第8話 六人だけの一族

 ぼうっとしていると、誰かがドアを開けた。どうやらミカが家族を連れて来たようだ。後ろには四人の人影が見える。


「皆、この人がライト様だよ」


 そうやって部屋に入って来たのは、母親と父親と思しき二人と、その長男、恐らくミカの双子であろうミカにそっくりな少女だった。そして、全員が全員、純白の髪で、蒼の瞳を持っていた。

 服装はミカと同じようにボロボロで、いつから使っているのかも分からない程に、汚れて、更には破れている箇所もあった。


「まず、お母様から自己紹介を」


 ミカが言うと母親は「分かっているわ」と一歩前に出て自己紹介を始める。


「私はリノア・ソライン。レアノとは姉妹みたいな関係かしら。そして、この通り、私はあなたと同じ隻眼なの」


 リノアは左目があるであろう箇所を手で覆う。


 まるで鏡写しのような人物に会って、俺は親近感が湧いた。また、こんな事があるんだと感心もした。こういう事を、塞翁が馬、と言うのだろうか。


「この左目はね……いえ、何でもないわ。そんな話をしても気を悪くするだけね。じゃあ私はこれ位にして、次はあなた、お願い」


 恐らくリノアさんも失い方は違えど、俺と同じようにして片目を失ったのだろう。同じ苦しみを共有している人がいると、失なった右目が気になって仕方なかった。

 父親は自己紹介を始める。


「……今紹介に預かりました、フェノー・ソラインです。レアノの件は、後日ゆっくり聞きましょう」


 一族? ソライン家の事か。恐らく、この人はレアノの父親だろう。体つきは逞しく、ただ強そう、という印象を受けた。


 そして、何故か少しの沈黙が流れた。フェノーのあの清々しいような表情、それはつまり……


「親父、それだけなら次とか言ってくれりゃあいいのによ。変な空気流れちまったじゃねぇか」

「まあまあそう怒らないの、兄様。まあ、お父様もお父様で乗り気じゃないのもライト様に失礼ですよ」


 フェノーは「すまない」と一言。余りお喋りなタイプではないのだろう。そして、フェルノと呼ばれた男は、「何でどこの馬の骨かも知らねぇ人間なんかに自己紹介しなきゃなんねぇんだ……」と呟いてから、「フェルノだ」とだけ言って次にパスした。

 フェルノからはどこか後ろめたさを感じた。何か、ソライン家にはあるのか? 自己紹介が面倒、とかではなく、どこか人間に嫌悪感を抱いているような__


「全く、お父様も兄様もミカの恩人への尊敬の念が足りませんよ?」


 二人は目を逸らす。どうやら、大体の主導権はこの子にあるみたいだ。大体雰囲気から察せられた。


「初めまして、ライト様。ミカの双子のミラ・ソラインと申します」


 言ってミラはミカと同じように丁寧にお辞儀した。動作も仕草も、似通っているが、口調が変わるとここまで印象もガラッと変わるんだな。

 ミカは凄く落ち着いた話し方で、自ずと緊張が解けるようだし、ミラは面倒見が良く、俺のような初めて会う人への態度も丁寧。ちゃんとしたお姉さんって感じだ。


「私達の事はこれから知って頂ければいいので、今日は余り話さず、明日までゆっくり休養なさって下さい。では、一同気を付け」


 言うとフェルノ以外、俺の方を向いて気を付けの姿勢になる。


「ミカを救って頂き、本当に有難うございました!!!」


 言って頭を下げた。フェルノも少し遅れて5°位お辞儀する。俺は初めての感覚に戸惑う事しかできなかった。


 リノア、レアノ、フェノー、フェルノ、ミラにミカ……ミラとミカは双子で、フェルノはその兄。リノアとフェノーが夫婦で、三人の生みの親。そして、レアノと言うここにいないもう一人の家族がいて、リノアさんの姉妹、みたいな関係。

 みたい、って事は、実際に血が繋がっているわけじゃないのか。異母姉妹か異父姉妹って所だろう。それなら、祖父母もいたのだろうか。


 そして、夕飯を食べた後、俺は疲れ果てていたのでそのまま寝た。次の日、ミカとフェノーからソライン家について話して貰う事になった。


 まず、ミカがあの場所で狩人に追われていた理由を訊いた。これは単に俺が気になったからだった。

 ミカ曰く、どうやらキノコと薬草の採取に出掛けていたらしく、そこで偶然あの狩人に鉢合わせてしまったようだった。こんな出来事は最近だと本当に久し振りだったらしい。久し振り……


 次になぜミカが追われていたのか、話を聞いた。これはソライン家とは何なのかという疑問に直結する。

 そう言えば、あの時狩人はソライン家の事を知っていた。そして、奴隷と言う単語も口にしていた。それを頭の片隅に置きながらフェノーに訊くと、衝撃の事実が返ってきた。


 ソライン家は迫害を受けて来た一家だから、らしい。それは何故なのかと言うと、少し話は変わる。

 数百年前、ソライン家の直属の祖先であった魔物、箔弧ハクコがいた。泊弧は潜在能力が高く、環境の適応力も高かった。その為、誰の助けを借りるでもなく泊弧達は繁栄し、過去には一つの国さえも持っていたらしい。

 そんな時、箔弧と人間との間に子が生まれた。これがソライン家の始まりだ。実験番号で呼ばれていた為、苗字がなく、後から自分達で決めたと言う。


 そして驚くべき事は、隣国、ジェルアの王が人体実験としてそれを行ったらしい。その為、実験は何度も行われたが、生き残った者はたったの三人だったそうだ。

 人間ではなく、魔物でもない。それぞれの血を半分ずつ受け継いだソライン家への箔弧、人間からの対応は見るに堪えない物で、それは正しく迫害であった。


 魔物は殺されない限り死なないし、老いはするがとても緩やかだ。つまり……言ってしまえば、ミカ達は実際に数十年、数百年もの間迫害を受けて来た。生まれてからずっと表の世界で生きる事を許されず、森の中で誰にも迷惑を掛けないよう静かに生きていたのだった。

 それを話すフェノーの頬には、涙が伝っていた。それもそうだろう。勝手に生まれさせて置いて、その上迫害までしたのだから。

 ……どこか、俺の境遇と似た所がある。誰かに見捨てられる、そんな経緯が。もしかしたら、本能的にそれに感化されて、俺はミカを助けたのかもしれない。

 これを総括すると、フェノー、リノア、レアノは魔物と人間のハーフ。それに加えて異父姉妹、異母姉妹となると……吐き気がする。

 ミカ達はフェノーとリノアから生まれたから、純血となるのだろうか……


 隣国ジェルアは今でも王家の血が続いている。その所為で噂、伝承とやらは残り続けているようだった。ジェルアと言えば、専制政治が有名な所か……

 どうやら、伝説の魔物ソラインとして、狩人へ言い伝えられているそうだ。それもあり、まだ迫害は終わっておらず、昨日のような事態が起こってしまったのだった。謎の魔物って、ミカ達の事だったのだろうか。考えたくもない。


 __ソライン家の歴史について、良く知る事ができた。話から察して、ミカ達は恐らく百年以上生きているのだろう。俺なら死にたくなるような年月なのに、それを耐え抜いて。

 久し振り、と言ったのは、恐らく今までに何度か昨日のような襲撃に遭遇した事がある、という事なんだろう。本当に辛かったと思う。

 それに、多分、リノアさんの左目は、迫害を受けた中で……いや、変な考え事はよせ、それに、リノアさんは気分を悪くすると自ら話す事を避けていたし、俺が考えるべき話題ではない。


 気分を切り替える為に、ここがどこなのか、とミカに訊いてみた。


「ここ? ここは、森の中央にある木の真下! 根っこで空洞になった所を利用した隠れ家なんだ!」

「良く作ったな」

「時間は掛かったけどね。お父様と兄様が頑張ったんだよ」

「そうか。フェノーとフェルノは努力家なんだな」

「そう、かな?」


「ああ、そうだと思う」


 ソライン家とは、これから仲良くできるだろうか……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る