第37話 遭遇、そして――何やってんの?

 数日がたった夜。


 その夜も俺は既に日課となっている走り込みをしていた。

 夏の夜はとても気持ちが良い。


 蝉が鳴き、太陽の光が肌を焦がすような熱。

 そんな日中の姿とはうってかわり、夜空に輝く夏の星々が自分を照らし自らの肌を気持ちのよい夜風が包んでくれる。


 このような環境下で走っていると、淀んだ気持ちは全て汗とともに流れ落ちていくようだ。

 俺には習慣的に走っている道がある。


 だが、調子よく走っていたり、気分が高揚してくるとたまには普段と違う道を走りたくなる。

 それが新たな発見を生むことだってある。平時に歩いているときには見えない側面である。


 機会を多く創ることは、多くの経験を創る。

 俺にとってのちょっとした冒険だ。


 この心情はランナーの方々には理解していただけるだろう。今日は非常に気分が良い。

 脚の疲れもほぼなく、肺も調子よくはっはっと空気交換をしてくれる。


 今日はちょっと遠出をしてみよう。

 そう思い立ち、俺は新しい走路の開拓を試みて走り出した。


 何十分ほど走ったのかは最早わからない。

 ただ走っている途中に高く聳え立つ皇宮が見えた。

 丁度いい目印だ、あの皇宮をみて帰ろう。


 そのように思ったのが、今思えば全ての始まりだったのかもしれない。


 皇宮からほど近い川。

 紅い欄干で創られた橋があるのが特徴的で、サラサラという癒やされる水音が耳心地よく聞こえてくる美しい景色だ。


 陸を繋ぐ短い橋の上に、うちの学園の制服を着た女性が立っているのが見えた。

 月明かり。

 星の明かりを受けながらも距離はまだ遠く、顔までは確認出来ない。

 ただ長い髪をした女性が何をするでもなく、橋の上でぽつんと立っていた。


 その様子を不審に思った俺は、自分自身も見方次第で充分に不審者となり得る可能性を自覚しながらも、彼女に話しかけようと決意した。


 それまで何も変わらなかった彼女の周囲に変化が訪れたのはその瞬間であった。

 急に空間が歪み、辺りに障気を散らしながら何らかの生物が飛び出してきた。


 目にもとまらぬ早さで彼女に向かって跳び寄っていくのが見えた。


 彼女は、まだ気がついていない。

 即座に学園で聞かされた連続失踪事件と、現在の状況が結びつく。


 若い女性を狙う妖魔の存在。


「――いけない!」


 俺は恐るべき速度で彼女に迫る妖魔に対し――。


「青龍、白虎――玉女!!」


 学園で習った陰陽道流九字切りを放った。


「――!?」


 俺が早九字を切ったところで威力はたかがしれている。

 大きなダメージなど与えることはかなわないだろう。


 だが、突然の攻撃に驚いたのだろうか。

 橋の上に立つ少女にあと一歩の所まで近づいていた妖魔は動きを止め、俺に注意を向けた。


 僅かでも術が効いたのか、攻撃が当たった部分の障気を一部空中に散らしてこちらを睨むその妖魔は――。


「女性!?」


 その姿が一部見えると、相手は二本の角を生やした女性の妖魔であることが解った。


「――ぐっ!」


 走る速度を加速させる。

 なんとしても女性を助け出さなければと一心不乱に駆けた。

 動きを止めていた妖魔がこちらに向け鋭い爪を持つ腕を掲げ、臨戦態勢になる。


「――隻腕?」


 妖魔の女性に、左腕はなかった。

 隻腕の鬼女の振る腕は確かに速かった。

 だが、なんとかぎりぎり眼で追える。


「――はぁッ!」


 辛うじて隻腕の鬼女の左脇に跳び、攻撃を避けることができた。

 彼女の左腕が本来あったら必ず捉えられていただろう。


「五芒が紡ぐは隙無き堅牢。一度結べば何者とて侵すこと能わず。急急如律令」


 手で五芒星を切り、護身の術を自らに唱えた。

 これで陰の最たる存在な妖魔である彼女の攻撃が、即座に致命傷のダメージを与えてくることはないだろう。


「悪いっ!!」


「あっ……」


 橋の上でぽけっとしていた学園の女性を抱き抱え、俺は全速力でこの場を逃れるべく走る。

 陰陽寮が手を焼くという程の相手。


 先ほどの攻撃もこちらが不意をつき相手が戸惑っている優位性がある中だった。

 そんな中での攻防だというのに、眼で追うのは本当にぎりぎりであった。


 本気で真っ向からの戦闘に集中されたら、まず勝ち目は無い。


 興奮し過ぎて脳内伝達物質のうないでんたつぶっしつ過剰分泌かじょうぶんぴつしている。

 疲れさえも一切感じることはない。

 あまりの緊張や高揚で五感は鈍り身体が宙に浮いているようだ。

 ただ己の心臓が駆出する血液だけは異常に感じることができた。


 ちらっと後ろを振り返る。

 隻腕の鬼女はこちらを追いかけてくる様子はなく、橋の上に留まっていた。

 ひたすらに強い視線をじっと向けている。

 そのことだけは、鬼女が障気しょうきに身を再度包んでいく中でも理解出来た。


「ん。くる、しい……」


「すみません、もう少しだけがま――……ン?」


 腕の中で苦しいと訴える少女に謝罪しようと視線を向けると、見慣れた緑色の髪が風に吹かれていた。


「――薄緑、姫殿下?」


「ん」


 今の俺の顔はかなり間抜け面を浮かべているだろう。

 脚を全力で動かしながら腕の中の人物に問うと、ゆっくその美しい顔を上げた。


 やや不満そうでもあり嬉しそうでもある、そんな複雑な表情をした姫殿下がそこにはいた。


 不満なのはこっちなんですがね。

 本当に、自分の立場とか考えず何してくれちゃってんの、この人?



―――――――――――

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