第18話 食堂?

 俺は覚悟を決め、ゴクリと唾を飲みこむ。


「…………う、うす、緑?」


 慎重に、小声で呟くように言った。


「ん」


 満足そうに姫殿下――薄緑は深く頷いた。


「あの、後で不敬罪として咎めを受ける……とかないですよね?」


「安綱は、私をすごーく勘違いしてる。よくないね」


 悲しそうに眉尻を下げ小首を傾げた。


「も、申し訳ございません」


「あと、敬語もいらない」


 次から次へと……っ。

 そんな簡単に、人は心の壁を打ち破れないのですよ!?


「いえ、しかしそういう訳には……」


「いらない。安綱はまだ学生。けがれた大人じゃないのに、薄汚うすよごれた大人みたいにしなくていい」


 なんとか勘弁してもらおうと試みるも無駄だった。

 これが若さか。


 心からの友は学生のうちにしか出来ないという。

 それは大人になると立場や保身を考えて、本音で話すことは中々できなくなるからだと言われている。

 そして――それは事実だと実感してきた。


 それはそれとして。


「薄汚れた大人……」


 そのもの言いはちょっとひどい。

 確かに病院組織なんて、外観は綺麗でも中身は穢れきっているが……。

 改めて指摘されると切ない。


「長光さんと話をしてるみたいな? そんな口調が良い」


「それだと義妹と話しているみたいになるのですが」


「おおぉ。それ、それちょうどいい」


 ぽん、と手を打って薄緑が言う。

 どう考えても丁度よくはない。


 外聞がいぶんってものがあるじゃないですか。

 外聞を気にすることを忘れた人間から糾弾されていくのは、先の政治家先生達や大学病院の偉い先生達が教えてくれたんです!


「……はあ。じゃあ普通に話すって事でいいか?」


「ん。満足」


 本当に満足なんだろう。

 ほくほくと音が聞こえそうな程に頬をにんまり緩め、彼女は何度も頷く。

 やはり、彼女は笑顔で誰かと話しがしたかったのだ。


 だとすれば多少危険を犯してでも言葉使いを緩くする意味は――きっとある。

 長光に聞かれたら激怒されそうだが。


「もし、誰かに咎められたら庇ってくれよ?」


「大丈夫。安綱を見捨てたりしない、さー」


 眠そうな眼でウインクしがら適当~なポージングをする薄緑。

 うん。なんて言うかさ、君ってマイペースね?

 姫殿下という立場じゃなければ社会適応が難しそうだな!


 でも、悪い人でないことだけはよく解る。


「――わかった。今度は俺が薄緑を信じよう。じゃあ、そろそろ食事時間も無くなってきたし、俺は食堂にいくから」


 五十分間ある昼休みが残すところあと僅か半分になってしまった。

 早く食事に行かないと昼食抜きで過ごすことになってしまう。

 別に出来なくはないが、万全に備えておいて損はない。


「食堂……! 私も、いきたい」


「え」


「いきたい」


「えぇ……」


 瞳をキラキラさせながら薄緑がこちらを見ている。


 頭の中にとある国民的ゲームの一シーンが浮かぶ。

 仲間にして欲しそうにこちらをみている、と。


 どうしますか?

 ……。


「そうか。この渡り廊下をあっちに渡って行けばあるからね。それじゃ」


 安綱は逃げ出した!


「……あの、なんで俺の服を掴んでいるのかな?」


「一緒に、いきたいから?」


 しかし――魔王からは逃げられない!



―――――――――――

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