第47話 鬼女の過去

「姑息な小心者だね……っ!」


 悔しそうで苛立ちも隠せていない。

 なんとでも言え、と心で思いながら物陰に隠れつつ場所を移す。

 鬼女は赤い光が明滅する度にそちらに注意を向ける。


「――シッ!」


「ぐ、あ……ッ」


 そして注意がこちらにないことを確認しては建物から飛び出し切りつけ、別のところに身を隠す。


 もちろん、身を隠すときには予め気配遮断の術を刻んであった護符も使用する。

 相手からすれば、いきなり現れいきなり消えたように感じるだろう。


 そして大楠公の力で増幅された脚力の俺が、急に現れるのだ。

 それは躱せない。

 そうでもなければ、とても俺のにわか剣術なんて当たらない。


 ――残る護符は、あと三枚。


 時間と呪力の関係上、これ以上の枚数は用意できなかった。

 足りるだろうか。


 この残り三枚で致命傷を与えられなければ、みんなの勝利は無くなり、俺は負けだ。


「ふっ!!」


「っつう!?」


 相手の背後に再び回り込み、左切り上げ。

 よろよろとふらつき、血が滲み出している。

 再び物陰に隠れ、腰を入れて胴切り。


「グッ! はあ、はあ……この卑怯者めぇっ!!」


『ふむ。流石に神威の高い此方による漸撃を何度も受ければ、障気も消えてくるわな』


 障気が晴れてその姿は徐々に顕わになってきた。

 不規則に曲がりくねった二本の曲がり角、怨恨に顔を歪ませた表情。

 血走った白目。


 そんな醜悪な外見とは相反するように、身に纏う装いは綺麗な着物を着込んでいる。

 きっと鬼になる前は、美しい女性だったのだろう。

 それだけに今、目の前に映る姿はなんとも言えぬもの悲しさを感じる。


「なぜ、そのような姿に……」


 距離を取りながら、思わず口に出してしまった。


「……よくある、つまらない話だよ」


 肩で息をしながら鬼女は俯き、語り出した。


「好き合っていた、愛し合っていた。そう思っていた皇族の男性がいたんだ。ぼくは容姿ようしに自信が無くてあんまり口に出せなかったけど、大好きだった。とても、とても。彼も、好きだって。ぼくなんかのことを好きだって何度も、何度も、何度も何度も何度も何度もッ!!……言ってくれたんだ。でも、ぼくは身分が低い商家の生まれだったからね。村八分むらはちぶってやつだよ。気が付いたら社会生活なんか送りようがないぐらい除け者にされてね。……何も売れない。米一つ買えない。誰も話してくれない。家族はみんな、逃げていった。ある日ね、変な侍に『国を揺るがすけがれた売女!』って言われて、腕を斬られた……。――そして、ぼくは山に逃げたんだ」


 俯いていた顔を上げた鬼女は、再び障気を強く放出し始めた。


「なんとか片腕で自給自足生活をしていても、彼のことを忘れられなかったんだ。一目でも、元気な姿がみたい。震えそうな想いで、それでも山からなんとか降りていって、街を探し回ったらさ。いたんだよ――彼が。視たこともないぐらい、本ッ当に幸せそうな顔で。綺麗な女の人に接吻せっぷんしていた。――ぼくじゃない人に、世界一愛しているって言ってた!!」


 頭を抱え、髪を掻き毟りぶんぶんと振り回す。


「悔しい、羨ましい、嫉ましいッッッ!! ぼくはこんなにも不幸なのになんでそんな幸せそうなの? でもそんなこと思っちゃいけない。彼の幸せを喜ばなきゃ――色んな感情がぐるぐるして、山に帰る間に何度も吐いた。そして口を濯ごうと思って湖に行ったらさ、湖面には――醜悪しゅうあくおにが映ってた」


 俺は彼女の話を聞いて、何も言えなかった。

 ただこの美しい人を――優しい人を、早く呪縛から救いたい、そう強く思った。


『――安綱よ、これこそが人が妖しになってしまう過程じゃ。余りに負の感情が強く増幅し、陰気が満たした。本来、無くてはならない陽気を消すほどに混乱した。故に、ことわりから外れた存在になってしまった。……彼女は、被害者でもある』


「……ああ」


『早く、解放してやりたいのう』


 雫の優しい言葉に返事することなく、俺は再び物陰に隠れて気配を遮断する。

 鬼女は虚空に向かって叫び続けていた。


 そんなこと今更、返事するまでもないだろう。

 そんな苦しみや悲しみの連鎖から、絶対に解放してやるからッ!!


 物陰から後ろに回り込み、走りながら――左薙ぎ。


 ――ザンッ。


 刀身が肉体を切り裂いた独特な手応えを感じつつ、そのまま鬼女の左を走り抜けていく。

 確かに手応えはあった。

 この一太刀で全てを終わらせる。

 身体を両断するつもりで強く切り込んだんだ。

 深手を負っていない訳がない。


 ――しかし、鬼女はもはや痛みなど関係ないと言わんばかりに反撃してきた。



―――――――――――

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