第2話 狩り
鬱陶しい朝日で目が覚めた。眩しすぎて目が痛い。昨日と違って雲一つない「晴天」が、暗い顔をしているであろう「俺」と対比して存在する。そっと掌でこの目から太陽を抹消した。
晴天にも関わらず気分が落ち込んだ中、何をするかも考えずにベンチから立ち上がる。その時、首に激痛が走った。朝まで同じ姿勢で寝ていれば、寝違えるのは当然の結末だった。
目が痛い、寝違えた、追放されて無職。朝から生きた心地のしない気分だ。不幸中の幸いか、寝た後に雨は止んだようで、病気に罹ってはないようだった。それより、バイトの面接にでも行かなければ、餓死する一方だ。
「だが、職場を探すには、どうすれば……?」
生まれてこの方、弓道に人生の全てを捧げてきた。弓道以外は、全て切り捨ててきた。
高校に入学した頃、両親が早死にした。それからアレンに誘われた事もあり、身を乗り出した冒険者だったが、高校生が命を賭すような依頼を受けられるはずもなく、昔は大して稼げなかった。それからすぐに高校の学費が払えなくて中退した。その後、俺は弓道の師範に居候を頼み込み、冒険者をしながら、道場で修行をしてきた。
弓で生きてきた俺ができる事は、弓を活かせる職業だ。それを探してみて駄目だった時に事務だろう。最終手段を最初に選んでどうする。俺がやるべきは真面目に働く事じゃなくていい。お金を稼いで生活できればそれでいい。
そうだ、ギルドに登録しない冒険者になればいいんだ。そうすれば、弓は引き放題だし、難易度制限がないから自由に魔物を倒してドロップ品で稼げる。しかも、魔物のドロップ品の買い手はどこにでもいる。法律でそんな規制もない。どうしてこんな事にも気付かなかった? とは言ったが、昨日は少し気が動転していたから、少し考えに疎くなっていたのは納得できる。
「……森に行くか」
この中央街から東に行くと、そこには名を付ける事が禁忌とされる大森林がある。それは、我が国『ミルド』の国境線を担う。北東から南西までを広くカバーし、他国の侵入を阻み、またこちらの軍の進行を遮って存在する。
森に向かっている途中、俺は今、一端の弓兵として何ができるか__どう《成り上がれるか》を考えた。
俺の持ち合わせるスキルは四つある。それぞれ「一閃」「
「一閃」は矢を放つ速度の上昇。
「凝堅」は弓矢の強度の上昇。
「速射」は矢を射つ効率の上昇。
「収納」は弓矢を四次元空間に仕舞える。
つまり、これらは完全に俺の実力に依存したスキルだと言える。使い方によっては、全く役に立たないし、巧みに使えば相手を倒す決定打となる。また、一閃を使うと、矢が白く発光する。これは、スキルを発動するエネルギーを蓄えているからだ。
アレン達と魔物討伐に行った時は、これらが何の役にも立たなかった。最初の頃はまだアレン達と協力して魔物討伐に挑んでいたから、俺もそれなりに貢献できていた。だが、三人が急激に成長したあの日以降、俺は足手纏いとなった。
約一年前、とある迷宮の探索に行った時だ。迷宮の主を倒し、宝物庫へ足を踏み入れた俺達は、三つの宝玉を発見した。それぞれ「力」「知恵」「治癒」の宝玉と名付けられ、初めて手にした者に祝福を宿すと言う。運悪く、俺がその宝玉を自分の物とする事はなかった。それからアレン達は明らかに俺を避け始め、使えない《お荷物》として接してくるようになった。時には戦闘に参加したのに関わらず、報酬金は渡されなかった。例え俺が攻撃で隙を作ったとしても、アレン達は俺の行動を邪魔扱いした。それは単なる嫌がらせの範疇を超えていた。だから、俺はそれから役に立とうという考えもしなくなった。結果が分かっているからこそ言えるが、俺はあのパーティーから抜けて正解だったのかもしれない。
そんな事を考えながら、商店街に蔓延る人々を掻き分け突き進んだ。様々な店を横目に歩いていると、気が付けば森に着いていた。夏も終わりを迎えるのに、木々は相変わらず鬱蒼としている。俺は今から命を投げ出す。そう思って、薄暗い闇の中へと足を踏み入れた。
俺が携えている矢はたったの十七本。魔法で数が増えたりしないから、全て一発勝負だ。矢はなるべくリサイクルしたいから、矢を傷付けず、敵を倒さなければならない。そうやって周囲を警戒しつつ森の中を進んでいると、いきなり魔物の気配を感じた。
俺は直ぐに左手に持っていた弓を持ち替え、右手で収納にある矢から一本取り出し、構えた。鏃は殺意に満ちている。集中し、微かな動きも見落としてはならない。位置は気配でそれなりに掴んだ。後は矢を放つだけ。射法八節なんぞ知ったこっちゃないが、それでも俺は弓を引いてきた。じっと森を睨み付ける。相手も警戒して簡単には出てこないが、留まっている訳もない。襲われる前に襲ってしまえ。
「スキル・一閃」
俺は弓を構え、発光する矢を引いた。そして、右手を離した。矢の刺さる鈍い音と金切り声が俺の耳を
「シルバーヘブンか」
シルバーヘブン。ミルドを含む北半球に生息する魔物だ。討伐ランクはB+。都市に大きな被害を出す可能性のある魔物だ。
どこか狼に近い見た目だが、体の大きさが俺かそれ以上に大きい。ただ、ぐったりして今にも生命の緒が切れてしまいそうだ。殺そうとしている奴の台詞では決してないのだが、できるだけ慈悲を持ってして、最期を迎えさせよう。
感触すら感じさせないよう、しっかり脳へ矢を射ってトドメを刺した。心肺停止を確認する。死後硬直が始まってしまう前に血抜きは済ませるか。思って二本の矢を引き抜いた。赤黒く染まった鏃は怨念が籠っているようで、血が垂れる様子は何とも気味が悪かった。直ぐに血を振り払って収納に仕舞った。
静かに横たわる死体を見下ろす。このまま放置しても金は増えないし、食えそうな肉すら手に入らない。そうして皮剥を開始した。大切な矢を一本折り、服の上から鏃を手に持ち、そっと狼の腹に皮だけを剥ぐよう薄く、切り込みを入れた。失敗は許されなかったから緊張したが、血は出ていないし、何とかできそうだった。
水魔法を使いながら少しずつ冷やし、腐敗しないよう気を付けながら丁寧に剥ぎ取る事一、二時間、ついに全ての皮が剥ぎ終わった。残った肉は丸焼きで昼ご飯にして食べたが、美味いとまでは行かなかった。流石に全て食べ切るのは無理なので、残った部分は土に還した。
こんなにも簡単に魔物が見付かって、肉も沢山食えたのは本当に運が良かった。ただ、自分の立ち位置がマイナスである事に変わりはない。皮を手に抱えるが、前が見えなくなって足がふらついた。これを商店街へ持って行って売ればきっと金になる。銀貨一枚程度にはなるだろう。いや、なってくれ。
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