第9話 復讐劇は弓兵と共に

 前置きが長くなったが、本題はここからだ。レアノはどんな人で、どんな経緯で家出をしたのか。それを訊く為、また家出した時の事を話す為、俺は家族五人を地下一階のリビングに呼んだ。


 ひとまず俺の方から知っている事、曖昧な一週間の記憶を全て伝えた。すると、レアノが家出した時期は俺の会った時と重なるとフェノーは言う。

 そして、容姿もソライン家の形質をちゃんと受け継ぎ、白の髪と蒼の瞳を持っているそうだ。


 だが、現在レアノの消息は不明らしい。どこかの街で暮らしているのか、それとも、もう……

 そんなレアノは家出する前は、やはり外の世界で生活する事を夢見ていたらしい。幾度も家からの脱走を図り、生存戦略を緻密に練った上、街へ出てからのやる事リストを纏めるなど、本当に外で生き残ろうとしたようだ。

 そうして、十五年前の夏、その時が訪れた。これがレアノの現状明らかになっている情報だった。

 それ以外は何も分かっておらず、ミカ達の記憶に残っているのは、優しくて少し自信過剰で温厚なレアノの姿だった。


「レアノとは、いつかまた会えたらいいと思っています。そんな簡単に死ぬような人ではないと分かっているのですが、やはり姉として心配で……」


 リノアは拳を握り締め、俯いて黙り込む。


「捜そうにも、ヒントがまるでない。ライト様からの話だと、レアノは有名になっている訳でもなさそうです。それに、この国にいるかと言う保証さえもないのですから……」


 フェノーもお手上げ状態で、どうしようもなくなっている様子だ。


「……そもそも、レアノが俺達に見付けて欲しいのかすら分からないだろ」


 フェルノの的確なダメ出しに、レアノはもう忘れるべきか、そんな行き詰まった考えが出てしまう。

 だが、ソライン家でも何でもない部外者の俺がそんな事口にしていい筈もない。

 俺は沈黙の中、自分の手をただ自信を削ぐように見つめる事しかできなかった。



 数分が経った。沈黙は相変わらずズシリと肩に乗って、変に緊張する。


 俺は一方的に話を訊くのは申し訳ないと思い、ソライン家に俺の事を包み隠さず全て話した。アイツ等の出会いから、今までの全てを。

 あんな雰囲気の中、更に重い話をするなんてどうかしていると思うかもしれないが、平和な雰囲気に話を戻したとして、それをぶち壊してまで話すよりかは気が楽だと思い、そうした。

 すると、五人は俺に深く同情してくれた。

 リノアは言った。


「最初は、ミカを救って頂いたとは言え、人間ですから、半信半疑で迎えました。ですが、今の話を聞き、絶対に悪い人ではないと、確信しました」


 ミカは、「そうだったんだ……こっちの話ばっかり押し付けてごめんなさい」と謝罪を述べた。


 フェノーからは、「そうだったのですか。ライト様も今まで辛かったでしょう。これからはきっと幸福が訪れるでしょう」と涙しながら励ましの言葉を貰った。

 本当なら、俺等人間に憎悪の念を抱く筈なのに。それだけ、俺に気を許してくれたと言う事だろうか。


 そうして、俺は今までの話から考えた事を纏めた。レアノを捜す事、ジェルアの非行、今も続く迫害。

 結果、俺はこんな提案を持ち出した。


「恨みを、晴らしたいと考えた事はないか」

「恨みを、晴らす……?」


 最初に口を開いたのはフェノーだった。


「そう。お前達は何百年も迫害されて、それでもなお平然と静かな暮らしを続けている。どうしてだ? 強くなって復讐したいと思わないのか? 少なからず俺はそう思う」


 そして、復讐に成功したのなら、レアノの目にそのニュースが映るだろうと言う算段だった。


「そ、それは……」


 そこでフェノーの言葉は止まり、他の4人も口を開けずにいた。


「俺だって、少なからずアレン達に何か報復してやりたい気持ちを持っている。お前達の迫害より全然ちっぽけな事でな」

「ライト様。お気持ちは痛い程分かります。ですが、俺達にはそれは成し遂げられない。成し遂げたくてもできないんです……」

「何? それはつまり何が言いたいんだ?」

「……」


 フェノーは俺の言葉につっかえていた。代わりにミラが代弁する。


「ライト様。私の掌に紋章があるの、見える?」言って左手を見せる。


 確かにそこには青色の魔法陣のような物が彫ってあった。


「これ……確か呪いの一種じゃなかったか?」


 そう訊いたのは、中学の教科書で見た記憶があったからだ。


「そう、これはレアノを含めた私達家族六人全員が持っている呪い。そして、これは世間では奴隷紋と呼ばれる物なの」


 奴隷紋……そんな物をずっと携えながら生きていたのか。


「え? でも、確かジェルアが生ませて生き残ったのは三人だけだよな。じゃあフェルノとミラとミカは、どうして」

「……強制的にお母様とお父様に子供を持たせたのよ」

「強制、的……!?」


 そうか、元々レアノとリノアさんとフェノーに紋章を残してあるなら、この三人が監視下に置かれているであろう実験場から逃げれる訳ない。つまりそのまま生まれた三人にも紋章を……!


「だ、だが、どうして今はこんな所にいるんだ? それならジェルアにいる筈じゃないのか」

「それはね……たまたま、ジェルアで大震災が起こって、その隙に私達は不意を突いて逃げ出したのよ」

「……不幸中の幸いか」


 ジェルアは海に面しており、地震が頻繁に起こる。何十年も生きていたのなら、そう言った事もあり得るか。


「それで、奴隷紋の『死』を体験しているような苦しみに耐えながら、逃亡に逃亡を繰り返して、今は奴隷紋を刻印した本人も亡くなって、奴隷紋の効果は発動されなくなったの」


「発動されなくなった……なら奴隷紋が消えても可笑しくないが、残っていると言う事は、まだ何か残っているのか?」

「その通りよ、ライト様」


 言ったのはリノアさんだった。


「実は、奴隷紋には刻印するだけで対象の総合的な身体能力を大幅に減少させてしまう効果があるの」

「そ、そんな事が……」

「それも少しじゃなくて、大幅にね。体感、本来ある筈の力の半分が扱えるかどうか……」


 ソライン家の言い分は理解した。奴隷紋の所為で力を失ったから反抗する力すら残されていない、そう言う事だろう。


「本当に、それで諦める理由になっていると思っているのか」

「で、ですが……」

「半分しか力がないなら、その半分の中で鍛える、それだけじゃないのか」


 五人はその言葉の重みに思わず目を見開いていた。


「最初から無理だと理由を付けて努力しないなんて馬鹿げてるだろ。今平和に暮らせればそれでいいと思っているのか? ジェルアへの恨みはそんな物なのか。今までの数百年間をチャラにしてもいいと思っているのか?」

「俺だってそう思ったさ! 毎日ジェルアの事を思い出しては怒りに震えていた。だが、外はリスクが高過ぎて思うように鍛えようがなかったんだ!」


「兄様……」ミラは少し驚いているようだった。


 今、俺は感情に任せて言ってしまった。確かに、それもそうか……今も迫害を受けているのは変わらない。

 だが、迫害されっぱなしで本当に今のソライン家は幸せと言えるのか? いいや言えない。

 そんなの自分達に都合が良くなるように過去を上書きして現実逃避しているだけだ。


「……そもそも、俺はお前達の力量を知らない。まずはそれからじゃないのか」

「た、確かに、人に力を見せた事は一度もないですね……」フェノーは頷く。


「実際、フェノーとフェルノは2人の力だけでこの家を完成させたんだろう? 見た感じ、一般的な民家の内装と全然変わらない」

「そ、それは魔法があってこそで……」

「そうだよ、なんなら本当の力があれば1人でも作れた」


「おい、弱気になるな。お前達は十分凄い。奴隷紋で弱っているのにも関わらず、家を完成させた。しかも地下の家だ。普通、できる事じゃない。自信を持て!」

「……分かったよ。今回はライトを信じる。それでいいよな、親父」

「フェルノ、お前……分かりました。俺もライト様の意思に従います」


 フェノー達は準備があるとリビングを離れた。


「さあ、ミカ、ミラ、リノアさん。君達も」「え?」「私?」「大丈夫かしら……」


 各々顔を見合わせる。自分達に力はあるのか、と。


「大丈夫だ。君達もフェノーと同じソライン家。仮にも人間と魔物のハーフなんだろう? それに、力を知る分には、別に何も心配はない。もし襲撃者がいたら、俺がきっと対処する」


 いくらここの場所が狩人達に知られていなくても、もう何か怪しまれている可能性は高い。

 深夜、1人の狩人が謎の魔物によって殺された。しかも、今朝訊けば遺体は埋めてしまったと言う。

 狩人の出現率は高くなるだろう。その誰もが、強い敵と金を求めて森へ侵入するのだから。


「そ、それなら、私……ライトを信じるよ」

「じゃあ私も。ミカと私はニコイチだからね」


 ミカ、ミラは納得してくれた。素直でいい子だと感心する。

 もしジェルアのトラウマがあったら、こんなに容易に説得などできなかっただろうな。


「2人がそう言うのなら、私もせざるを得ませんね。ライト様。激励のお言葉、感謝申し上げます。その言葉がなければ、私達は一生このような決断はしなかったでしょう」


 言って、リノアさんも承諾してくれた。


 こうして、俺達はジェルアへの復讐を掲げ、第一歩を踏み出した。

 そして、俺の弓兵としての成り上がる道も、同時に歩むのだった__

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