第35話 不穏な気配

 翌日の朝、俺は久しぶりに心身の軽さを感じながら目覚めた。


 陰陽科の期末考査では座学や体術、剣術、一部の陰陽術の実施が行われるそうだ。

 座学は中間試験のときと同じ教科。


 今回から増えた体術、剣術に関しては自由に組み合わせて演舞を行うとのことである。


 採点基準はよくわからないが、五分間の演舞を複数の教諭が採点し調整平均として結果が最終決定される。


 項目としては組み合わせた技のレベルなどの基礎点、技術点、構成点などを採点する。

 練度が有効レベルではなく、未熟と判断されれば減点も当然される。

 やたら難易度が高い項目ばかりを詰め込んでも、結果は振るわないという訳だ。


 陰陽術に関しては、完全にその時になってみないと解らない。


 例年の課題としては、呪詛返じゅそがえしや結界作成が出題されやすい傾向にあるようだが。

 時には邪気祓じゃきばらいや魔祓まばらいといった難しい呪文や式を求められたりもするそうだ。


 実践という訳では無いので、あくまで正確性や速度が評価対象となる。

 ありふれた内容であった中間考査とは明らかに違う。


 異世界に来た事を強く実感させられる。そんな期末試験も、今日無事に終わった。

 皆一様に疲れた表情と同時に、開放感溢れる顔をしている。


 かくいう俺もそんな一人だった。


「演舞はなんとかなったと思うけど、陰陽術には懸念が残るなぁ……」


「試験中にそなたの感覚と此方の感覚器を一時的に繋げておいたが、大きな問題はなかったと思うぞ」


 おい、勝手に何やってるんだこいつは。

 現在は陰陽科も普通科も混合のクラス編成に戻っている。


 これからHRを行い本日は解散となる。

 明日からの試験結果発表を待ちつつ、残り僅かな授業を受講することとなる。


「……お前人に黙ってそんなことしてたのかよ。自分の試験はどうした」


「この世界に現界したばかりの此方が現代の学問などわかるはずなかろう。此方からしたら歴史ではなく未来物語じゃ。ほぼ空欄。あっという間に試験も終わり暇を持て余しておったわ」


「せめて埋める努力ぐらいしろよ」


「ふん。適当な事を書くぐらいなら、潔く空白で提出することを選ぶわ。そも、何故試験時間いっぱいまで会場から出られぬのじゃ? 人間というのは寿命が短いというのに相も変わらず、時間の無駄遣いが好きであるな」


 なんだこいつ。

 太刀のくせに人間を語るとは。

 しかも痛いとこをついてくるじゃねぇか。

 それを言われるとぐぅの音もでない。


 自分が同じように学校や社会に出てから時間の無駄や非効率に不満を感じなかったか、と言われれば断じて違うからだ。


「よし、みんなお疲れ。みんな早く帰りたいだろうからな、俺も含めて……。連絡事項だけしてさっさと解散するぞー」


 背を丸めて北谷教諭が入ってきた。


 皆、もうすぐ拘束状態から解放されるという事実を糧に、最後の一踏ん張り。

 なるべく丸まっていた背筋を伸ばして教壇に注目する。


「重要な連絡事項が一点だけある。最近、この近隣に住む女性が相次いで失踪する事件が多発している。空を跳ぶように連れ去る何かを見た、という口コミもある。警察が捜査をしたところ――妖魔ようまによる可能性が高いとのことだ。陰陽寮おんみょうりょうにも捜査協力を求める方針とのことだが、どうやら手を焼いているようだ。現状事件は解決していない」


 先日も聞いた事件内容だが、未だに解決していなかったのか。

 思ったよりも緊迫感のある話であった。


 失踪事件。

 日本において行方不明者の捜索願いは、毎年約八万件の届け出がある。

 性別や年齢、時期に偏りが無い限り事件性はあまり疑われそうにない。


 ――だが、ここは日本ではない。


 妖魔や呪術が当たり前に存在し、それに対抗する陰陽師が存在する世界――大八洲だ。


 日本で『若年女性が相次いで失踪』などといったらまず変質者などを捜索するだろうが、この世界で第一に疑われるのは妖魔なのだ。


 俺はまだこの世界で妖しには遭遇していない。

 だから実感や危機感がない。


 だが、北谷教諭やクラスメイトの張り詰めた緊迫感から、いかに身近な危険なのかは、ある程度想像が付く(両隣に座る例外女性は除く)。


 元の世界で例えるならば。

 俺は全く地震が来ない国から日本に来て、地震の危険を説かれている状態に近いだろう。

 周囲は大地震の恐怖を程度の差はあれど身に染みて知っている人々、という訳だ。





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