始まり
第1話 追放
「魔法あるからさw新しい魔導士呼ぶ事にしたわ。ぶっちゃけお前必要ないんだよね」
勇者アレンは、ニタニタと勇者らしからぬ笑みを浮かべている。
「魔導士は詠唱するだけで範囲攻撃できんだよ。なのにお前と来たらその安物の弓でチマチマ矢引っ張って離してるだけだろ? スキルも役に立たねぇしよ。はっきり言って、《お荷物》なんだわ」
「今まで、アンタは戦闘に参加せずとも、報酬を横取りして来た。今のアンタに勇者パーティーを名乗る資格はない。悪いけど、アレンの邪魔をする人を仲間とは呼べない」
言って、イレナは冷たい視線を俺に向けた。その言葉から同情は微塵も感じられず、一方的観測に基づいた発言には、俺からすれば悪意が見え透いていた。
「邪魔をしただと? 俺が? それに、戦闘に参加していない? こんな時に冗談だなんて、程々にしてくれないか。逆に、お前らが俺の邪魔をしていたんじゃないか」
それを耳にしたイレナは、手に負えないと判断したような、侮蔑の目を俺に向けた。慈悲は見受けられない。俺はここで、理不尽について、再度理解をした。
「呆れた。自分が犯した過ちを、そう自信満々に否定するなんて。もう、最低限の尊厳すらアンタには必要ないみたい。さっさとここから失せて」
イレナは聞く耳を持たなかった。勇者という称号を手にしただけで、アレンという男は崇拝された。彼が何をしようと__勇者が何をしようと、それに伏す輩は明らかに存在する過ちに目もくれない。俺には、それが洗脳に見えた。
「しかもそれで勇者の補佐役気取ってるんでしょ? いや、ないわ。人間として。良く六年間も耐えたよ、アタシ達。まずはそれを讃えるべきなんじゃないの?」
サラも、イレナと同様に勇者の操り人形になっていた。しかし、この状況で俺も神経質になっているのか、怒りが限界を迎えようとしていた。……だが、何も言い返せない事に気付いた。いや、言い返す気にすらなれなかった。慈悲とか、言い訳とか、話し合いをする価値すらないように見えたからだ。その時はもう既に、味方として見る事に吐き気を催した。やるせない気持ちに拳に力が入る。それにアレンが反応した。
「ん? 何だよ、悔しいのか? 大して努力もしてない癖に、お前の悔し顔はプロも顔負けだな。サラにも、イレナにも敵わないお前が、ここでやってける訳がないんだよ」
アレンは俺の顔を一瞥し、鼻で笑った。
__魔物討伐中での出来事だった。アレンが両手剣を敵に振り翳した瞬間、剣が手から抜けた。そして、放物線を描いた先には弓を構える俺がいた。俺は間一髪で避けたが、運悪く右目に剣がカスった。そうして、今は左目だけを頼りに生きている。
偶然の出来事だったのか、それは考えないようにしている。必ず自制心を失うと理解しているからだ。これは偶然の重なりが生んでしまったのだと、そう決めつけている。
「ああ、こんな場所ウンザリだ。必要ない? こっちから願い下げだ」
「そういうのいいから、早く出てって来んない? この後アンタの脱退記念で飲む予定なんだから」
サラは今にも笑いを堪えていた。その人間未満の言動に、俺は思わず舌打ちをしそうになった。だが、それよりも、今すぐ視界からこの三人を消し去りたかった。そんな憎しみを含んだ怒りを振り払う為、そそくさとドアに向かった。その時だった。
「おい、金と装備は置いてけよ? それ誰が買ったと思ってんの?」
アレンが俺に、そう指図した。
「ああ……分かった。分かったよ」
八つ当たりするようにアレンの前に指示された物を置いた。自腹で買った弓矢が残っているのなら、些細な物だ。
「今までご苦労さん。これからは惨めな生活を送るといいぜ?」
「アレンひどいじゃーん。これじゃあライトの奴__」
「俺がいなくなってから話せよ」
その言葉を最後に部屋から出てドアを叩くように閉めた。もう三人の言葉など耳に入れたくなかった。
土砂降りの雨が俺の身体に刺す。そんな事は気にも留めず、王都の中心街へ早歩きで向かった。今はただアジトから一刻も早く離れたかった__
アレン達に出会ってから六年。最初、アレンは弓の実力を買って俺を冒険者に誘った。理由はたまたまアレンの同級生に俺がいて、たまたま俺が弓道をしていて強そうだったからという適当なものだった。
昔、アレン達はずば抜けて強い訳ではなかった。だが、時が経つに連れて三人は成長を重ね、今では勇者パーティーと言われる程有名になっていた。
しかし、その中で一人だけ部外者と呼ばれている男がいる。空気の弓兵「ライト・ライオット」。正しく俺だ。
弓兵は前線では戦わない。俺もその範疇にいて、アレンの補佐に徹していた。だから、俺は一人で成果を上げた事が一度もなかった。スキルは幾つか持っているが、魔法を上手く扱えない。問題なく使えるのは、火と、適正のある水の魔法だけだった。
弓しか能のない俺がいずれここを去る事は分かっていた。それに、その新しい魔導士とやらは俺よりよっぽど強い奴なんだろう。アレンの判断は正しかったのだろうと自虐するが気分は浮かばれない。世間からの目は冷たく、勇者パーティーの内俺を除いた全員が俺を邪魔者として扱っていた。
この世界には、ギルドと呼ばれる空想染みた便利屋が存在する。そこで冒険者となれば、金は稼げるし、飯は売ってるしで、そこに行けば現実逃避もできそうだ。だが、無能と呼ばれる俺には生活費を稼ぐ力もないだろう。
今、手元にあるのはこっそり隠し通した銅貨十枚と自腹で買った弓矢だけ。これじゃあリンゴ一個買ってしまったらそれで俺の人生に幕を閉じざるを得ない。そんな絶望的な状況。地位を奪われ、金も、仲間も、弓矢以外何もかも俺には残っちゃいない。これから俺は死ぬ運命なのか? それとも、抗えるのか?
意味のない思考をすると、どうしても目を覆い、叫びたくなる。そんな気持ちを抑え、中央街に向かっていた。
胸が締め付けられるような思いの中、中心街に着いた。噴水近くのベンチに座り込み、隣に俺の宝である弓をそっと置いた。ベンチに座った時、心が虚空になった。思考を放棄したくなったが、思考を放棄したいと思考する度、呼吸が早まって苦しかった。現実逃避の意味も兼ねて、噴水に隣接された時計を見ると、七時前を指していた。まだ人はちらほら見当たる。人はいるが、今、ここには俺の味方は誰一人としていない。もはや、この国さえも味方ではない。
腹が減った。だが、この一枚のみの銅貨を、一時の空腹を満たすために使うのは愚行だ。我慢する他ない。だが、明日から金を稼がねばならない。お荷物だとしても、金銭泥棒だとしても。腐っても元勇者パーティだ。敵を穿つ力は培ってきたつもりだったが、頭から三人の言葉が離れなかった。
泊まれる宿もなく、頼れる人もいない。俺はその日、野宿をした。雨に打たれ風に吹かれ、とても快眠できる夜ではなかったが、起きて思考を重ねるよりまだ良かった。明日の事は明日の自分に任せる、そうやって少しでも前向きに生きれたら、少しは幸せになると願って__
◇◇◇◇
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