第52話 道化の根性

 吸うように刃先から出る液体を搾り、焦るように舐め取る。


『んァ……っそ、そこは。こ、これ。もっと、もっと優しくせぬか……はぁ、はぁ』


「変な声を出さないでいただけますかねぇ!?」


 太刀にむしゃぶりつく俺。

 響き渡るあえぎ声。

 なんか特殊でやばいプレイみたいだろうが!!


「く……っ。もう、もういい!! 君たちみたいな異常者とは関わらない方がいいんだ!!」


 異常な光景を目の当たりにしていた隻腕の鬼女は、どん引きして後ずさりをする。

 ……妖魔に異常者と言われる俺って一体。


 ――とはいえ。


「逃がす訳、ねえだろ」


「――は!? は、離せ変態痴漢変質者!!」


 逃げ去ろうとする鬼女の脚を全力で掴む。せっかく体力が回復してきているんだ。

 みんなの勝利条件、きっちり掴ませてもらおうじゃねえか。

 そうしないとな。

 うちのお姫様達は心から笑えねぇんだよ。


 俺はあの子達に笑って欲しいんだ。

 だから、変態でも変質者でも道化でも何者にでもなってやろうじゃねぇか!!


「やす、つな……」


「薄緑? 眼を覚ましたのか!」


「もう、いいんだよ? もう、無理しないで……私は」


「お気遣いありがとう。――でも違うだろうよ、お姫さん」


「……え?」


「こういうとき上に立つ人間は、下の人間のやる気に対してこう言うべきだ。――最後まで成し遂げろってな。ただ優しいだけじゃ、人の上には立てない。何も成し遂げられないんだよ」


「安綱……。――うん、わかった。じゃ、勝って。無事に、勝って!」


「任せろォオオオオオオオオオオッ!!」


「茶番はいいから、離してよ! なんだがその液体ぴりぴりして力が入らないんだよ!!」


 ぶんぶんと脚を振り回している鬼女だが、俺の手をふりほどけない。

 どうやら、手に付いた雫エキスが地味に妖魔の力を吸収しているらしい。


「義兄さん……勝って、また、一緒に家に帰りましょう」


「長光っ!」


「一人だけ、勝手に自爆なんて都合の良いことは、許しません。もし、そんなことしたら――私は一生をかけて義兄さんを、義兄さんの魂を元通りにする術を探します」


「そう言ってくれるのは嬉しいんだが……。お兄ちゃん、ちょっと長光さんのヤンデレっぷりが心配になってきたよ」


 普段クールで情熱性を秘めていたと思っていた義妹が、掘り下げてみるとちょっと病んでいた。


 うん、ちょっと笑えませんね。

 何せ、病院職員の女性は概ね病んでいて、男性にトラウマを植え付けるのが得意だからな。


 俺もその影響で、心に深い傷を負っている。


「失礼ですね。私は病んでいません。早く、勝って終わらせて下さい!」


「そうは簡単に言うけど、ね」


 雫エキスをしゃぶりとっているおかげで力は徐々に回復してきた。

 それでも、まだ。

 動くのに十全とはとても言えない。


「ちっくしょう!!」


「ぐあッ……!?」


 鬼女は俺が掴んでいる脚とは反対側の脚でサッカーボールキックをかましてきやがった。

 口腔内は咥えていた雫の刃でずたずたに切れて出血してきている。


 遠く、というほどではない。

 だが脚から手は離れ、蹴り飛ばされ距離が出来てしまった。


 ――逃げられる?


「くそ、力が、脚に力が……!!」


 俺が掴んでいた方の脚からは障気が晴れ、引きずりながら動いている。


「――まだ、間に合う!!」


 口にくわえていた刃先を放し、右手の柄を掴む。

 地面を砂利を握り絞め、なんとか立ち上がろうと片膝をつき――支えきれずまた倒れ伏してしまう。


「くっそぉ……立てねぇ。ここで、ここで立てねぇでどんすんだよ、俺……!!」


 悔しい。

 悔しい悔しい悔しい!!


『何をしておる、安綱!? 気合いを入れぬか!!』


「うるせぇ! 今、注入してるところだよ……男はな、いざって時には意地とプライドと見栄と気合いの四本足で立つ生き物なんだよ!!」


 そして、もう一度チャレンジして、


「ご、ぼぉ――ハッ!!」


 吐血した。

 どうやら、損傷した臓器は完全には修復されていないらしい。


「負けないで! 義兄さん!!」


「たって、安綱……!!」


 祈るような瞳に涙を目一杯溜めながら、二人は俺に声援を送ってくれる。


 女の子になんて顔をさせてんだよ、俺は……!!

 泣かせてんじゃねぇよ……!!





―――――――――――

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