第51話 涙?

「この結界は、一霊四魂いちれいしこんを源に作っている。つまり、術者の霊魂れいこんを天と繋げる。直霊じきれいと四つの魂を生け贄に捧げると、真の力を発動する」


「な、なに、それ……?」


『――人は皆、内神うちがみを宿している。自分自身も魂を通して根源神こんげんしんである外神様そとがみさまと繋がっている。そして、この術は外神様との繋がりを利用し、自身の魂を無理矢理に神の御力の領域に突入させる。人のことわりたましい円環えんかんを外れた……真の外法げほうだ』


「つまり、だ。俺が死ねば、俺の霊魂が永久えいきゅうにこいつらを護る強力な結界になるってことだ。文字通り自分自身の命を捧げて、絶大な力を持つ根源神様こんげんしんさまの御力を借りることができるらしい」


『なんと愚かな事を……!! そなたはこの力が真に発動した時、自分がどうなるのかわかっているのか!? そなたの魂は、悠久に痛みを伴いながら彷徨さまよい続けることとなるのだぞ!! この世界の、根源神様のあらゆる加護を失った先に待つのは、終わりのない苦しみだけじゃっ!!』


「雫、俺は賢くないからさ、先のことなんて考えてられないよ。頭が良ければ今頃は医者になってる。今を生きることだけで精一杯でさ――迷惑をかけて、ごめんな」


『この、たわけものが……っ』


 雫の刀身から水が染み出してきて、地面を濡らす。

 刀身に血が付いているわけでもないのに。


「なんだ、おもらしか?」


『違う!! そなたは、そなたは……絶対に不幸にさせない、幸せにすると、此方は誓ったというに……!!』


「なんだそれ? 俺の記憶にはないな。でも、悪いが俺は不幸じゃないよ。今は、ね」


『この、おおたわけものが……っ』


 嘆き、悲しむように雫が声を絞り出す。


「なんだよ、それ」


 鬼女が、俯きぶるぶると震えている。

 右手の爪は握り絞めながら肉に食い込み、ぽたぽたと血をだしている。


「なんだよ、それ!! それじゃ、君を殺したらぼくは誰も連れて帰れないじゃないか!?」


「ああ、そして、もし無理矢理誰かを連れ去ろうとしたら、俺は自害する」


「ッ!!」


 鬼女が更に息を飲み、事態を把握していく。


「それじゃあ、ぼくには何も得がない!! 君も殺せなければ、誰一人として連れ帰ることもできない!!」


「ああ、残念だったな。――徒労とろう、だったな」


「――ッ!!」 


 ――ドッ!!


 怒り狂った鬼女が、俺の腹に蹴りを入れてきた。

 筋肉や臓器を打ち付ける鈍い音が、静かな夜の川に木霊する。


「ぐっ……」


「そうだ、そうだそうだそうだ! 死なない程度に君を、痛めつける!! 少しでも、少しでも気張らしをしてやるよ!! クソがっ! クソがっ!!」


「ぐ、あ……ッ」


 何度も、何度も腹を蹴られる。

 先ほどの攻撃で内蔵にダメージを負った部分に、更にダメージが重なる。


『安綱。今から、此方も覚悟を決めよう。此方から出ている加護液かごえきを口から飲めっ!』


「……お前のエキスを、俺の口から飲めって? とんだ変態だな」


『そうじゃ! 変態じゃ! そなたはそれぐらい巫山戯ふざけたほうが良い!! 何を真面目に闘おうとしているのじゃ!! 何を真面目に死のうとしておるのじゃ!! そなたは、真剣に不真面目を貫いて生きよ!! 無理にでも笑え!!――誰かを笑わせたいなら、誰よりも笑う道化どうけになれ!!』


 無茶なことを言う。

 でも、嗚咽おえつを漏らしながら鼻声で叫ぶ声。

 本当は俺のことを凄く心配してくれていることが良く伝わる。

 だから俺も冗談で返答して、なんとか笑わせたくなってしまう。


 確かに雫の言う通りだ。

 俺はこの世界で生きる機会を得た際に、こう思ったはずだ。

 

『この機会を、全力で楽しんでやる』と。


 もう、希望も救いもない灰色の日々は嫌だ。

 美しい色に満ちた世界で笑顔に包まれたい。


 活きるために、生きる。

 ――活きていない生。

 そんな日常には、もう戻りたくない!!


「飲んでやるよ、雫エキスをゴクゴクとっ!」


 薄皮が多少切れようが構わない。

 刀身を掴み、刃先を直接口内に突っ込み、雫からしみ出てくる液体を嚥下していった。


「……痛みが、楽になる? 力も……!!」


 少しずつだが痛みは収まり、自らの身体が軽くなってくるのを感じる。


 これは、凄い。

 雫のエキスをもっと貰えば、もしかしたら――まだ、まだ戦える!!



―――――――――――

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