第17話 信じてくれるんですか?
「あ、まあ
冷や汗をだらだらと掻きながらも彼女に告げる。
体育館裏に女学生を呼び出した男が、
――どこからどうみても、
「……ん。わかった。信じる」
え。
「信じて、頂けるのですか?」
「うん。お願い」
この姫殿下はどうかしているんじゃあないのか。
危機管理能力はしっかりとしていただきたい。
いつか本当の不審者に連れ去られてしまわないかと心配になるが、まずは足首の応急処置からだ。
先ほど彼女がここから立ち去ろうとした時、俺が声をかける前には立ち去れなかった。
平時より歩く速度は遅い。
必死に隠しているようだが、
早めに痛みを
「では、そこにお座り下さい」
俺は自分の
姫殿下はゆっくりと俺の狩衣の上に腰を降ろし、左脚をこちらに向けて伸ばした。
ゆっくりすくい上げるように彼女の下腿を手にとり、俺はしゃがんだ自分の大腿の上に乗せる。
「一番動かされて痛む方向はどちらですか?」
「ん、こっち」
彼女は足裏を内側に返すと、ちょっとびくりとして眼を閉じた。
痛かったのだろう。
「あ、実際に動かさなくても結構ですよ!! 痛いでしょうに……言葉足らずですみません」
謝りながら俺は彼女の足首をゆっくりと痛まない位置に向けた。
アンダーラップだけでなく、粘着スプレーもあって良かった。
直接肌に触れて直ぐに解った。
彼女の肌は本当にきめ細やかで、直接テーピングを貼ってしまったら美しい雪のような肌を傷付けかねない。
アンダーラップで皮膚を保護した上からテーピングを巻くべきだ。
アンダーラップを巻き、痺れがないか確認しながら
あまりべたべたと貼ってしまっても後で剥がすのが大変だろう。
ここは最小限に留めて貼る形で今回はいこう。
途中、肌が強い所にはキネシオロジーテープという伸縮性の強いテープで、皮膚テーピングも加えておく。
こうすることで、筋肉の働きを補助できる。
テーピングで痛みを出さないようにしつつも、動きづらくはしたくない。
これは理学療法士としての意地のようなものだ。
よし。
フィギュアエイト、スターアップと固定の順が終わった。
あとは剥がれないよう、最後にアンカーテープを貼って終了にしよう。
「随分、手慣れている、よね」
「ええ、まあ。ここ十年ぐらいは、ほぼ毎日人の身体に触れて来ましたからねぇ」
苦笑しながら無心で手を動かす。
彼女は
いや、生きていることを実感すると言い換えた方が良いのかもしれない。
「そう」
「――よし。これでいかがでしょうか。ちょっと立ってみて、痛みをご確認頂いていいですか?」
最後のテープを貼り終えた俺は、彼女の脚に履き物を履かせて動作確認を促す。
この瞬間が最も緊張するのだ。
自分のやったことが効果ありませんでした。――これでは未熟で申し訳なくなるからな。
「うん。……立てる。歩けるし、さっきより全然痛くない」
その言葉にほっと胸をなで下ろした。
本当によかった。
「そうですか、よかった。繰り返しになりますが、後できちんと医師の診察を受けてください」
「ん」
「では、注目を集めてもご迷惑でしょうし。私はお先に失礼します」
「ん。……ありがとう」
彼女の発した感謝の言葉に言いしれぬ充足感を抱きつつ、俺は使用したテーピングと出たゴミを手早く集め鞄にしまった。
「いえ、こんなことしかできませんから」
そして一度小さく頭を下げると、
「――待って」
「はい?」
先ほどとは立ち位置が逆だ。
俺が立ち去ろうとしているところを、姫殿下が引き止めた。
「……きみの名前、なんだっけ?」
名前すら覚えられていなかったのかーい。
まあ、そうだよな。
なるべく人と関わりを持たないようにしていた姫殿下が、いちいち隣席の人間の名前なんか覚える訳がないか。
「――安綱です。私は浅井安綱と申します。姫殿下」
「そう、安綱。……私は薄緑」
「ええ、存じておりますよ。姫殿下」
当然でしょ、とばかりに苦笑を浮かべて頭を軽く下げる。
「薄緑」
「……存じておりますよ。薄緑、姫殿下」
……当然ですよ、とばかりに苦笑を浮かべ再度軽く頭を下げておく。
「……」
「……」
「…………」
やっぱり、これってあれ?
名前で呼べってやつ?
光世といい姫殿下といい……。
この世界の人は名前を呼ばせたがる習性でもあるのか?
しかし、これが罠でない保証はない。
呼んだ瞬間、『無礼者。死刑』など言われる可能性だってある――。
―――――――――――
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