第46話 最後に残った者

「ぐっ……!!」


 まともに防御の術を唱える間もなく、三人は鋭く重い蹴りに薙ぎ飛ばされた。


「――死んじゃえ」


「がッ……ぁッ!」


 倒れた隙に腹部を踏みつけられ蹴飛ばされ、三人は次々ダウンしていった。


 俺達の練度では式神を操りながら、自分の身体にも呪力を纏わせ戦闘する事などできない。

 術者を狙われれば、倒れるのはあっという間であった。


「ま、だ……!!」


 ひざまずき、空嘔吐からえずきしながらも光世は己の式の制御を手放さない。

 式へ更に指示を出していた。


 既に鬼女の背後に迫っていた武者は、太刀を一閃。

 吸い込まれるように刃が鬼女の背を切り裂く。

 一太刀、鬼女の背にやっと大きなダメージを与えた。


 鬼女の身体がぐらっとふらつく――が、ぐっと大地を踏みしめ倒れる事はなかった。


「いった……ッ。じゃま、だなぁ!」


 左腕を大きく振り込み、武者は吹き飛ばされ――その身体を光の粒子化していった。


「――よし。これで邪魔な式神と、それを操っていた陰陽師は全員倒したね」


 はあはあ、と肩で息をしながらくるりと身を振りかえらせる隻腕の鬼女。


「最後は、君だ。君がぼくを邪魔する作戦の、主導者ってところだよね?」


「――そうですよ。そして、最後まであなたに抵抗する者です」


 腰に佩いた雨雫をすらりと抜いて、構える。


『一応言っておくが、此方もいるから最後ではないぞ。哀れな妖魔よ』 


「刀が喋った!? ふふ、面白いね。二人とも不思議な魅力があって格好良いね、美しい。でも、ぼくはちょっと怒っているんだ。こんなに姑息な手を使われて。苦戦したのは本っ当に久しぶりだよ」


 ぐっと重心を低くして飛びかかろうと、身をかがめる隻腕の鬼女。

 バネを溜めて獲物を狙う肉食獣のようだ。


大楠公だいなんこう――っ!」


 光世が橋の上に倒れ込みながらも、最後の力を振り絞って掠れ声で叫んだ。

 はっと鬼女が武者を見ると、光の粒子となっていた武者の光は――吸い込まれるように俺の身体に入っていった。


 自分の力がグングン高まり、身体の内から暴れるように力が漲って溢れ出てくるのを感じる。


「ありがとう光世、みんな。みんなの奮戦、絶対に無駄にはしない」


「なにを、した!!」


 鬼女は警戒するようにじりじり、と距離をとる。

 わざわざご親切に説明してやる必要は、本来ならない。

 だが光世の式神の偉大さを説明しないのは、光世の式に対して無礼な気がした。


「光世の契約した擬人式神の名はな――楠木政成公くすのきまさなりこうの御分霊。単純な御力そのものは妖魔や他の神々に劣るところがあるかもしれないが――桜井の別れ伝説の影響から、特殊能力が強い」


「……特殊能力?」


大楠公だいなんこうの凄まじい忠義心は、負け戦の後も仲間の力となってくれるということだ――つまり」


 下段に雫を構え、地を駆ける。

 ボォッ、と風を切る音が耳に入ったと思った次の瞬間には、鬼女の懐に潜りこんでいた。


「――はやっ!?」


 右切上げ。

 浅い――が、確かに手応えがあった。


「その偉大なる御力を残された者に貸し与えて下さる、という能力だ。――まるで足し算のように力が高まる」


『大したものじゃのう。……此方を振るうそなたの力が段違いじゃ』


 雫の刃先には、血が付いていた。

 妖魔とは言え血が出るのだ。


 途端、雫の刀身から涙のように水が染み出した。

 自分が相手に付けた傷を悲しむように。

 付着した血を優しく洗い流すようにぽたぽたと雫がきっさきをこぼれ落ちていく。


 木製の橋に、血と涙の滴が入り混じって染みていく。


「これは、面倒だね。さっきから厄介な光がちかちか邪魔して、いい一撃をもらっちゃったし」


 でも――と、続ける。


「君一人なら、チカチカしてても平気かな? 黒い君にだけ集中すればいいんだし」


「そう気が付くと思ったので――」


 ビッと黒い狩衣と袴を切り捨てた。


「え?」


「あの光と同じ、赤色の原色服を着させてもらっていますっ」


 そう言い残し俺は周囲の建物まで跳び、一度姿を隠した。

 懐に仕舞っていたスイッチを操作し、明滅する光を赤に統一させる。



―――――――――――

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