」

「強制的にお母様とお父様に子供を持たせたのよ」

「強制的……」


 そうか。元々三人に紋章を残してあるなら、監視下に置かれているであろう実験場から逃げられない。つまり、そのまま生まれた三人にも紋章を……!


「どうして今はこんな所にいるんだ? それならジェルアにいるはずじゃないのか」

「それは……たまたま、ジェルアで大震災が起こって、その隙に私達は不意を突いて逃げ出したのよ」

「……不幸中の幸いか」


 ジェルアはミルド同様、土地の内側にプレートの境目があり、地震が頻繁に起こる。何十年も生きていたのなら、そう言った事もあり得るか。


「そして、奴隷紋の『死』に近い苦しみに耐えながら、逃亡を繰り返した。今は奴隷紋を刻印した本人も亡くなって、奴隷紋の効果は発動されなくなった」


「発動されなくなった……なら奴隷紋が消えても可笑しくない。つまり、まだ何かの効果が残っているのか?」

「その通りよ、ライト様」


 言ったのはリノアだった。


「実は、奴隷紋には刻印するだけで対象の総合的な身体能力を大幅に減少させてしまう効果があるの」

「そ、そんな事が……」

「それも少しじゃなくて、大幅にね。体感、本来ある力の半分が扱えるかどうか……」


 ソライン家の言い分は理解した。奴隷紋の所為で力を失ったから、反抗する力すら残されていないのだろう。


「本当に、それで諦める理由になると思っているのか」

「ええ……十分すぎるほどに」

「半分しか力がないなら、その半分の中で鍛える、それだけじゃないのか」


 五人はその言葉の重みに思わず目を見開いていた。


「最初から無理だと理由を付けて努力しないなんて馬鹿げてる。今平和に暮らせればそれでいいと思っているのか? ジェルアへの恨みはそんな物なのか。今までの数百年間をチャラにしてもいいと思っているのか?」

「俺だってそう思ったさ! 毎日ジェルアの事を思い出しては怒りに震えていた。だが、外はリスクが高過ぎて思い通りに行かなかったんだ!」


「兄様……」ミラは少し驚いているようだった。


 俺も感情に任せて言ってしまった。確かに、それもそうか……今も迫害を受けているのは変わらない。

 だが、迫害されっぱなしで本当に今のソライン家は幸せと言える訳がない。自分達に都合が良くなるように過去を上書きして現実逃避しているだけだ。


「……そもそも、俺はお前達の力量を知らない。まずはそれからじゃないか」

「確かに、人に力を見せた事は一度もない」フェノーは頷く。


「実際、フェノーとフェルノは二人の力だけでこの家を完成させたんだろう? 見た感じ、一般的な民家の内装と全然変わらない」

「そ、それは魔法があってこそで……」

「そうだよ。本当の力があれば一人でも作れた」


「奴隷紋で弱っているのにも関わらず、家を完成させた。しかも地下の家だ。普通はできる事じゃない。自信を持て」

「……分かったよ。今回はライトを信じる。それでいいよな、親父」


 フェルノは案外すぐに同意してくれた。一番説得に時間がかかるだろうと踏んでいたのに、これは予想外だった。フェルノも、さっき言っていたように思う所があったのだろう。


「フェルノ、お前……分かった。俺もライトの意思に従おう」


 フェノー達は準備があるとリビングを離れた。


「さあ、ミカ、ミラ、リノア、選ぶんだ」「え?」「私?」「大丈夫かしら……」


 各々顔を見合わせる。自分達に力はあるのか、と。


「大丈夫だ。君達もフェノーと同じソライン家。仮にも人間と魔物のハーフなんだろう? それに、力を知る分には、別に何も心配はない。もし襲撃者がいたら、俺がきっと対処する」


 いくら家の場所が狩人に知られていなくても、もう何か怪しまれている可能性は高い。深夜、一人の狩人が殺された。しかも、今朝訊けば遺体は埋めてしまったそうだ。狩人の出現率は高くなるだろう。その誰もが、強い敵と金を求めて森へ侵入するのだから。


「そ、それなら、私……ライトを信じるよ」

「じゃあ私も。ミカと私はニコイチだからね」


 ミカ、ミラはそう言って納得してくれた。もしミカが家族への弁解をしていなかったら、こんなに容易に説得などできなかっただろうな。


「二人がそう言うのなら、私もせざるを得ませんね。ライト様、激励のお言葉、感謝申し上げます。その言葉がなければ、私達は一生このような決断はしなかったでしょう」


 言って、リノアも承諾してくれた。

 そうして、俺達はジェルアへの復讐を掲げ、その第一歩を踏み出したのであった__

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