第44話 学んだ知識を――

「この距離なら外さねえッ!!」


 俺は懐に忍ばせておいた十二.七mmペイントボールガンを取り出し、鬼女に向けて撃ち込む。


「――イッ!? なッぼくの顔が、身体が!!」


 ペイントボールには暗闇でも光る蛍光塗料を用いている。

 しっかり被弾したのを確認し、脚を止めること無く長光と薄緑を両脇に抱えて走った。

 目指すは橋を抜け、皇宮方向の岸だ。


「逃がすかァッ!」


「全員、戦闘開始だ!!」


「「「カラリンチョウ・カラリン・ソワカ!!」」」


 皇宮側の物陰に潜んでいた三人が飛び出し、橋を塞ぐよう横一列になりながら式神召喚の呪を唱えた。


「――ッ!?」


 キンッ!!

 と、軽量な金属同士が衝突するような音が響いた。

 俺達を追ってこようとした鬼女に金平の召喚した式神――かまいたちが襲いかかっている。


 完全なるヒット&アウェイ。

 一撃は軽いものの、その速度に鬼女は苦慮している。


「身体が、重いッ……!」


 これは国行の式神。

 虎狼狸ころうりの能力だ。見た目は多少不気味ではあるが、対象を弱体化、状態異常化させる能力が高い。

 だが、この二体では大きなダメージは与えられない。


 そこで――だ。


 一般的な人間ではあり得ない速度で駆ける。

 大鎧に長い剣型の前立ち、大鍬形おおくわがたの力強い兜を身に纏う武者。

 ガシャガシャと甲冑を揺らしながら駆けて太刀を抜き――眼にも止まらぬ速度で斬りかかった。


「あぶ……ッ」


 いかに高名な鬼女とて、隻腕では捌ける攻撃の量に限界があるのだろう。

 かまいたちの攻撃を右手の指から急に伸びた長い爪で防ぎつつ、太刀の一撃はひらりと躱した。


 速く、もっと速く駆けて二人を安全な場所へ!!


「――殿下を頼んだぞ」


 すれ違い様。

 式神を必死に制御しながら、金平はそう俺に告げる。


 返答をしている暇はなかった。


「よし、ここらで大丈夫だろう。――長光、脱げ!!」


 建物の陰まで辿り着き、長光の肩を掴んだ。


「ええっ!? に、義兄さんこんな時に何を!!」


「照れてる場合か! 紅い羽織はもう目立つ」


「あ……」


 混乱して伝えていた作戦が頭から飛んでいたのだろう。

 思い出したように長羽織を脱いだ。


暢気のんきな耳年増じゃのう……』


 そこの太刀娘、うちの可愛い義妹をあんま虐めてやるな。

 これで二人は全身黒づくめとなり、闇夜に紛れた。


「よしッ次だ!!」


 俺はサングラスをかけポケットに忍ばせていたスイッチをいくつも押して、電源を入れた。


「――これは!?」


 突如として辺り一帯――建物や橋の欄干、河原、至る所で明滅する様々な原色の照明。

 これは昨日のうちに仕掛けていたものだ。


「ぐぬ……っ!!」


 かまいたちの攻撃が鬼女の身体に軽い傷を刻む。

 すかさず武者の太刀が襲いかかり、鬼女の残っている爪と鍔迫り合いをしている。


 その隙にもかまいたちは襲いかかり、次々と身体の要所を削っていく。

 おそらくこの間に、虎狼狸ころうりもデバフ系統の呪術をいくつも作動させているはずだ。


「なるほど、確かにサングラスは効果的だ。周囲の明滅する光はさして気にならず、蛍光塗料をつけている敵にのみ集中しやすい」


 金平はかまいたちに指示を送って操りながら、的確に筋腱などの要所のみを削っていく。


 みんなが鬼女を抑えてくれている間に、俺は次の役割を作動させる。

 建物から身を飛び出して、再び橋に近寄りながら呪術を唱える。


「彩り写し出すは蜃気楼しんきろうが如き泡沫うたかたの現象。真実なき実態を伴う矛盾せし幻想。急急如律令」


 俺が唱えた呪術は、幻覚を与える呪。

 本来ならこれはただ一瞬だけ相手の錯覚を招いたりするような、本当に初歩的な精神干渉術式だ。


 だが――。


「おい、そこの鬼女。自分の左手を見ろ!!」


 ギンッ!!

 武者との鍔迫り合いから弾かれたように距離を保ち、鬼女は訝しげに自分の左手を視認する。


 そう、本来なら前腕より先を消失しているはずの手を。


「ぼ、ぼくの左手が――あるッ!?」


「ああ、どうだ。感覚まであるだろう。温かくて己が思ったように動く。指も手首も曲がるだろう」


「う、動く!! 温かい!!」


 驚いたように凝視しながら、思い思いの方向に手首を指を曲げて感触を確かめている。


 俺はこの間、一切の集中を切らせない。

 精神に干渉しながら、鬼女の思考を読んで動きを同期させなければならない。


 ここで明らかに違う。

 これは幻想で、自分の左手ではないと思わせないよう、細心の注意を図らなければならない。


 ――ラバーハンド錯覚。

 それが、今回用いた現象だ。



―――――――――――

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