第23話 悲しき勝利?

「え――、いみなは『雨雫あまのしずく』。浅井安綱あざいやすつなむすしゅを持って念珠えんじゅと成せ。一期いちごえん円環えんかん約条やくじょうを成せ。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


『――――んな、なんたることじゃぁあああああああああっ!?』


 そう叫ぶと雨雫あめのしずくは徐々に刀としての実態を空気中に力の粒子りゅうしの如く霧散むさんさせてった。


 同時に背後から格子戸こうしどに掛けられた結界が解けた気配がした。

 どうやら、無事に淫魔さきゅばす調伏ちょうふく(契約)が終了したらしい。


「ふ、実にむなしい勝利だ……ん?」


 散らせていた粒子はやがて畳の上に集まっていき、人の形に再集約していった。


「な、なんだ? ……・ぇ」


「ぅう……。けがされた。こんなはずかしめを受けるなんて……ひどい」


 力の集約した結果。そこには一人の女性が出現した。

 しくしくと流れた涙を拭う金髪ナイスバディな美女が。


 ――全裸で!


「だ、誰!? な、なんで全裸ぁっ!?」


雨雫あめのしずくじゃ! 忘れたとは言わせぬぞ!! そなたがそなたが此方の装いを取っ払ったのじゃ!!」


「濡れ衣だ!! 柄からは抜いたが服は取っ払ってねえ、痴漢冤罪ちかんえんざいだ!!」


「式神としての此方こなたの姿は刀じゃが、平時は人の姿をしておるのじゃ! ぅう……密室で女性の服を剥ぐなんて……鬼畜男! この性犯罪者!!」


 だ、駄目だこれは。形勢不利!


「そ、そんなつもりはなかったんです!! それでも僕はやってない、弁護士を呼べ!! すみません、それでは私はバイトの時間なので――……!!」


 ある頭の良い先生も言っていた。

 痴漢冤罪に巻き込まれて、無実なら逃げて下さい。

 話あっても勝ち目はありません、と。


 しかしこれは逃げ道がある場合を言うのだと思います。

 それは線路を走ってもやむを得ない。

 しかし、ここは駅でもなくて祈祷殿な訳です。


 格子戸はいつの間にか開いていて、そこには――。


「――義兄さん……。なにか言い残すことは、ありますか?」


「……ぅおおー。安綱、あだるてぃっく、だね」


 畳に視線を向けながら、紫色のオーラをゆらゆら漂わせる長光ながみつ

 眼をキラキラさせながらこちらを見つめる薄緑姫殿下うすみどりひめでんか


 更に後ろには学園長や教師陣、そして級友達が何とも言えないとばかりに顔を引きつらせている。


「……えっとね。義兄さんはなんで長光や姫殿下がこんなとこにいるのかなー、なんて」


「授業が終わったら大騒ぎが聞こえてきたんです。神鏡しんきょうが割れて、救援に入ろうにも結界が強すぎて破れない。もしかしたら、死亡事故が起きるかも知れないって……。それが義兄さんだって、き、聞いて……・」


 説明していた長光の瞳から涙がぽたぽたと溢れ、コンクリートにいくつもの水滴すいてきを落とす。


 そんなに、涙を溢れさせるほど俺の事を気に掛けてくれていたなんて……。


「長光、ごめんな。そんな泣くほど心配をかけて……」


「……はぁ? なにをいっているんですか?」


「え」


「私が泣いているのは、性犯罪者の家族になってしまったからです」


「違います。俺は性犯罪者じゃありません!」


「密室。男女二人。泣いている裸の女性。それを尻目に逃げようとする男性。あだるてぃっく!」


 薄緑はグッと両手を握って、厚い羨望せんぼうの眼差しを向けてきている。


「ち、違います姫殿下!! この人は式神です! 俺はそんな人でなしではありません!?」


「姫殿下? 敬語? ん?」


「う」


 じとーっと俺の言葉使いが気にくわなかった薄緑が睨め付けてくる。


 駄目だ。

 ここは当事者に事実を説明して貰わなければ!!


「あ、雨雫あめのしずく! お前からもちゃんと説明してくれ!!」


「……此方こなたはこの男に脱がされた。そこら中に散らばる着物を見て解るようにな。それも、言葉責めされ恥辱を与えられたうえに……ぅう。……ふっ(ぼそ)」


「お前! 今、最後にほくそ笑んだよな!?」


「……義兄さん?」


「いや、あの、俺も必死だったというか、ほら!! 勇気を持って殺されないように闘った結果というか!!」


「知っています。途中からですけど、ちゃんと監視カメラの映像で見ていました。そして口の動きを見ればどんな会話をしていたのかも、だいたいですがわかります」


 理論武装!

 後出し式に逃げ道を塞ぐタイプだ!


「随分、お楽しみだったようですね? 勇気を出して絞り出した言葉が猥褻痴女ビッ


「すみませんでした。完全に調子にのっておりました!」


 土下座を敢行かんこう

 教科書的に綺麗な土下座を決めました。


「義兄さんは、帰ってから私と倫理観について補習です!……そんなに溜まっているなら、言ってくれれば私だって……(ぼそ)」


「え、何かいった?」


「なんでもないです! 誰が頭を上げて良いって言いましたか!!」


「……」


 伊草いぐさって良い香りがするなー。

 すんすんしたくなるよね。


「これが兄弟関係、なんだね。いいな、私もなりたい」


「姫殿下、義兄さんには近づかれないほうがいいです。姫殿下が穢れます」


「えー……。でも、もう私と安綱は人には言えない、二人だけの秘密を――共有している仲」


 エターナル・フォース・ブリザード。

 その一言に長光だけでは無く、学園関係者全員が凍り付いた。


 もちろん、俺も凍り付いた。

 なんなら俺は凍ったバナナの如くカッチカチになった。


 あ、食堂での話か!

 と思い当たるが、どう説明したらいいのか解らない。


 土下座して額に着いている畳がびっちゃびちゃに濡れて、染みが広がる。

 冷や汗が、留まることを知りません。


「……義兄さん?」


「――いかがわしい事実は、一切ございません」


「この状況を作り出した人の言葉を、信じられますか?」


「それでも僕はやっていないんだ――っ!! ぬぁあああああああああああッ!!」


 ぐわっと顔を上げ俺は叫んだ!

 眼は血走っていたと思う。


 結局その日俺が事情を説明し終え、軟禁先の生徒指導室から退室を許されたのは夜も深まった時間であった。


 薄緑が事実を話しにきてくれたおかげで、やっと解放された。

 こんなことなら二人だけの秘密なんて言わなければ良かった。


 雨雫の待遇は明日、正式決定することとなった。

 学園長や理事も含めて検討し、明日の朝一番で俺に通達される。


 とりあえず雨雫あめのしずくは俺の指示で太刀となって腰にいている。

 どうやら召喚者である俺の指示で姿形は太刀と人、形状までもがある程度自由に切り替えられるらしい。


「だったら早く言えよ……面倒くせぇことになったじゃねぇか。畜生……」


 夜。

 家に帰ってからは長光の有り難い倫理観に関する授業が執り行われた。


 頭を上げる事を許されず、「はい」「わかりました」「ごめんなざい」「ちゃ~ん」しか言えない俺に対し、腰にいた雨雫あめのしずくが嬉しそうにほくそ笑んでいるのが脳裏に伝わってくる。


 この刀、くず鉄に戻してやろうか……。

 結局その日、俺は一睡もせず登校することになった――。



―――――――――――

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