第16話 みんなやってますからね~

 何を勘違いしているんだこの人は?

 いや確かに、『昼休みに一人で体育館裏にきてください。二人だけでお話したいことがあります』なんて書いたのは俺だ。


 ああ、確かに書いたよ。

 書いたさっ!

 でもね――こちとら実年齢既に三十路越えてるんだよ。

 そんな純情ロマンスティックな考え方なんかもうできないんだからね! 


 でも……冷静に考えておっさんが体育館裏に女子学生呼び出す。

 うん、犯罪臭しかしないよね?


 ――どちらにせよ駄目じゃねぇか!


「いやいやいや!」


 なんとか誤解を解こうと思い、胸の前で手刀を作りぶんぶんと左右へ振る。


 あ、これなんとかブレードとかいう振るだけでシェイプアップするとか言ってたあれに似てるな――なんて世代がバレそうなことを考えていた。


「……じゃ、そういうことで」


 俺がアホな考えを巡らせているうちに、感情を消した表情で姫殿下は背を向けて校舎の方へ歩き出してしまう。


 まずい。

 これじゃ俺は告白するために女学生を体育館裏に呼び出して、挙げ句『振られそうになって必死な三十路ロリコン』という不名誉な渾名を付けられてしまう。


 そんなもん受け入れられるか!


「ちょっと待って!」


 俺の声など最早、彼女の耳には入っていないかのように止まる気配はない。


 俺のちょっと待ったコールを聞きなさいよっ!!

 よろしい。ならば貴方の大脳新皮質だいのうしんひしつに直接刻みつけてやろうか、ああん!?

 いやいや、違う!

 なんとか彼女を引き留めねばっ!

 誤解を解かねば……って違う違う。

 ここに呼び出した本当の目的を告げればいいんじゃないか!


「あ、足首っ!」


 俺が足首という単語を出した瞬間。彼女はぴたり、と動きを止めこちらを向いた。

 いぶかしげに細められた眼が俺を捉える。


「足首が、どうかしたの?……好きなの?」


 勝手に人を足首フェチにしないで下さい。こちとら足首は何千人と見てきた(仕事で)。

 俺は足首にうるさい男だ。

 性的嗜好せいてきしこうの対象な訳がない。


「違いますわ! 痛むんでしょ……ですよね?」


 焦りの余り言葉が乱雑になりそうだった。


 危ない危ない。

 病院へのクレームの圧倒的第一位は、職員の接遇の悪さが原因なのだ。

 いかなる場面においてもホスピタリティを忘れないように気をつけねば。


「なんで、そう思うの?」


「歩き方が、普段と全然違いましたから。左足に体重がかけられてないし。多分、体育の時に痛めたのかなぁって。本当は直ぐに応急処置をしたかったんですが……。姫殿下はおそらく、注目を集めたくないんだろうなぁと思いまして。……無礼とは思いつつもお呼び出しさせていただきました」


 一秒、二秒、三秒。


 俺の言葉の真意をゆっくりとかみ砕くかのように姫殿下はこちらを見つめ、やがて小首を傾げた。


「……告白、じゃないの?」


「断じて」


「そう。乙女の柔肌やわはだ蹂躙じゅうりんしてやろうとか思ってたりは」


「断じて!!」


「リンパがどうこうとか、みんなやってますから~とか言って、変なとこ触ろうとか?」


「なんですか、それは?」


 人を性犯罪者のように言わないで頂きたい。


「知らないなら、だいじょうぶ」


 持っていた鞄からテーピングと鋏を取り出す。


「保健室からテーピングを拝借してきました。そのままでは歩き難いかと思います。受診は放課後でもよいと思いますが……。それまでの気休めにでもなれば、と存じます」


「君に、出来るの?」


 当然の疑念ですよね。

 陰陽科の一学生。

 それがテーピングなんて出来るのか疑問に思わない方がどうかしている。


「これでもアスレチックトレーナーの資格を持っています」


「まだ、学院生なのに?」


 あ――やっちまったわ、これ。


―――――――――――

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