第9話 六人だけの一族
ぼうっとしていると、誰かがドアを開けた。どうやらミカが家族を連れて来たのか?
「待って、まだ安静にしなきゃいけないの!!」
「待つなどできるものか!! 今やらねばならない!!」
声がしたと同時に部屋に入って来たのは、母親と父親と思しき二人と、その長男、恐らくミカの双子であろう少女だった。そして、全員が全員、純白の髪で、蒼の瞳を持っていた。服装はミカと同じくボロボロで、いつから使っているのかも分からないほどに汚れて、破れている箇所もあった。
そして父親は、手に剣を携えていた。今から何が起こるのかは、容易に想像がついた。
「……父のフェノーだ。入って早々だが、今すぐここを出て行くか、今死ぬか選べ」
「ちょ、ちょっとお父様!」
「五月蝿い、私は今どのような心境でここに立っていると思う」
「……」
俺は沈黙していた。そして、自分の行動の重さを今になって理解した。俺に悪意がなくとも、相手はどんな奴かも知らないんだ。娘をさらうと考えるのが普通だ。
「お父様!」
「黙れ!! 今殺さねばコイツが何をしでかすか分かったものじゃない!!」
「話を聞くだけでも」
「人間の話など誰が聞くか! 今殺すべきだ!」
父親は手に持っていた剣を振り翳す。俺は抵抗する術もなく、それを見つめる事しかできなかった。
「止めて!!」
ミカだった。父親の手は後少しの所で止まっていた。
「お前、ミカ、今自分が何をしているのか分かって……」
「お父様がそういう気持ちになるのは凄く分かる。でも少しくらい、猶予を与えるべきだよ。私は、お父様が引くまでここを退かない」
ミカは頑としてそこを動くつもりはないようだった。しかし、長男がそれを否定する。
「これは親父が正しい。おいミカ、人間を信用するなと言ったはずだ。ローブを着て、いかにも怪しそうだ。こんな奴を助けて、何になる? 倒れた時点で放って置けば良かったものを」
長男とおぼしき男が俺を睨む。その視線は緊張で動けなくなるほど冷たく、威圧感があった。
「兄様。でも、この人は私を……」
「追われていた奴から横取りを考えていた可能性は考えなかったのか?」
「うう……」
ミカは今にでも泣きそうな顔をしている。自分の服を両手で握りしめて、溢れそうな涙を必死に堪えている。
「兄様。お父様。事実、この人はミカを助けた。どんな意図であれ、それは変わらないんじゃないかしら? それに、この数相手で、この状態じゃ、この人も手も出せないんじゃないの? 武器の弓はこちらが押収しているから」
双子と思しき少女に言われて気が付いた。弓がなくなっている。今言ったように、押収したのだろう。
父親は思い直したのか、剣を下ろし、長男の方は渋々頷いた。双方、「勝手にしろ」とだけ言ってどこかへドアの向こうへ行ってしまった。ミカは、脱力してその場に座り込む。少し経つと、微かな嗚咽がベッドの側から聞こえて来た。
俺は元より危害を加えるつもりはない。その誤解を解けば、受け入れて貰えるだろうか。しかし、さっきの二人の口調からは、ただ娘の危害を案ずる、などの理由ではなく、どこか人間に嫌悪感を抱いている、そんな理由があるような気がした__
今度は母親が前に出た。
「私はリノア。残念だけど、あなたとはまだ分かり合える気はしない。唐突でしょうけど、私達にはそうするしかないの」
そう言ったリノアは何も言わずに立ち去った。そして、部屋に入って一目見てから気になっていた事がある。それは、彼女が隻眼だった事だ。詳しく言えば左目が見えていない。それを見た俺は、失なった右目が気になって仕方なかった。
すると、もう一人の少女が俺に話しかける。
「こんな形で初対面を過ごしてしまい、申し訳ありません。紹介が遅れました、ミカの双子の妹、ミラと申します。この度は姉を救って下さり、ありがとうございました」
言ってミラはミカ同様、丁寧にお辞儀した。
「私達の事はこれから知って頂ければいいので、今日はあまり話さず、明日までゆっくり休養なさって下さい」
「謝るのは俺の方だ。勝手に関わって、主人を怒らせてしまった。すまない」
それから、俺は疲れ果てていたのでそのまま寝た。次の日、昨日一連の出来事の経緯を説明するため、ミカとミラが部屋に訪れた。
「本当はこんな形で話すつもりはなかったんですけど……」
「仕方のない事だ。そっちにも、きっと色々な事情があるんだろう」
「うん……」
まず、ミカがあの場所で狩人に追われていた理由だ。ミカ曰く、どうやらキノコと薬草の採取に出掛けていたらしく、そこで偶然あの狩人に鉢合わせてしまったようだった。そういえば、狩人はソライン家を知っていた。そして、奴隷という単語を口にしていた。それを頭の片隅に置きながら、ミラに話を伺うと、衝撃の事実が返ってきた。
ソライン家は迫害を受けて来た一家らしいのだった。数百年前、ソライン家の直属の祖先であった魔物、
そんな時、隣国であったジェルアの科学者の手により、箔弧と人間との間に子が生まれた。これがソライン家の始まりだ。実験番号で呼ばれていた為、苗字がなく、後から自分達で決めたそうだ。
そして驚くべきは、密かに行われていた実験ではなく、国直々の命令による物だったという事だ。実験は何度も行われたが、生き残った者はたったの三人だったそうだ。人間ではなく、魔物でもない。それぞれの血を半分ずつ受け継いだソライン家への箔弧、人間からの対応は見るに堪えない物で、それは正しく迫害であった。
魔物は殺されない限り死なないし、老いはするがとても緩やかだ。言ってしまえば、ミカ達は実際に数十年も迫害を受けて来た。表の世界で生きる事を許されず、森の中で誰にも迷惑を掛けないよう静かに生きていたのだった。
それを話すミラは、とても辛そうな顔をしていた。それもそうだろう。勝手に生まれさせて置いて、その上迫害までしたのだから。
……どこか、俺の境遇と似た所がある。誰かが自分を見捨てる、そんな経緯が。もしかしたら、本能的にそれに感化されて、俺はミカを助けたのかもしれない。
隣国ジェルアは今でも王家の血が続いている。その所為で伝承は残り続けているようだった。ジェルアと言えば、専制政治が有名な所だ……
どうやら、今では、伝説の魔物・ソラインとして、狩人の中でのみ伝承が続いているそうだ。つまり、まだ迫害は終わっていなかったから、昨日の事態が起こってしまったのだ。それなら、依頼にあった謎の魔物はミカ達だったのだろうか。考えたくもない。
こうして、俺はソライン家を知る事ができた。話から察して、ミカ達は恐らく百年以上生きているのだろう。俺がソライン家だったなら、自殺を選んでいたかもしれない__
これを考えると、あそこまで人間を拒んでいたのにも説明が付いた。今思えば、父親を除き、言葉だけで留まっていたあの長男と母親は、相当神経が強いのだろう。すぐにでも始末すべき人間が、自分の土俵に上がり込んでいたのだから。
気分を切り替えるために、ここがどこなのか、ミカに訊いてみた。
「ここは、森の中央にある木の真下。根が空洞になった所を利用した隠れ家なんです」
「良く作ったな」
「時間は掛かりましたけど。お父様と兄様が頑張ったんです」
「そうか。努力家なんだな」
「そうですか?」
「ああ、そうだと思う」
ソライン家とは、これから仲良くできるだろうか。
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