第3話 命が残る

 俺は毛皮を抱え、これをどう売り捌こうか考えながら商店街の中を歩いていた。

 候補となる場所は服屋か? コイツの毛皮はかなりふわふわして触り心地は申し分ない。冬着としてこれから必須の素材になりそうだ。それに、カーペットとしても重宝できる。今日は服屋に売りに行くとして、次はカーペットとして売って、どちらが高く買い取るか確かめる。そうして俺は服屋を探した。


「すいませーん! この毛皮を売りたいのですが!」


 店に入るなり、老舗特有の雰囲気と古い木の匂いがした。当たりか、と思っていると、店の奥の方から「少々お待ち下さーい」と言われ、しばし待つ事三分。眼鏡を掛けた女性店員が顔を出した。


「いらっしゃいませ〜。売りたい毛皮はそちらですか?」

「はい」


 カウンターに向かって渡した。女性店員は、神妙な面持ちで奥の方へ入っていった。高く売れたならそれがいいが、どうだろうか。そこの森で狩った魔物だという事を考えると、期待はしない方がいいだろう。

 二十分弱が経った所で、女性店員は戻って来た。妙にニヤけているのは俺の気の所為だろうか。


「お兄さんお兄さん! これ、シルバーヘブンのじゃないですか? そうですよね絶対!」


 ああ、と返す。すると、その人は明らかに興奮した様子で熱弁を開始した。


「シルバーヘブンはとても素早く、まず凡の狩人にはその姿を見る事すらできないと言われています。そして、仕留められるのはごく一部の超ベテランのみ。つまり、その若さでシルバーヘブンを倒せるのは、超が十個くらい付くぐらい凄いんです!!」


 店員は目を見開いて、明らかに興奮している様子だった。


「そう、ですね」


 狩るのが難しい割には、意外とあっさり倒せたと思う。動きは今まで相対してきた魔物と同等のスピードで、速いという訳でもない。いや、そもそもこの毛皮はシル

ーヘブンの物じゃない。きっと店員さんの見間違いだ。


「高騰している理由はまだあるんです!」

「他にもあるんですか」


 言いながら、俺は店内を一度見回した。どうやらこの店は由緒あるようで、古びた家族写真も飾ってある。かなりの老舗だと判断して間違いはないだろう。


「どちらかと言えばこっちが高騰している理由です。それは、毛皮の質感と汎用性の高さにあります!」

「質感と汎用性?」


 店員は大きく頷いて話を続ける。


「まず、シルバーヘブンの毛皮は触り心地が良く、一般的には衣服やカーペットに使います。王宮なんかでも使われているんですよ」

「高級な物なんですね」

「はい。そして、なんと薬にまで使われているんですよ! 特に栄養失調や抗がん剤として使われています。ですが……」

「ですが?」

「最近は狩人の方の減少が激しく、この国でシルバーヘブンを狩れるのは二十人ほどしか見受けられません。シルバーヘブンはミルドを含む北半球にしか生息していなかったり、さっき言ったように汎用性が高く、とてつもない需要があるので、南半球で資源不足が相次いでいるんです」


 店員は不安そうに俯いた。もしこの状況が続けば、物価の上昇に伴い、国同士の不満が露呈するようになる。最悪戦争に繋がるのかもしれない。事態は、かなり深刻だ。

 店員は続けた。


「代替できるものがあればいいんですが、不幸な事にシルバーヘブンだけが頼りなようで……最近、森から外国人の死体が沢山見つかったり、街で暴動が起こったり……対策として、国外でシルバーヘブンを繁殖させる試みもあったようですが、失敗に終わっているみたいです」


 店員の熱弁に俺は感心した。このまま国際問題について話すのも悪くないが、今はそれよりも金を手に入れたかった。


「じゃあ、これはいくらになるでしょうか?」

「そうですね、状態は見た所決していいとは言えないのですが、それでも低く見積もって金貨二、いや三枚ですね!」

「き、金貨三枚!?」


 銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨百枚でやっと金貨一枚だから、金貨三枚っというのは銅貨一枚の三万倍の価値だ。つまり、俺の持ち金が三千倍になるのか!? シルバーヘブンについては多少なりとも知っていたが、ここまで高価だとは思いもしなかった。


「低く見積もってですよ。恐らく金貨五枚が妥当な所でしょう。どうします? 買い取りますk」

「お願いします!!!」


 俺は即決した。これ以上金を持ったら変に緊張して外を歩けなくなるし、今は金貨一枚でも十分すぎる収入だったからだ。そうして領収書にサインし、袋に入った金貨を丁重に受け取った。終始、俺が空気の弓兵であるとはバレなかったな、と思いつつ店から出た。そして、この時には、カーペットの材料として売る事をすっかり忘れていた。

 何とか平然を装いつつ、矢を調達する為、街を歩いて武器屋を探した。早く見つからないかと思いを募らせていた時、誰かと肩がぶつかった。俺は謝ろうと相手の顔を見る。そして血の気が引くのが分かった。


「ん? あれ良く見たら無能な弓兵じゃーん」

「お前、とうとうスリにでも手を出し始めたのか?」


 アレン達だった。どうしてこんな所に? ざわつく人目を気にしたアレンは俺を路地裏まで連れ、俺を壁に安々と放り投げる。力のない俺は抵抗できなかった。


「さて、この行動にどうケリを付けようか」


 アレンは指の関節を鳴らし、ぐったりした俺に近付く。


「ライト最低だね。元仲間に手出すとか最低じゃん」

「俺を仲間じゃないと決めつけたのはお前達じゃないか。イレナ……」


 頭が重くてフラフラする。壁に手を付いて立ち上がった。


「は? 私の名前を気安く呼んでんじゃないわよ、この外道」


 アレンの重い蹴りが腹に入る。身体が言う事を聞かずに俺は膝をついた。苦しくて咳き込む。アレンは、ただひたすらに俺に正義を振り翳す。酷く、歪んだ正義だった。


「はい外道! 外道!」サラのコールが聞こえる。


 思わず舌打ちするとアレンが胸倉を掴んで顔面を殴って来た。詳しく言うと、俺のだった。精神が狂いそうになる。そうか、俺が加害者なんだな。

 すると、イレナの後ろに隠れる一人の少女が見えた。俺の代わりなんだろう。意識が飛びそうになる中、新入りの話が耳に入った。


「先輩だから少しは親しくしてみようかと慈悲を零しましたが、まさかここまでだとは予想外でした、ライト先輩。いや、こんな有様じゃあ先輩とも呼べないですね」


 新入りと思われた少女は不敵な笑みを浮かべる。そのゴミを見下げる眼差しと、明らかに俺への対応と対比させた敬語に俺の腹の底は沸々と煮え滾る音を立てていた。

 実際は、怒りを覚える隙すら与える事なくアレンの暴行は続いていた。何度も何度も打たれる内に、何かの感情を覚える事もなくなっていった。だが、太ももを蹴ったその時にアレンの蹴りは止まった。俺は終わったか、と思ったが、それからが地獄の始まりだった。


「んだこれ?」と言って何かを拾い上げる。俺は既に戦慄していた。


 金を、奪われた。俺が金貨を入れたのは左ポケット。アレンの方に向いていたのは左半身だ。その袋には俺が元々持っていた銅貨も入っている。動け! それだけは絶対に奪われてはならない! それが、俺の全てなのに……!!! 満身創痍のこの身体は、瞬きすらままならなかった。


「金? 金貨が五枚だと? おい、これをどこで手に入れやがった」


 俺は答えない。答えようとしたが答えれなかった。


「おいどこで手に入れたっつってんだよ!!!」


 またアレンは蹴り始める。さっきよりも強く、重く、殺意が籠っている。この暴行に終わりはあるのだろうか。今、この瞬間が永遠に続きそうで、しかも逃げ道すら俺には残されていない。

 賑やかな商店街から隔離され、暴力だけが静かな住宅街に染み込む。血の色で染まったこの道も、いつかは何も知らない人が何も気付かず通り過ぎるのだろう。これが、弱者が人に埋もれて救いの手すら差し伸べられない理由なんだろうか。


 意識が、不安定だ。早く、早くこの地獄から、抜け出したい__

 死んでしまえば、そのまま楽になれたのに。相変わらずしぶとさだけは一人前。起きた時には、袋ごと金は奪われていた。それに、稲妻がなくなっていた。弓兵としての生き甲斐を奪われた……?

 察しが付いた時、俺は、弱々しく地面を殴り、レンガの隙間に生える雑草に水やりをする事しかできなかった。

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