第50話 禁呪

「昨日まで、朝まで笑ってた人が、その家族が……!! 苦しみに悲しみに泣く姿なんて、もう視たくない……。俺は、笑顔が好きなんだよ……っ」


 昨日まで一緒に笑いながらリハビリをしていた患者さん。

 見守っていた家族。

 死別という差し迫った事実に涙し、延命処置に苦しみ。


 最後には……もう殺してくれと頼み込んでくる患者さんの姿が蘇ってくる。


 何人も、何人も何人も何人も!……看てきた。

 繰り返してきた。

 仲良くなっては、亡くなって。

 一緒に笑ってた時とは、全く違う顔になって……!!

 この世界の義父さんも、義母さんもあんな顔をするのか? 


 光世も、国行も、金平も。

 長光が、薄緑が……あんな悲しそうで切ない表情をする?


 嫌だッ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!!

 笑って欲しい!

 どんな滑稽なこともする!

 馬鹿も言う!!

 身体も張る!!


 だから、大切な人の笑顔だけ!

 それを見る権利だけは、譲れない譲りたくない……!!


 俺から最後の生き甲斐を、たった一つだけ残った生きる意味を、奪わないでくれ……!!

 俺の最大のエゴをつらぬかせてくれ……。


「あ、ああ…….情けない! なんで、なんで俺は、いつもいつもいつもいつも!! 自分の理想も、守りたい人も!! 何も、何一つ成し遂げられはしない……! 何が努力家だ!! 何が頑張っているだ! 結果が伴わなくて、そんなものに何の意味があるっていうんだ!!」


 この世界に来て新たな環境に身を置いて、変わったと思った。

 変わりたいと思って努力してきた。


 その努力量は、魂をすり減らす鍛錬はッ!

 神でさえ畏敬の念を抱くと言ってくれた。


 なのに、俺は変われなかった。

 これが、何一つ成し遂げられずに終わるのが俺の運命。

 何も守れないのが、俺の限界だとでもいうのかよ!


 たった一つ、叶えたいと必死になって抱き続けてきた最大のエゴを満たすことさえ許されないのかよ!


 涙が自然と流れる。

 魂からの慟哭どうこくが、咆哮ほうこうが響き渡る。


『安綱、そなたは――』


「ぼくが答えてあげるよ。――意味なんてない。強くなる努力、格好良くなる努力。綺麗になる努力。相手に好かれる努力。努力してる姿は、美しい。でも、望んだ結果が出なければただの徒労。……あなたが咲かす徒花。その過程も、ある意味で美しい。でも、君は負けたんだよ。誰も、護れず死んでしまうんだよ。――徒労、お疲れ様」


 雫の言葉を遮り、憐れんだ目を向けて鬼女が返答する。

 何度も何度も、繰り返し無駄な事だと告げられる。


 俺は護れなかった?

 無駄なことだった?


 目の前で背中から血を流し、倒れている長光と薄緑。

 遠い場所で気を失っている国行、金平、光世。


 俺は敗北した?


 ――いや、違う。

 屋上で言ったはずだ。

 敗北条件は――大切な人の死。


 みんなで完全に勝利出来なかろうと、完全に負けなければ――次に希望が残る。

 希望は、笑顔は、未来に生き残る人が作るものだ。

 何回だって。

 何度だって作り直せる。


「――五芒が紡ぐは隙無き堅牢。一度結べば何者とて侵すこと能わず――」


「……何かと思えば、今更護身の結界術? そんなもの、今更なにも効果は――」


 術を急急如律令と締めることなく、更に詠唱を続ける。

 世界に干渉する言霊はまだ――続く。


「――五行ごぎょう万古不易ばっこふえき灯籠とうろう。灯す源は我が一霊四魂いちれいしこん心魂穢土しんこんえどに染まりし其折そのおり清浄不滅せいじょうふめつなる気魂きこん悠久ゆうきゅうきみまもらむ。――急急如律令!!」


『安綱! そなた・・・・・!!』


「は……!?」


 言霊を、呪文を唱え終えると俺を除く仲間達の羽織や狩衣の一部が――ぼうっと光り、身に纏う対象者の周りに五芒星を作り上げた。


「なに、その呪文は!?」


「……これは、禁呪きんじゅだ」


「禁呪だって!?」


「そう……。ある場所で、禁書庫きんしょこがあるのを見つけてね。これは、その中で俺が実践できそうだった呪術だ」


「くっ……でも、みたところ少し治癒作用がある厄介な結界程度だね。こんなもの、力尽くで破れる!!」


「させる訳が、ないだろ。それに、この結界はまだ未完成だ」


 地面に這いつくばりながら、俺は――鼻でわらった。

 自分のしていることに、そしてこの直後に隻腕の鬼女がどれだけ悔しい気持ちになるか想像すると、皮肉にも笑ってしまった。



―――――――――――

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